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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
6/123

予感

辰次はぶらりぶらりとしているうちに、気づけば浅草寺の本堂裏にまで来ていた。

父親の賭場が目の前にある。


「あー……どうすっかな」


辰次は迷いながらも、気持ちは博奕(ばくち)遊びへとかたむいている。

なんせヒマなのだ。


「よそに行くのも今更(いまさら)めんどくせぇしな……いっか。バレなきゃいいしな、うん」


自分自身を納得させ、辰次は賭場へ入ろうとした。


「あ」


賭場から辰次のよく知った顔が出てきた。

いかつい強面(こわもて)であごに傷のある男だ。


「げ、鉄兄(てつにい)

「オウ、辰次か」


一色親分の子分達のなかでも古株(ふるかぶ)で、幹部と呼ばれる鉄ノ進(てつのしん)だった。

古株といっても鉄ノ進はまだ28歳で若い方である。

辰次にとっては昔から兄のような存在で、向こうもそういう気であるようだった。


「お前いま、まさか賭場に入ろうとしたか?」


辰次が小さく舌打ちした。


「やっぱりそうだったか。まったくお前というヤツは。どうして親父のいいつけが守れないんだよ」


兄貴面をして腕をくむ鉄ノ進を辰次はうっとおしそうにみていた。


「ガキじゃあるまいし、いちいち親父の言うこと聞いてられっかよ。つか、なんでここにいすみ屋のおばちゃんがいんだ?」


鉄ノ進のうしろには、藍色の前掛けをつけた中年の女がいた。

辰次もよく行く『小料理屋いすみ』の女将(おかみ)さんである。


「おばちゃん、今の時間はちょうど忙しい時間帯なんじゃねーの?」


時刻は夕飯時。

飲食店は繁盛する時間帯だ。


「店、旦那のおっちゃんひとりで大丈夫なのか?」

「それがね、たっちゃん」


いすみ屋の女将はあきらかにいつもとちがった。

どこか落ち着かない様子で、目にはうっすらと涙を浮かべている。


「浪人風の男たち四人が、とつぜんウチに押しかけてきて、一色親分を呼べって居座ってるの」

「浪人が親父を?」

「ウチの人が最初は断ったのよ。そしたら、暴れだして……店のもん壊したり、お客さん脅して追い出したり。しまいにはウチの人を人質にして、一色親分を呼んでこなきゃ、(ひど)い目にあわせるって!」


辰次は大きく舌打ちをした。


「職なしの(さむらい)風情(ふぜい)が」


身分だけがあり職も収入もない侍。

それが辰次の、というより江戸庶民の『浪人』に対する認識だった。


「浪人ごときが親父を呼びつけようなんざ、生意気なんだよ」


鉄ノ進が難しい顔をした。


「おそらく、この前来た野郎だな」

「鉄兄、その浪人ども知ってんの?」

「正確には、その四人のうちのひとりだけだ。飯尾(いいお)っていう浪人で、つい最近、親父が出入り禁止にしたんだよ」

「何したんだ、そいつ?」

「ツキ男って、おまえ知ってるか?」

「は?ツキ、男?何それ」

「やっぱ、親父は教えてなかったか……」

「なんだよ、やっぱりって。親父、俺に隠してたことでもあったのか?」


鉄ノ進は気の進まない様子で話はじめた。


「ひと月前くらいから、ここら辺の賭場である男の噂が立ち始めたんだ。その男、どんな種類の博奕にも必ず勝って、一日だけで金の小判何百枚もの大金を稼いでいく。あんまりにも博奕に強いんで、運がついてる、(ツキ)がある男だっていわれはじめてよ。そっからついたあだ名がツキ男」

「けっ、なにがツキ男だ。けっきょく賭場で荒稼ぎしてく、ただの迷惑な男じゃねーか」

「俺たち賭場を運営している博徒からしたらな。さらに最悪なことに、このツキ男、浅草周辺の賭場に出るんだ」

「はァ!?それって、つまり親父の縄張り(シマ)が荒らされてたってことか!?」


事情を理解した辰次は(いきどお)った。


「その野郎、小判何百枚を一日で稼いでくって、何百両ってことだよな!?なら、ひと月も続いてたら何十万両じゃねーか!それって、親父の賭場はこのひと月、大損だったってことか!?」

