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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
7/123

野次馬

貫昭が朱鷺を連れて、大川の橋をふたたび渡っている。


「浅草寺は広い寺でな。出入り口となる門がいつくつかあるのだが、正面とされる門が一番の大きな門になる。門の両側には風神と雷神という神さまの大きな像があってな。この門の前、広い通りを雷神(らいじん)門前(もんぜん)広小路(ひろこうじ)、というのだがー」


風神雷神門が見えてきたところで貫昭は足を止めた。

門の手前、町家のならびに人だかりができているのだ。


「これは何事だ?」


人だかりの一部であるひとりの男が貫昭に答えた。


「ああ、お坊さま。なんか喧嘩らしいですよ」

「喧嘩だと?にしては……静かだな」


話し声はあっても、怒鳴るような喧嘩の声といったものは聞こえてこなかった。


「喧嘩やってんのは、あの真ん中にある、いすみ屋っていう小料理屋の中らしいですぜ」


貫昭と話していた男とは別の男が答えた。


「なれば、酔っ払い同士の喧嘩か?」

「いいや。なんでも浪人が暴れて居座ってるって話さ」

「何?」

「一色親分の名を出してたらしいから、賭場でもめたかなんかじゃないか?」

「賭場での揉めごとか。だとしても、賭場とは関係のない店で暴れるとは、けしからんな」


貫昭と最初に話していた男がうんうん、とうなずいている。


「ほんと横暴ですよねぇ。どうせ悪いのはその浪人さんでしょ。親分さんの賭場で、酔って暴れたりしたんじゃないんですか?」

「俺もそうだと思うんだけどな」

「もしかして親分さん、あの店にいるんですか?」

「かもしれねぇって、前にいる奴らは言ってるよ。幹部の鉄さんと子分ども、それに親分の息子が店に入ってったらしい」

「息子さんが?それはまぁ大事(おおごと)だ」

「いすみ屋の大将(たいしょう)は親分さんの飲み仲間だからな。その人がまだ中にいて、人質にとられてるって話だ」

「え、人質!?ひどいですね」

「だろ?親分さんみたいな侠客が、それをほっとけるわけねぇっつうの」

「でも親分さん、大丈夫かな?相手は浪人といえ、お武家さまでしょ?」

「ああ、刀持ってたらしいぜ」

「私、親分さんには昔、世話になったことあるんですよ。怪我なんてして欲しくないなぁ」

「俺は役人が来ないかが心配だぜ。アイツら、親分の方だけを絶対捕まえにかかるはずだ」

「お役人さんはいつだってお武家さまの味方ですもんね」

「同じ侍同士、武家の人間が役人してるからな」

「お侍さんってのは庶民の私たちには厳しいくせに、身内には甘いんだから」

「まったくだ。困ったときに助けてくれるのは、親分みたいな人なのによ。世の中、理不尽ってもんだよな」


男達の会話を聞き、貫昭は世の中の情勢を感じとっていた。

侍という武家を頂点とするこの世の社会。

本来ならば侍は尊敬の対象であるが、現状では目の上のたんこぶとなっている。


「これも世の流れかのう。権力ばかりをふりかざす男たちよりも、それに立ち向かう侠客のような男たちが庶民には好ましいか。さて……一色親分があそこにいるとなると、どうするべきか」


連れに意見を聞こうと貫昭はふりむいた。

が、そこにいたのは見知らぬ女だった。


「んん!?」


貫昭が慌てて周囲をみわたすが、尼らしき姿はみあたらない。


「朱鷺よ!どこにおる!?朱鷺!」

「あのう、ご一緒だった尼さまのことをお探しですか?」


女が指をある方向へとむけた。


「その人だったらさっき、あの中に入ってっちゃいましたよ」


彼女が指差す先は、小料理屋いすみの暖簾(のれん)がかかる店だった。


「あの中って、あの店の中か!?」

「はい。この野次馬たちを通りぬけていっちゃいました」

「なぜ止めぬ!?」

「え?だって、まさか尼さんがあの中に入るつもりなんて、思わなかったんですもの」


ねぇ、などと彼女は周囲の人間たちへ同意を求めている。


「なぜそこへ行ったのだ、朱鷺よ……!?」


貫昭は呆然と立ちつくした。

どんな神仏(しんぶつ)のお導きか。

めくら娘は血しぶき舞うであろう喧嘩場(けんかば)へ飛び込んでいった。

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