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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
123/123

天女か悪女か

桜が咲くころ、大奥にいる朱鷺へ荷物が届いた。

彼女に代わって桃乃が受け取った。


「荷物はふたつです。ひとつは京からと、もうひとつは江戸市内からのようですね。さしつかえなければ、私が開けましょうか?」

「はい、お願いします」


盲目(めくら)のふりをする朱鷺は桃乃に荷物の開封をまかせた。


「京からの荷物は、見た目からとても綺麗な品です。梅の絵が入った白地の風呂敷に包まれていて上品ですね。送り主は…えっと、これはなんと読むのが正解なのでしょうか?」


難解な送り主の名前にうなる桃乃に、正解を教えたのは麗子だった。


哉朱仁(やすひと)。朱鷺さんの許婚の方ね」


麗子は横から桃乃の手元にある文をのぞき込んでいる。


「めずらしいお名前だから、どんな字なのかお聞きしたの。見た目だけでなく、話し方まで素敵な方だったわぁ。人のものなのがホント惜しいくらいよ」

「麗子さん…」


桃乃があきれた声でとがめるような目つきとなる。

美貌と家柄にあわせて恋多き女として名を馳せる麗子。

彼女を友として敬いつつも、その男癖の悪さには桃乃も閉口していた。

それを察した麗子はふんわりとした愛想笑いをうかべつつ桃乃の懸念を否定した。


「やあね、桃乃さん。いくら私でも同僚の許嫁(おとこ)に手出しなんかしないわよ?職場で悪女、なんて評判を立てられたくないもの」


それでも恋愛沙汰に強い関心がある麗子だ。

彼女は他所(よそ)さまの許嫁が送ってきた荷物(もの)を勝手に開け始めた。


「まぁ可愛らしい梅の干菓子(ひがし)だわ。それにこっちの短冊に書かれているのは和歌(うた)ね」


麗子が高らか和歌(うた)にを読みあげる。


『梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしぞ思う』


すかさず桃乃が説明と解釈をいれる。


「万葉集にある市原王の和歌(うた)ですね。梅の花を親しい友人にみたてて読まれたもので、遠く離れていても心はいつでもあなたをおもっている、という和歌(うた)です」

「ということは、恋の和歌(うた)ね」


はしゃぐ麗子。

眉根をよせる桃乃。


「うーん、恋の和歌(うた)とはちょっとちがうような…?元の和歌(うた)は、友人に向けて送られた和歌(うた)ですよ」

「だから、発展途上ってことなのよ。見た目によらず初心(ウブ)なのね、あのお方は」

「それにしても、風流な贈り物ですよね。梅の香りを焚きしめた短冊に梅の和歌(うた)、そして梅のお菓子なんて」

「まさに雅な公家の殿方ね。でも、ちょっとしつこすぎるかも?こうゆう重ねたモノを送る殿方って、重すぎるなんてこともあるのよね。ねぇ、朱鷺さん?」


桃乃と麗子の会話は朱鷺の耳に入っていなかった。

朱鷺は干菓子をさっそく口にほおばり、その甘さに夢中になっていた。


「…すいません、何かおっしゃいましたか?」

「許嫁のお話よ。あの方、しつこいところがあるのじゃなくて?」

「しつこい、ですか?」


許婚兼元教育係の授業を思い出す朱鷺。


「まぁ、そうですね。私に対してねちっこくなることはありますね」

「え、なにそれ?もう少し詳しく聞かせてくれないかしら?」


急に前のめりになる麗子。

こほん、と桃乃が注意をそらすように咳払いをした。


「もうひとつの荷物も開けますね。こちらの方は普通というか、人にあげるにはちょっと質素すぎるくらいの包みですね。送り主は…うぅ、今度は汚すぎて読めない…」


しばらく文字とにらみあう桃乃。


(たつ)に、()…?それに、おみ、まい…?もしかして、この餅菓子のようなものは、お見舞いの品ということでしょうか?葉っぱに包まれた餅菓子なんて初めて見ました。江戸独特のお菓子でしょうか?」


朱鷺の手がすぐさまその餅菓子にのびた。

ほんのりと香る桜のにおいを嗅いで朱鷺は確信する。


「桜餅です。桜の時期にしか食べれない貴重な江戸のお菓子です」


朱鷺は好物である江戸と京の甘味を同時に手に入れた。

ご満悦の様子である朱鷺へ麗子が含みのある笑みをむける。


「まぁ贅沢なこと。そのお菓子、名前から察するに江戸の殿方からの(みつぎ)ぎ物でなくて?ウワサの江戸の侠客さま、とか?」

「辰次さんのことをご存じなのですか?」

「宮様から少しね」


従姉妹(いとこ)ということもあり和宮と距離が近い麗子。

和宮から哉朱仁や辰次のことを聞いているらしい。


「いいわねぇ、朱鷺さんは両手に花で。でも欲張ってはだめよ?昔からいうでしょ?二兎(にと)追うものは一兎(いっと)も得ずって」


『白兎の姫』である朱鷺はキョトンとする。


「梅か、桜か。京ものか、江戸ものか。どちらかを選ばなきゃ、欲で人の身を滅ぼすわよ?」


小首をかしげる朱鷺。


「梅の干菓子と桜餅、両方食べてはダメなのですか?」

「味見くらいならいいけど、最後は必ずどちらか選ばないといけないわ。両方、なんて欲張る人間の女はこう言われるわ」


麗子はからかうような笑みをうかべならが、艶やかな唇で色っぽくつぶやいた。


「悪女」


それが、後世の朱鷺の呼び名となった。

同時に『天女』との呼び名も存在した。

どちらにも共通して伝えられていることはふたつ。

ひとつ、朱鷺はこの世のものとはおもえないほどの美貌をもっていたこと。

そして、そんな彼女によって二人の男たちの運命が大きく狂ったこと。

天女か悪女か。

しかし、いまはただの盲目(めくら)娘である彼女はのんきに答える。


「よくわかりませんが、大丈夫です。わたしは宮さまのウサギ。人間じゃないから、その悪女とやらの定義には入りません」


あきれる麗子と桃乃をよそに、朱鷺は無邪気に干菓子と餅を口いっぱいにほおばったのだった。

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