表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
3/123

辰次

下町浅草にある浅草寺という寺はとても大きい。

広い敷地内の神さまを(まつ)るいくつものお堂にまじって神社がひとつある。

この神社のご神木、樹齢六百年のイチョウの大木の前に、数人の子供たちが集まっている。


「よし、大人はいねーな」


子供たちはご神木の下をどんと陣取(じんど)った。

かれらは10〜13才くらいの近所の悪餓鬼(がき)たちである。

粗末(そまつ)(わら)茣蓙(ござ)をしいて座り、たがいに顔をみあわせる。


「おめェら、金はもってきたな?」


悪ガキどもが懐から穴あきの銅一文銭(どういちもんせん)をじゃらじゃらと出した。

茣蓙(ござ)の上に銭の山ができた。

いわゆる子供博奕(ばくち)をしようというのだ。


「さぁ、ご開帳(かいちょう)だ!」


しきり役であろう少年が銭の山へと片手を突っ込んだ。

そして、拳を(そら)へ高々と突き上げる。


「この手の中にある銭の数、偶数か奇数か!?(ちょう)(はん)か!?さァ、はったはったァ!」


客役である子供たちは「丁!」とか「半だ!」と次々と叫んでいくが、決めきれずに悩む子もいる。


「まだどっちといわねぇヤツはケチってんのか?それとも、ビビってんのか?こんな二択の簡単な()けでおじけずくなんざ、それでもてめェ江戸っ子か!?江戸の男なら、どんどんと思い切って()ってみやがれ!」


しきり役の少年の口上(こうじょう)はシャキシャキと歯切れよく、小憎らしいほど上手い。


「よーし、全員賭けたな?」


いくぜ、と少年が拳をひらこうとした。


「よォ、ガキども。威勢がいいじゃねぇか」


若い男三人組が子供たちを見おろしていた。

真ん中の細身の男が、しきり役の少年へニヤリと嫌な笑みをむけた。


「お前が胴元(どうもと)役か?」

「だったらなんだよ。ここは子供むけだぞ。大人は本堂裏(ほんどううら)にある賭場(とば)に行けよ」

「おいおい、勘違いすんな。俺たちは博奕遊びなんぞに興味はねぇよ」

「じゃあ何の用だよ?」

「大人として、注意しにきてやったんだ」

「はぁ?」

「博奕遊びなんかの賭け事は幕府が禁じてる犯罪行為。れっきとした御法度(ごはっと)違反で罪になるんだぜ?」

「そんなこと知ってるよ」

「ほーう、知ってて破ってんのか」

「そんなの大人だって同じだろ?江戸中に賭場はたくさんあって、大人たちは堂々と遊びに行ってる。オレたちも同じことして何が悪いんだ」


ふん、と少年はふんぞり返って生意気そうに鼻を鳴らした。


「わかってねぇな。俺は、お前が胴元やってんのがいけねぇっていってんだよ。博徒(ばくと)って知ってるか?」

「バカにすんな、それくらい知ってるよ。博奕を商売にしてる大人のことだろ」

「そうだ。人と金を集めて賭博をひらき、遊び代をとるヤツら。それが博徒だ。まさにお前がやってることそのまんま。博徒は捕まれば、即牢屋で拷問(ごうもん)の島流しだ。どうだ知らないだろ?こわくなったか?」


しきり役の少年は男をにらみあげ、悪ガキとしての意地(いじ)をみせる。


「んなもんでビビるかよッ!ようは、役人にみつかんなきゃいいんだ」

「へぇ。あくまでこのチンケな賭場をやめねぇってか」

「うるせぇ!ここはオレの賭場だ!口出すんじゃねぇ!」

「こりゃとんでもねぇ悪ガキだな。いちど牢屋に入って、お役人さまに(しつけ)けてもらった方がいい」


男は連れの二人へと命じる。


「おい、どっちか役人よんでこい。残った方は、俺とこのガキどもを見張ってるぞ」

「な!?おい!やめろよ!」


しきり役の少年があわてて立ちあがる。


「やめてほしいか?なら」


男の視線は銭の山にある。


「その金、全部よこしな」


子供たちはさぁっと青ざめた。

しきり役の少年がぐっと拳をにぎる。


「ふざけんな!お前ら最初からそれが目的だったんだな!?」

「違うなあ。俺たちは世間の厳しさっつうのを教えてやってんだ。その金は、その授業料としてもらっといてやる。いいから、銭をおいてさっさと帰りな。お前らガキは家で母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってろ」


