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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
19/123

男谷道場 三

庶民の辰次が武家の子息ふたりに喧嘩を売った。

これだけでも愚かだとみられるのだが、辰次はさらに馬鹿なことを言い出した。


「ひとりずつ相手にすんのはめんどくせえ。二人まとめてかかってこいよ」


剣術試合で木刀の使用、さらに二対一などありえない。

ただの喧嘩になると周囲はざわめいた。

しかし、なぜか師範代の柏木はそれを許した。


「いいだろう。ただし、急所となる頭への攻撃は禁ずる」


不思議がる男谷道場の門下生たちへ、柏木はただ試合の見学を命じた。

若者ふたりが並んで木刀をかまえた。

いい機会だ、生意気な庶民をすぐにでも叩きのめしてやろうと彼らはおもっていた。

だが、辰次と向き合った彼らは動けなくなった。


(なんだ、コイツ?さっきまでと様子が違う?)


木刀をかまえる辰次の全身から強烈な気迫が放たれ、打ちこめる(すき)がなかった。

さらに辰次の鋭すぎる睨みを真正面からうけて、彼らはうっすらと恐怖を感じていた。


「オイ」


辰次がいら立ったように、低く凄みのある声を出した。


「やる気あんのかよ。剣先が下がってんぞ」


彼らの木刀が動揺したようにゆれた。

辰次が大きく一歩、踏み出した。

辰次は相手ひとりの木刀をなぎ払らい、そのまま(どう)へと一撃を打ちこんだ。

重い衝撃と痛みに、相手は膝から崩れ落ちた。


「やはり、そうか」


試合をみていた柏木が独り言をもらしはじめた。


「辰次は実戦向きだな」

「それは、どういうことですか?」


おもってもみなかった相槌(あいづち)が返ってきて、柏木はおどろきふり返った。


「と、トキさん?」


めくら娘の姿を目にして、柏木は動揺した。

声をかけられるまで彼女の気配に気づけなかったのだ。


「ええと、いつの間に入ってきてらしたんですか?」

「つい、先ほど。辰次さんが試合をすると聞いてから、なかへ入りました」

「ああ、なるほど」


辰次の試合に集中するあまり、彼女の存在に気づけなかったのかと柏木は納得した。


「それよりも柏木さま。辰次さんは実戦向きとおっしゃった意味、教えていただけますか?」

「……トキさんは、道場での剣術試合はどうゆうものかご存知ですか?」

竹刀(しない)と呼ばれる、竹の刀のような道具で、剣術の技を競って勝負する。ですよね?」

「はい、竹刀での勝負が原則となっています。刀はもちろんですが、木刀もとても危険なため、道場の試合では使用を禁じらています。でも、辰次は竹刀よりも木刀を持たせた方が強くなる」


柏木は試合に目をむけた。

辰次は、剣術十年という熟練相手へ積極的に打ち込んでいた。


「去年、道場で生徒三人が辰次に木刀で喧嘩をしかけたことがありました。この三人は、日頃から辰次をよく思っていなく、男谷先生や私がみていない間に、辰次をどうにかしてしまおうと思ったのでしょう。でも、辰次はやられることなく勝った。とても驚きました。正直、普段の稽古での辰次は上手いと思ったことがない生徒だったんです。それが、先輩三人相手に木刀といえど、剣術で勝った」

「なぜでしょうか?」

「危険になったときほど、実力以上の力を出す人間というのがいます。辰次は、おそらくその種類の人間なのでしょう」


朱鷺は顔を試合の方へむけた。

彼女は、じっと木刀の音を聞きいっているようだった。


「……辰次さんはどうして突然このような試合を?」

「それは、直接本人に聞いた方がいいでしょうね」


試合が終わった。

辰次がひざをつく相手ふたりを見下ろしていた。

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