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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
48/101

親子 二

二人きりとなった一色親分と辰次は、互いにけわしい顔つきで向き合っている。


「これは、いつもの悪ガキどもとする喧嘩(けんか)とはわけがちがうぞ」


一色親分は(おど)すような口調だった。


「相手は武士。呼び出してくるってことは、あっちは何か考えがあってのこと。刀はもちろん、待ち伏せも考えられる。最悪、幕府の役人、奉行所の捕方がはってるかもしれねぇぞ」

「それなら、なおさらだ」


辰次の眼差(まなざ)しに強い意志がこもる。


「叔父貴がそこへ行くのを俺はだまってみてられねェ」


いつも良き理解者でいてくれる叔父、虚弥蔵。

そんな叔父の助けになりたいという気持ちが辰次にある。


「それに、親父の縄張りを荒らしたヤツらとの喧嘩だと聞いて、俺がおとなしくここにいるわけにはいかねェよ」


博徒の息子としての矜持(きょうじ)を辰次はしめす。

辰次の頭から、もはや神使の蛇だとかご利益札などといったことは吹き飛んでいる。

侠客の息子として喧嘩へ飛び込んでいく気である辰次に、一色親分は苦い顔をした。


男谷(おたに)の剣術道場でやるようなチャンバラごっことはちげえんだぞ?命かけたやり取りになるんだ。そこにおめえみてぇな中途半端なガキ、加勢にもなりゃしねぇ。むしろ虚弥蔵たちの足手まといで邪魔になるだけだ」

「俺は喧嘩なら一度だって負けたことねェよ!」

「悪ガキどもの喧嘩だろ?んなもん、博徒同士の命を()った喧嘩に比べりゃ、可愛い猫のじゃれあいだ」


死線をくぐりぬけてきた博徒としての風格をただよわせ、一色親分は下から()めつけるように辰次をギロリとみた。


「おめえ、人を殺せるか?」


辰次が息をのんで言葉をつまらせた。

人を殴ったとしても、命を()ったことなどない辰次。

いくら悪童と呼ばれても、彼は殺すつもりで喧嘩などしたことはなかった。

殺すための喧嘩ができるのか、辰次自身もわからず答えに迷う。


「できねえだろ?無理なんだよ、おめえには」


揺れ動く辰次の決意をみぬき、一色親分はため息をついた。


「おめえが人殺しなんぞできるようなタマじゃねぇことくらい、俺も虚弥蔵もわかってんだ。だからさっき、虚弥蔵はおめえの方をみようともしなかったろ?」


虚弥蔵はついてきて欲しいと思った者たちには視線を送っていた。

その視線が辰次の方へは向かなかったのを本人もふくめ、一色親分はわかっていた。


所詮(しょせん)、おめえは悪ガキ程度の(うつわ)だ。わかったら、大人しく家にいろ。な?」


(やわ)らかく(さと)す一色親分。

辰次は顔をふせ、歯を食いしばる。


「……じゃあ、いつになったらいいんだよ……いつになったら俺は、胴元のやり方も、賭場(とば)の開き方も教えてもらえんだよ……」


辰次は顔をあげ、『親』である男をにらんだ。

激しく怒る鬼のような(にら)みが一色親分にむけられる。


「アンタ、俺を博徒にさせたくねェんだろ?」


一色親分は眉根をよせ、『子』がはなつ恐ろしい睨みを受けとめた。


「どうしてそうおもう?」

「今まで堅気(かたぎ)の店にばかり奉公(ほうこう)出されてりゃ、どんな馬鹿だってそう思うさ。運がないから博奕(ばくち)させないとか、どうせ悪ガキ程度で命はった喧嘩はできないだろとか。なんとか理由つけて、俺を博徒にさせない気なんだろ?」


辰次は『親』をにらみつけながら、長年の鬱憤(うっぷん)と不満をぶちまけた。


「どうして俺は博徒になっちゃいけねェんだよ!?」

「……俺と虚弥蔵の話を聞いてたろ?博徒はしょせん社会の底辺。望んでなるもんじゃねえよ」


一色親分は固い表情でゆっくりと『子』を言い聞かせる。


「まっとうな職で食ってけるなら、そっちの方が何倍もいい。そのために寺子屋と剣術道場いかせたんだ」

「まっとうな職?俺が物売りや商人みたいな、客に()びてヘラヘラ笑うような仕事、できると本気でおもってんのか?」

「商人がいやならちがう仕事がある。世の中には、火消し、大工、そのほかいろんな職人商売があんだろ」

「どんな仕事でもイヤだ。俺は博徒に、親父の仕事を手伝いたいんだよ」


辰次は切実だった。

だが、一色親分の意思は固かった。


駄目(だめ)だ。おめえに絶対俺の仕事はさせねぇ」


『親』に自分の気持ちを拒絶され、辰次は愕然(がくぜん)とした。


「そんなに、俺に、継がれるのはイヤなのかよ……」

「なに?」


乾いた笑みが辰次の顔に浮かんだ。


「アンタ、俺に一色家の跡を継がせたくないんだろ?」

「何をいってる?」

「そうだよな、一色家は先祖が武士で家柄も本当ならしっかりしてるんだ……血の繋がってない他人になんかに継がせたくないよな」


一色親分がはっとしたように、目をわずかに見張る。


「やめねぇか、辰次」

「なぁ、はっきりいえよ」


辰次は今まで隠していた気持ちをさらけ出す。


「ただの他人で、血のつながりのない養子である俺に、一色の名は継がせたくないって」


一色親分が言葉をなくし、傷ましそうなものをみる表情になった。

それほど辰次の浮かべている表情は痛々しく、まるで親に捨てられた子供のようだった。


「俺は確かにアンタの本当の息子じゃない」


変えられない現実に(くや)しさと悲しさを辰次は感じて(こぶし)をにぎりしめる。

でも、と辰次は決意を新たにした。


「だからこそ俺は……みんなの侠客である一色忠次が、武士ごときに()められ馬鹿にされたままなんて、俺は死ぬほど嫌なんだ!」


虚弥蔵の言葉が辰次のなかで繰り返される。


(親に泥がかかったなら、死ぬ気でその泥を、武士どもを払いのけに行く!)


辰次は決心していたた。

本物の親子ではないからこそ、本当の親子以上に一色親分へ義理をとおす。

その決意のもと立ち上がって出て行こうとする辰次へ、一色親分が腰をうかしてさけんだ。


「待て!さっき俺の言葉を聞いてたよな?いま、ここから出ていくなら、俺との親子の縁を切るってことだぞ!?いいのか!?」


脅し文句で引き留めようとする一色親分に、辰次は(いら)()ちを感じ始めていた。

ここまで言って、どうしてわかってくれないんだという思いが彼のなかで強くなる。

だから、辰次は言ってはいけない言葉を口走ってしまった。


「いいよ、切れよ。どうせ、もともと親子じゃなかったんだ。都合よく出来の悪い息子がいなくなるんだ。そっちもせいせいするだろ?次は出来のいいやつを養子にしろよ。そうだ、京に遠い親戚いるって言ってたよな?そっちから(もら)えばいいんじゃねェの?」

「てめぇ本気でいってんのか?」


一色親分はこめかみに青筋を立てていた。

怒りに震える『親』から辰次は顔をそらす。


「ちょうどいいだろ?どうせアンタは俺のこと、本気で息子だっておもってなかったんだからな」


そう捨て台詞のように吐いて、辰次は部屋を出た。

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