少年たちは大人の不良におびえた。

だが、れっきとした男でもあった。


「ナメるなッ!」


かれらは立ち上がって銭の山を守るように両手を広げた。


「これはオレたちの金だ!お前らなんかに渡すもんか!」

「本当にクソ生意気なガキどもだな。そうだ、役人より怖いトコにつき出してやろうか?」

「なんだと?」

「博徒の大親分、一色(いっしき)親分だよ。ここいら浅草一帯、一色親分の縄張りだ。そこで勝手に博奕なんか開いてるヤツいてみろよ。みつかりゃ殴られ、蹴られ、指も全部切り落とされるぜ」

「一色親分がそんなことするもんか!親分は浅草一の侠客だぞ!?そもそも、お前ら下っ端みたいなチンピラ、親分が相手になんかするもんか!」

「このガキィ、生意気()かしやがって。痛い目みないとわからない馬鹿らしいな」


男が少年の胸ぐらをつかみあげた。


「お主ら、何をしている!?」


浅草寺の僧侶のひとり俊応(しゅんおう)が通りかかった。


「その子をはなしなさい!」

「ちっ、坊さんかよ。おい」


坊主をみて男は仲間のひとりへ目配せした。

うなずいた男が俊応へと立ちはだかる。


「どきなさい!子供たちをどうする気だ!?」

「ジジィの坊さんは下がってな。俺たちはこのガキどもに世の掟を教えてやってんだ」

「弱いものをいじめるのが世の掟ではないぞ!」

「違う、違う。俺たちはな、何がエライかっていう、世の常識の話をしてんのさ」

「なに?」

「坊さんも知ってんだろ?この世はお侍さま、徳川様の天下だ。神さまなんぞより、徳川様の幕府が一番エライ。エライものへと従うのが世の決まりだ。なぁ、お前ら?」


男の仲間二人が同意するようにニヤニヤと笑みをうかべている。


「俺たちは幕府に従って、御法度を守ろうとしてるだけさ。だから、その金は没収。胴元役は大罪ってことで。罰を与えなきゃなあ」


男が拳をふりあげる。

少年は殴られることを覚悟して目をつぶった。


「おい、いい加減にしろ」


うなるような男の低い声だった。

ご神木の裏からぬっと大きな影が出てくる。


「てめェら、ようは賭場荒(とばあ)らしだろ?」


影は背の高い青年だった。

精悍(せいかん)な顔つきで、体も鍛えたようにほどよく引き締まっている。

キリッとしまったなかに荒々しさのあるいい男だ。

が、目つきがすこぶる悪い。


「つまらねぇごたく並べやがって、クソどもが」


青年の悪鬼(あっき)(ごと)(にら)みに、その場の全員が恐怖で固まった。

年少の子たちにいたっては涙目だ。


「てめェ」


恐ろしい睨みの青年が、少年をとらえている男の腕をつかんだ。


「いい年した男が、ガキいじめてんじゃねェよ」

「い、いてぇっ!?」


骨が(きし)むほどの激痛に男は顔を(ゆが)ませ、たまらず少年から手をはなした。


「くそ!おい、喜八(きはち)!やっちまえ!」

「オウ!」


喜八とよばれた男が青年と対峙(たいじ)した。


「へぇ」


青年が感心するように喜八を頭から下までながめた。

喜八は肉の(ころも)を着ているかのような体格であった。


「デケェな。もしかして元力士(りきし)とかか?」

「だったらなんだ。おじけづいて逃げるか?」


青年が小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「元とはいえ、天下の人気者お相撲(すもう)さんが、金欲しさにガキを(おど)すとか。落ちたもんだな。いや、そんなんだからか。どうせ、てめぇは土俵(どひょう)すらふめずに部屋逃げ出した、根性なしの力士(くず)れだろ?」

