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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
120/123

仲直り

朱鷺は和宮との絆を取り戻すことができた。

そして、そんな『仲直り』をしたい相手が朱鷺にはもうひとりいる。


「京へ戻る準備に忙しいところを呼び出してしまいすいません、哉朱仁さん」

「いえ、べつに…」


哉朱仁はどこか沈んだ様子で口数が少なかった。

彼の視線が朱鷺の肩を気にしている。


「傷はもう大丈夫ですか?」

「はい。血は止まりましたし、もう痛みもありません」

「そうですか……それで、話とはなんですか?どうしてこんなところで?」


朱鷺が哉朱仁を呼び出した場所は江戸の郊外本所にある神社であった。林に囲まれた小さな神社で、神使の子ウサギ卯ノ吉の神社(ウチ)である。


「ここの神使とは知り合いなので場所をお借りしました。ここなら、人の目を気にせずちゃんと顔をみて話せるとおもったので…」


朱鷺が両眼を開ける。

本来の姿で彼女は哉朱仁と向き合う。

朱鷺の朱色の両眼にうつる哉朱仁はやや眉根をよせながら戸惑いをみせていた。


「わたし、哉朱仁さんに謝らなきゃいけないことがあります」

「あやまる…?」

「あの試合で大怪我をさせてしまったこと。哉朱仁さんが京を離れなければいけなくなったこと。両方ともわたしのせいです」


頭をさげる朱鷺。


「ごめんなさい」


意表をつかれたように哉朱仁が目をまるくして固まった。


「わたし、哉朱仁さんを傷つけるつもり、なかったんです。ただ、名前が欲しくって…名前がもらえないと、一生屋敷からも出れないと、ご当主さまにいわれて」


表情はこわばり、口調もたどたどしい朱鷺。


「だけど、まさか哉朱仁さんと戦うことになるなんて、おもってなかったんです」


当時の気持ちが朱鷺のなかでよみがえる。


「どうしたらいいか、わからなくて…でも試合が始まったら頭が真っ白になって、体が勝手に動いてしまって……」

「……知ってました」

「え…?」


どこか悲しげな表情の哉朱仁。


「あれは、ご当主さまが僕らを戦わせるように仕組んだもの。そして、朱鷺さんは白兎の本能のままに戦ってしまった。あの試合中、身体中の血が沸騰するような感覚、ありませんでしたか?」

「…はい、ありました」

「白兎の血による生き残るための闘争本能です。お互いの朱色の眼に反応して引き出されてしまったのでしょう。精神の未熟な子供であるほど白兎の血に支配されやすい。僕もあの時は、父を亡くしてすぐでしたから……いつもの僕ではなかったのをよく覚えています。僕が朱鷺さんに負けて京を追い出されたのは、純粋に未熟だったからです。だから、あの怪我は自業自得です。朱鷺さんのものと比べれば軽いものですよ」


哉朱仁は痛ましいものを見る目で朱鷺の肩をみていた。


「僕はあの試合で、情けない自分に腹が立ったことはあっても、朱鷺さんのせいだとおもったことありません」

「え?でも、わたしのせいで都落ちしたっていってませんでしたか?それに、意地悪な言葉ばかり……」

「それは…悔しかったから」

「くやしい?」

「朱鷺さん、自分の力で外へ出てしまったでしょう?僕が連れていってあげると言ったのに」


拗ねた子供のように口をとがらす哉朱仁。


「それに(てがみ)のこともちょっと不満だったというか…」

(てがみ)?」

「京を出て太宰府に移った最初の頃、僕は何回か朱鷺さんへ文を出しました。けど、朱鷺さんは一度も返事をくれなかったじゃないですか」


キョトンとする朱鷺。


「わたし、哉朱仁さんが京からいなくなってから、文なんてもらったことないですよ?」

「え?でも、僕は確かに京の白兎本家宛へ出したのですが…」


何かにハッとして考え込む哉朱仁。


「哉朱仁さん?」

「いえ、何か行きちがいがあったのかもしれませんね。届かなかったなら、しょうがないです」

「それじゃあ、もう怒ってないですか?」

「怒るなんて…始めから僕は朱鷺さんに怒ってないですよ」


やわらかい笑みをみせる哉朱仁。

それは朱鷺のよく知る優しい幼なじみの顔だった。


「じゃあ、また仲良し?」


首をかしげ、つい昔のような幼子の口調となる朱鷺。

そんな彼女をおかしそうに小さく笑い、同じ方向に首をかしげる哉朱仁。


「うん、仲良し」


朱鷺は大きく安堵して笑みをうかべた。

ようやく『仲直り』ができた喜びとともに、寂しさもすぐやってきた。

哉朱仁はもうこれからすぐに江戸を出るといった。


「京で仕事があるので、すぐに戻らなければいけないのです」

「そうですか、残念です。せっかくなら江戸の町を案内しようとおもってたのですが…」

「また今度でお願いします。朱鷺さんはちゃんと休んで、その肩の怪我を早く治してください。最低でも1週間は大人しくして、渡した軟膏を一日3回塗って、包帯も変えること。いいですね?」


最後まで小言の多い元教育係だとおもった朱鷺。

だが、それだけこちらを気にかけてくれている証拠である。その心はあたたかく、心地いいものであると『侠客』に朱鷺は教わった。


「朱鷺さん、最後に聞きたいのですが…外に出てこなければ良かったと、今もそうおもってますか?」

「…いいえ、もうおもってません」


朱鷺は心から笑った。

彼女の朱色の両眼がよりいっそう輝きをます。

瞬間、哉朱仁の目にこの世で見たことのないほど美しい女の姿がうつる。


「イヤなこともあるけど、それよりもずっとおもしろいことも嬉しいこともある。それがこの世であり浮世です。江戸の皆さまのように、わたしもこの浮世を自由に、粋に楽しみたいとおもいます」


まばゆくほど白い肌と亜麻色の髪をもった天女がほほ笑んでいる。


「哉朱仁さん?」

「……え?」


天女が陽のなかに消え、よく知った朱鷺の顔になり、哉朱仁は目をまばたかせていた。


「すいません、ちょっとぼーっとしてたみたいです」

「大丈夫ですか?」

「ええ。もうそろそろ、行きますね」


去りかけた哉朱仁の足が止まり、朱鷺の方へとふり返る。


「文を書きます。今度はちゃんと朱鷺さんのところへ届くように。だから、返事をください。それと約束します」

「約束?」

「梅がたくさん咲く神社と祇園まつり。いつかいっしょに行きましょう」


新たな約束に朱鷺は今度は忘れないようにと繰り返して答える。


「梅とおまつり。必ずいっしょにみにいきましょう、哉朱仁さん」


昔と同じように、名残惜しそうに手をふってわかれたふたり。

朱鷺は主人の待つ江戸の城へと戻る。

哉朱仁は最後の江戸での仕事を片付けに神楽の奉納祭があった神社へとむかっていった。

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