「そういうことだ」

「大問題じゃねぇかよ!なんでこのこと、親父は俺に教えてくんなかったんだよ!?」

「そうやって、すぐにカッカするからだろう」

「ああ゛!?」

「教えたら、おまえ、すぐにでも賭場に飛んできて、毎日てあたり次第、ツキ男っぽい野郎に喧嘩ふっかけてただろ?」

「当たり前だろ!」

「それで、いろんな客に喧嘩売って、いらん問題引き起こすのか?親父とっちゃ迷惑しかねーだろ」


ぐっ、と辰次は言葉につまる。


「まぁ親父だって黙ってはいないさ。でもな、親父はそのツキ男と揉める前に確認したいことがあったんだ」

「なにを?」

「ツキ男が本当に強運の持ち主なのか、それともイカサマ師なのか、だ」


賭場でのイカサマ師とは、小細工などのズルをして勝ちを偽造する者のことだ。


「今までツキ男は子分どもの賭場にしかこなかったんだ。でも三日前に、ようやくここ、親父が直接しきる賭場にきはじめた」

「それがさっきいってた浪人か?」

「ああ、飯尾って浪人だ。親父が丁寧に対応して、持ち物検査したんだ。俺はイカサマ道具を見つけるつもりで、徹底的に身ぐるみ剥がした。けど、それっぽいもので出てきたのは……」


鉄ノ進が懐から一枚の木の(ふだ)を取り出した。


「これだけだ」

「ウチの賭け札?」


賭け札は金の代わりに使う賭博道具だ。

イカサマ師はこの賭け札を偽造し、勝った金額を誤魔化したりする。

だが、鉄ノ進の持つそれは賭け札より小さかった。


「ちがうか。どっちかっていうとコレ、神社にある札みたいだな」


木の札は細長い厚手の板だった。

朱色の字で絵と文字らしきものが書かれている。


「蛇の絵?それに、六の三?数字、いや番号?ほかはこれ、なんて書いてあんの?」

「知らん」

「つかこれ字なのか?」


札にある朱文字(しゅもじ)は字というより、記号に近かった。


「飯尾は、これをただのお守りの札だと主張してな。大事な物だから返せって、そりゃあ騒いでうるさかったよ」

「それで、その札とりあげて出禁(できん)にしたのか」

「親父がな。イカサマの証拠は見つからなかったけど、このまま荒稼ぎされても迷惑だからっていって締め出したんだ。ずいぶんゴネてたから、いずれまたくるかもしれないと思ってたが……まさか、いすみ屋さんにくるとはな」

「親父にはもう知らせたのか?今日は賭場じゃなくて家にいんだろ?」

「俺がさっき直接知らせに行った」

「親父、なんて?まさか出てくるのか?」

「まさか。こようとしたけど俺が止めたさ。天下の侠客、一色親分が浪人相手のこんな小さな揉め事に出ていく必要ねえ。俺が、親父の子分としてきっちりケリをつけてくる。そういって、親父にまかしてもらった」

「さすが鉄兄だな」


幹部としての意地と貫禄をみせた鉄ノ進に、辰次は頼もしさを感じていた。


「俺もついて行くぜ」

「いうと思った……」


とたんに、鉄ノ進は苦い顔になった。


「辰次」

「なんだよ」

「おまえは、来るな」

「は?なんでだよ?」

「俺は喧嘩しに行くんじゃねぇ。穏便に、話し合いで解決するために行くんだ。おまえみたいな喧嘩っ早いの連れてけるわけねぇだろ。下手したら、おまえが、むこうの浪人どもより暴れるんだから」

「そんなことしねーよ。俺はただ、いすみ屋のおっちゃんが心配なだけだよ」

「本当か?」

「本当だって。それに話し合いってんなら、親父の息子の俺が行った方が都合いいだろ?むこうは、親父呼び出す気でいんだ」

「まぁ、そうだが……」

「それに、人質取るような奴らが話し合いだけで済むかよ。相手、浪人侍だろ?むこうから喧嘩ふっかけてきたらどうすんだよ」


鉄ノ進の後ろには部下である男たちが二人いる。


「いま連れてける子分、その二人しかいねーんだろ?むこうは四人。兄貴たちは三人。でも俺いれりゃ、四人になるぜ」

「喧嘩にかかわることは口達者だな、おまえ……わかったよ、連れってってやるよ。でも、ひとつ約束しろ」

「なにを?」

「絶対におまえからは手を出すな。たかが浪人だが、それでもお武家様だ。庶民の俺たちにゃ()が悪い。絶対にこっちからは喧嘩をしかけるなよ?」

「わかってるって」

「ほんとだな?」

「ああ、約束してやるって。俺からは手を出さねーよ」

「神さまに(ちか)ってか?」

「しつけーな」


辰次はニヤリと悪ガキの笑みを浮かべる。


「安心しろって、鉄兄。神さまなんぞに誓わなくても、俺は約束を守る男だ」


退屈な一日がひっくり返る。

辰次はそんな予感がしていた。

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