「ああ?なんだと、この野郎。んなバカみたいな、イカれた格好しやがって」


青年の格好は全体的に派手だった。

髪型は、長い黒髪を赤い(ひも)で乱雑に結いあげている。

身につける羽織は渋い赤みの海老色で、真ん中に大きな龍の絵がおどっていた。


「テメーみたいなのは、どうせ職なしのチンピラだろ。このカスが」

「ああ゛?」


青年の目つきはさらに鋭くなり瞳はギラついた。


「わかってねーな、この洒落(シャレ)た格好を。ま、しょうがねぇか。力士なんざ裸が着物(きもの)みてぇなもんだしな」

「んだとおッ!?この野郎、てめェのそのイカれた着物脱がして、土下座させてやる!」


青年がニヤリと凶悪な笑みをうかべた。


「やってみろよ」


元力士の喜八はでかい図体を生かし、勢いよく体ごとぶつけにいこうとした。

が、青年の方が早かった。

かれの強烈な頭突きが喜八の顔面にきまる。


「でめ、びぎょうだぞ……」


鼻っ柱を折られ、喜八は大量の鼻血を出している。


「あー?何言ってっか、わかんねー」


「なっ!」とさけぶと共に、青年の拳が喜八の顔にのめり込む。

そこから青年は元力士の喜八を一方的に殴っては蹴った。

まるで鬼が喜んで暴れているようで、喜八の仲間二人は青ざめて震えあがった。


「どこ行くんだよ?」


逃げ出そうとしていた男二人を青年が捕まえる。


「俺に喧嘩売ったんだ。最後まで、ちゃんと相手してけ」

「い、いや、俺たちは遠慮してー」


青年は最後まで言わせなかった。

結果、賭場荒らし三人組は、顔面血だらけ、体じゅう青あざだらけにされた。

さらに、着ているものを()がされてほぼ全裸、褌一丁(ふんどしいっちょう)で正座させられる。


「こんなもんか?もっと持ってんだろ。出せ」


青年の手はかれらの財布を巻きあげていた。


「それが、俺たちの全財産です」

「しけてんな」


チッ、と舌打ちをした青年を喜八が恨めしそうに見あげる。


「くそ、強すぎる。こうなったら……お前!親分に言いつけてやるからな!」

「は?」

「俺たちは、一色親分の子分だぞ!」


とっさな喜八のでまかせに、仲間二人も調子を合わせはじめる。


「そ、そうだ!一色親分に言ってやる!」

「親分にかかれば、お前なんか、すぐにこの浅草を歩けなくなるからな!」


青年が眉をひそめた。


「はあ?親父に?」

「そうだ!その親父に……ん?親父?」


青年は男たちの顔をじっくりとながめている。


「やっぱ、見たことねー顔だな。子分の子分か?最近入ったヤツはわかんねーんだわ、俺」


三人組はもしや、と汗をかき始める。


「あのぅ、まさか、一色親分の子分さんですか?」

「いいや」

「じゃあ、お知り合いで?」

「いや、息子」


三人組は心臓が飛び出るほど驚いた。


「親分の息子ーっ!?」

「待て!一色親分の息子って、あの有名な悪童(あくどう)辰次(たつじ)!?」


かろうじてあった血の気が、男たちの顔からどんどんと消えていく。


「鬼みたいに馬鹿強くて、元横綱(よこづな)を半殺しにしたって、あの噂の悪童か!?」


悪童(あくどう)』と(しょう)された青年は腕を組んでむっとした。


「ありゃあ、事故だ。親父が貸した金を取り立てにいったら、あのくそデブ、キレやがってよ。刃物出してきやがったから、こっちもその場にあったハサミ投げたんだ。それが刺さってさらに暴れたから、大人しくなるまで殴ってやっただけで、俺は悪くねぇ」


三人組は戦意を完全に喪失した。

すいませんでした!と彼らは口々にして神社から逃げ出していった。


「あ、おい!もう二度とここにはくんなよ!?」

「辰次……お前な」


僧侶の俊応が呆れたような眼差しを辰次にむけていた。


「なんだよ、説教ジジィ。いたのかよ」

「お前こそ、最初からそのご神木の裏にいたんだろう」

「なんで知ってんだよ」

「最近よくそこで昼寝してるのをよく見てたからな。なぜ早く助けに出てこなかった?危うく子供達が殴られるとこだったぞ」

「そこのボウズがせっかく男の意地はって頑張ってたんだ」


しきり役の少年を辰次はみて、ニヤリと笑った。


「邪魔しちゃ無粋(ぶすい)ってもんだろ。なぁ?」

「え?」

「いい胴元っぷりだったぜ」


辰次は賽銭(さいせん)箱へ歩み寄ると、賭場荒らしたちからとりあげた金を財布ごとなげ入れた。

俊応が眉をひそめる。


「おい、それはなんのつもりじゃ」

「ガキどもが開いた賭場の場所代と、喧嘩の迷惑料」

「そういうつもりなら、ちゃんと神さまへ行儀良くじゃな」

「ジジィの説教はもう聞き飽きた。じゃあな」

「これ!」


胴元役の少年が俊応をみあげた。


「お坊さま、あの兄ちゃん、何者?」

「アレはな」


俊応はため息をつく。


「悪ガキがそのままデカくなった者だ。喧嘩と博奕ばかりするしょうもない男め。仕事もせずに毎日ぷらぷらと。まったく」

「でも、オレたちを助けてくれたよ。しかも、一色親分の息子だって。親分とおんなじで侠客みたいだった」

「違うぞ。あんなのは喧嘩の口実(こうじつ)、ヤツの気まぐれだ。ただ単に、ヒマだっただけであろう。よいか、アレは善人ではないぞ」


神社の鳥居を出ていく辰次の姿に、俊応は顔をしかめていた。


「悪いお手本だ。お前たちも博奕はほどほどにな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