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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
14/123

一色親分 三

まきは甘酒の入った小鍋を火鉢の上に置こうとした。


「あらやだ、五徳(ごとく)がないわ。辰次、そこから取って敷いてちょうだい」


辰次は長火鉢の引き出し部分から鉄の輪っかを取り出した。

この鉄の輪っかー五徳が炭火の上にのっかり、さらにその上へまきが小鍋を置いた。

小鍋からほんのりと甘い香りが漂う。

一色家の甘酒はいつもまきが手作りしている。

この日も彼女は朝から米と麹を鍋に入れてとろ火で半日ほど煮込んでいた。


「この甘酒は作りたてだから、甘みは少し足りないかもしれないけど、香りはいいでしょ?」


そう言いながら、まきが甘酒を湯呑へ入れて配り始める。

一色親分が最初に甘酒をもらった。


「うん、いい香りだな。ところで、おマキ」

「はい?」

「今日からしばらく、このおトキちゃんがうちにいることになった。色々と面倒を見てやってくれ」

「まぁこの若いお嬢さんがウチに?」


まきは喜びの色をうかべ、戸惑っている様子のめくら娘へほほえんだ。


「嬉しいわ!男ばっかりのこの家に、女っ気が増えるのね。おトキちゃん、何か不安なことあれば遠慮なくいってね。さァ、これ。おトキちゃんの分の甘酒よ」


めくら娘の手を包み込むようにマキは湯呑みをもたせた。


「まぁこんなに手を冷やしちゃって。この甘酒飲んで、体を温めなさい。ちょっと熱いからね。ゆっくり気をつけて飲むんだよ」


朱鷺はぎこちなく湯呑みに口をつけた。

しっかりとした甘さと温かさが、彼女の喉から胸へと広がる。


「おいしい」


朱鷺は思わず言葉をこぼしていた。


「これが甘酒……?」

「もしかして甘酒、初めて?」

「はい。このような美味しい液体、初めてです」


めくら娘の言動にまきはやや面食らう。


「面白いコトいう子ねぇ」


一色親分が甘酒をすすりながら辰次へと視線をむけた。


「俺は明日から花会だ」

「知ってるけど」

「俺のいない間、おトキちゃんの世話は頼んだぞ」

「え?なー」


『なんで俺が』という言葉を辰次は飲み込んだ。

一色親分がキツくこちらをにらんでいたからだ。

渋々と了承したように辰次は黙って甘酒を飲んだ。

一色親分は目つきをゆるめ、次にめくら娘を見た。


「おトキちゃん。俺は明日から花会で、家をしばらく空けるからな」

「花会?お花の鑑賞会があるのですか?」


めくら娘以外の全員が、虚をつかれたような顔になった。

そして、一色親分が声をあげて笑い始める。


「あっはっはっ!こりゃ失礼した。おトキちゃんは堅気(かたぎ)の人だったな。花会というのはな、俺たち博徒の仲間内で開く金集めの会だ。まあ、宴会と賭博大会が一緒になったみたいなもんさ。明日から、俺の子分どもが花会するってんでお呼ばれされててな。縄張りの見回りもかねて行ってくる。俺がいない間は、うちのバカ息子が面倒みるからな。おトキちゃんは江戸、初めてだろ?」

「はい」

「おい、辰次」


辰次はあぐらにひじをついて不機嫌そうな面持ちである。


「……何?」

「ここら辺の名所見物に連れってってやんな」

「はあ?無茶いうなよ。めくらにどうやって名所を見せんだよ」

「お前はほんっとう思いやりっつうのがねぇんだな、このアホ。見えなくたって、聞こえたり、なんか食ったりすりゃ、十分に江戸見物になるだろうが」

「……どこ連れてきゃいいんだよ」

「浅草寺あたりは当然だな、うん。あとは……そうだ!男谷(おたに)道場なんか、いいンじゃねぇか?」

「男谷ぃ?剣術道場なんて連れってって、どうしろっつうんだよ」

「稽古する音がビシバシ聞こえて面白いだろう。それにあそこは本所石原に近い。道場に出入りしてる奴らに、おトキちゃんのお兄さんのこと聞いてみろよ。意外と知ってるヤツ、いるかもしれねぇぞ?」

「俺、あんまあそこに近づきたくねぇんだけど」


渋る辰次にめくら娘が頭をさげる。


「お願いします、辰次さん。兄の情報を少しでも集めたいので、その剣術道場へと連れて行ってください」


めくら娘が頭を深くさげ続け、辰次は苦い顔になった。


「……わかったよ」

「ありがとうございます」


めくら娘は全ての動作がゆったりとしていて礼儀正しかった。

自分とは全てが正反対な彼女に辰次は苦手意識が芽生えつつある。


「おい、もういいから。頭あげろって」


辰次はめくら娘の世話も、剣術道場へ行くことも乗り気ではない。

だが、このめくら娘を連れてきたのは辰次自身であって、奇妙な責任感というのを感じていた。

自分の中にある不満を辰次は甘酒とともに飲み込んだ。

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