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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
122/123

悪童たち

哉朱仁と蘇芳は江戸をでて中山道を進み、もう少しで京の入り口というところで休憩していた。

茶屋で運ばれたお茶を口にして、蘇芳はひと息ついて今回の仕事をふりかえる。


「お前があの化けギツネに食ってかかったのはヒヤヒヤしたが…あれはわざだな?ああやって挑発して、ヤツの首を斬るもっともな理由を作るためだった。そうだろ?」

「ええ。おかげで、宮様の前で堂々と神の首を落とすことができました。これで帝にも言い訳がたちます」

「お前の案か?それともご当主様の?いや、いい」


微笑をたたえてだまった哉朱仁をみて、蘇芳はこれ以上知るのは身が危なくなると直感した。


「今回はあの女もよく役に立った。神さえ相手に勝つあの強さは認めるしかない」

「ええ、ほんとに。朱鷺さんは昔も今も変わらず強い。僕らをふくめ、この世の男たちすべてが頼りなくみえてしまうほどです」


屈託のない笑みをこぼした哉朱仁に、蘇芳は以前の彼とはちがう印象を受けた。


「そういや、稲荷神社に来る前にあの女と話すからとどこか行ってたな。何を話したんだ?」

「大したことじゃないですよ。ただ昔と同じように話しをしただけです。それと、これを江戸土産にともらいました」

「なんだそれ?」

「桜餅という餅菓子だそうです。ひとつ食べましたが、結構おいしいですよ」


江戸の食べ物と聞いて、いぶかしがっていた蘇芳だったが、ひとくち口にすると顔を変えた。


「悪くないな」

「最後の最後に江戸名物を食べれましたね、兄さん」

「まぁ、すべてうまくいったということだな」


チラリと荷物の桐箱へ視線をやる蘇芳。


「朱印状というのを俺はみたことがないが、お前はみたことあるんだよな?」

「はい。朱色の紙に神代(しんだい)文字で約定(やくじょう)文が書かれたものですよ」

「見ていいか?今後の参考に見ておきたい」

「古くて傷んでいるものだから、あまり外の空気に触れない方がいいのですが…」

「ちょっとだけだ」


桐箱をあけて蘇芳は眉をしかめた。


「これが、朱印状…?」


桐箱から出てきたのはあきらかに真新しい赤い紙だった。


「……哉朱仁、俺にはどうもこの文字が神代文字にはみえないのだが。どうみてもこれは、人の字じゃないか?しかもとんだ汚い悪筆だ」


デカデカとした『朱印状』という文字が、彼らをあざ笑うように赤い紙におどっている。

哉朱仁はまさか、とつぶやき朱色の長脇差を取り出した。

それは朱鷺の二本目の朱刀である。

すべての朱刀の特徴として刃に朱い波紋がうきでるはずだが、哉朱仁が抜いてみると銀色の波紋しか浮き出なかった。


「オイ、それって普通の刀じゃ……」


蘇芳は哉朱仁の顔を目にして思わずだまった。

哉朱仁は怪しい笑みをうかべながら喉の奥でクククと笑っていた。


「こちらが朱印状の性質を知っていることも、僕が朱鷺さんの朱刀にこだわることも、すべて見越したうえで、あのような勝負を仕掛けてあえて負けたということですか。たいした悪知恵だ」


哉朱仁の両眼が怒りを宿したように赤色を強くおびた朱色になる。

彼は偽物の朱刀を素手で折って地面へと叩きつけた。


「江戸の悪童クソガキめ。たかが浅草のヤクザの息子の分際で、この僕を騙すとはね。この借りはいつか返しますよ」


こめかみに青筋をたて歪んだ笑みをうかべて悪態を吐いた哉朱仁。

そこに神童とよばれる美しい青年の姿はない。

かわりあるのは怒り狂う悪童の姿だ。

凄まじい激情を表に出す哉朱仁に蘇芳がおそるおそると尋ねる。


「どうする?今すぐ江戸に戻るか?」

「…いえ、無駄でしょう。朱印状を手元に置いておくほど、彼はバカな人間じゃないはず。あのキツネの老婆もだ。なにかしら対策をしているはずです。それを見破って朱印状を探し出して奪う時間は今の僕らにはない。ここはご当主様の判断を仰ぐため、京へと早く戻りましょう」


辰次の名と顔を哉朱仁は深く記憶に刻み、仕返しを誓って京へと戻った。


一方その頃、辰次は機嫌よく口笛を吹きながら本所の神社にやってきていた。


「卯ノ吉ー!預けてたもん、持ってきてくれよ」

「はぁい、親分!」


子ウサギが自分よりも大きな風呂敷包みをズルズルと引きずって出てくる。


「氏神様にお願いして御神体の鏡の中に隠してもらってましたけど、そこまで持ってくのはボクだから、重くて大変でしたよー」


二本足で立って(ひたい)をぬぐうそぶりをする卯ノ吉。

人間くさいその姿に辰次はおつかれさんと声をかけた。


「おまえのおかげでアイツらの目を誤魔化せたぜ。アイツらの見えねぇとこっつったらやっぱ神様のとこだよなー。バレたとしても手が出せねぇだろうし」


辰次は風呂敷から朱色の長脇差(ドス)を取り出した。


「こっちの桐箱はまた隠しといてくれ」

「了解でーす。でも、親分はどうしてわざわざおみくじで勝負したんですか?こうやって隠して黙っておくだけでよかったんじゃないですか?」

「それじゃアイツら大人しく江戸から出てかねーだろ?ああゆう坊ちゃん育ちなヤツらはな、ほどほど満足させてやったら、勝手に納得して引き下がんだよ」

「なるほど!さすが親分ですね!命婦ばぁもほめてましたよ!親分は勝負どころできちっとキメる。おみくじで凶をだして負けるなんて、神様にもできないって」

「あったりめぇよ。俺は、俺がツイてないってことよーく知ってるからな」


辰次はすこぶる気持ちが良かった。

いつか朱鷺が言っていたように自分には悪運があるのだ。凶運を転じて強運となし、試合に負けて勝負に勝った。


「ザマァみろ、京のボンボンの悪童(クソガキ)どもが」


江戸の悪童は笑う。

そして、腰に朱刀を引っさげ悠々と浅草へ博奕(ばくち)遊びにくりだした。

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