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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
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すれ違う縁

辰次はあてもなくブラブラと歩いていた。


「つまんねぇ喧嘩しちまったな」


こどもの賭場荒らし三人組との喧嘩は、辰次の暇つぶしにはなった。

けれど、一日の退屈を潰せるほではなかった。


「さて、どこ行くかな……やっぱ、博奕でもやりにいくか」


ここから近い賭場は浅草寺本堂裏にある一色親分の賭場だ。

辰次は足をとめ、いま来た道を戻ろうとした。


「いや、でも。親父の賭場いったら後でバレてドヤされるか」


辰次は結局また反対をむき、東の方へとぶらぶらゆく。

その先に、大川(おおかわ)と呼ばれる江戸随一の河がある。

大川に架かる七十六間(137メートル)の長い橋を辰次は渡りはじめた。


「俺もあのガキみたく胴元できればなぁ……親父の野郎、絶対させてくんねーし」


ぶつぶつと辰次は不満をこぼしていく。


「賭場行くな、博奕もやるなって。俺は博徒の息子だぞ。博奕も打てない、賭場も開けないって……」


橋の真ん中にさしかかり、辰次は足を止めた。

貨物を運ぶ木造造りの商船がたくさん橋の下を通っている。

それらを辰次は鼻で笑った。


「俺を商家(しょうか)にばっか奉公(ほうこう)に行かせやがって。商人にでもさせようってか、親父は」


辰次は今までさまざまな店へ見習いとして、いわゆる丁稚(でっち)奉公(ぼうこう)に出されてきた。

反物(たんもの)屋、酒屋、味噌(みそ)屋、米屋などなど。

しかし、どこも出されるたびにすぐに帰ってきた。


「俺に客商売なんざ向いてねぇっつうの。おべっか使って、ヘラヘラと他人の機嫌取りなんて、やってられっかよ。そもそもこの顔で、接客なんかできるか」


愛想笑いをするどころか、(すご)んでにらむ辰次に客はよりつかなかった。

とくに若い娘たちには(おび)えられる始末。

これには、さすがに辰次も少し傷ついた。

彼も年頃なのである。


「仕方ねぇじゃねぇか。この目つきは、生まれつきだっつうの」


はぁ、とため息を少しつき、辰次は橋の欄干(らんかん)に背をもたれた。

大きな橋の上にはさまざまな人間がゆきかっている。

ふと、向こうをゆく坊主と尼の二人組が辰次の目にとまった。


(いいよなぁ、あいつらは。毎日お(きょう)(とな)えてりゃ、それで満足なんだからよ。尼さんも結婚だのと心配いらねーしな。楽だよなぁ)


辰次の最近の悩みは、両親が見合い相手を探していることだ。

この時代、15歳前後から結婚話がやってくる。

辰次は今年で18歳。

辰次の両親はこの荒くれ者の息子に早く世帯をもたせて落ち着かせようという腹づもりらしい。

しかし、悪童の評判が邪魔していた。

見合い相手が見つからないと、辰次は両親からたびたび愚痴をこぼされている。


「嫁なんかより、喧嘩相手の方が欲しいっつうの」


辰次は青空をあおいだ。

春先のほんのりと肌寒い空気のなか、白い雲がのんびりと流れている。


「ほんと、つまんねー……なんか、面白いことねぇかな?」


辰次は退屈している。

どこに行くかなと思いつつ、辰次はふたたび歩き出す。

だが、行くべき道、するべきことがわからないままだ。


一方、彼とすれ違っていった坊主と尼。


「ふうむ。あれは、なかなか」

「どうかされましたか?」

「いま、派手な若い男がいてな。その者、なかなか興味深い人相(にんそう)をしていたのだ」

「人の顔つき、ですか?」

「わしには少し特技があってな。人の運勢(うんせい)というのを顔から読み取れるのだ。たとえば先ほどの男、なんとも強烈な目つきであった。かの者の運勢、その時によって吉とも、凶とも転ぶとよんだ。このような人間、めったにない。よほど珍しい星のもとに生まれたのだろう」

「人の顔でそこまでわかるのですか」


朱鷺が足をとめる。


「では、わたしはどうでしょうか?」

「お主のか?」

「はい。わたしは、どのような人の顔をしているでしょうか?」

「ふむ、そうだな…….」


貫昭は白い頭巾の中にある朱鷺の顔を覗き込む。

両目の閉じる娘の白い顔を前に、貫昭はむむと(うな)った。


「わからん。不思議なことだが、お主の顔はまったくよめぬ」

「それは人ではない、ということですか?」

「いや、そうではない。これはまるで……そうだ、これは赤子の顔だ」

「赤ん坊?」

「うむ。この世に生まれ落ちだばかりの赤子と同じ人相をお主はしている。まっさらで、なにも混じるものがない。(えん)が、(まじ)わっておらぬのだ」

「縁?」

「運命ともよばれるが、ようは人との(つな)がりだ。人の運命は、人と交わり縁を結ぶことで生まれる。お主の人生は、きっとこれからの出会いで決まるのだろう」

「人間としての、運命ですか?」

「そうだ、未来ともいえよう。もしかしたら、この江戸でよい出会い、よき縁に巡り会えるかもしれぬぞ?」

「人との縁……?」

「さて、その他人との縁の前に、兄君との縁だ。本所石原はすぐそこ、この橋を渡った先だぞ」


橋を渡りきった貫昭と朱鷺は、そこから南へとくだっていった。

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