一色親分
辰次はぶつぶつと不満げに呟きながらまきたちのあとに続いた。
「くそ。母さん、初対面の人間に余計なこといって……」
玄関の式台である板間に小男がひとり腰かけて煙管をふかしている。
男は白髪まじりの柔和な顔つきで、人がよさそうにみえるが、その瞳に宿る光は異常な強さがあった。
彼がふうっと煙をはいて、煙管を口から離した。
「まき。その尼さんはどうした?」
「辰次が連れてきた、あなたへのお客さんらしいですよ」
「辰次の?」
男の目が辰次の姿をとらえる。
「オウ、帰ったか」
男の瞳がギラリ光って辰次をにらむ。
辰次はおもわず姿勢を正した。
「鉄の野郎から聞いたぞ。おめえ、俺がアイツへ任せた仕事に首突っ込みやがったんだってな?え?いつ、俺がおめえに、ほかの野郎の仕事にちょっかい出していいといった?」
「俺は、別にちょっかい出すとかそうゆうつもりじゃー」
「黙れ餓鬼」
地の底から響くような男の声音が辰次を黙らした。
浅草の博徒をたばねる大親分、一色忠次は息子だろうと容赦しない。
彼は空気をひりつかせ、ドスの利いた一喝をはなつ。
「親分である俺の顔にケチつけてぇのか!?あァ?餓鬼ひとりをしつけられねェのかと、他所だけじゃねぇ、子分どもにも示しがつかねぇだろうがァ!」
すぐさま辰次は腰を低くして頭を下げた。
一色親分の威厳の前では悪童もただの小童であった。
「勝手なことして、すいませんでした」
辰次は心から畏れ敬う姿勢を一色親分へとみせる。
「喧嘩すんのは結構だ。けど、俺の仕事の邪魔だけはすんな」
「はい」
「いすみ屋さんには、明日、俺が詫びを入れに行く。浪人どもの方は、もうほっといていいだろう。これでこの件はしまいだ」
一色親分がカツン、と煙管を式台の角にうって火種を地面へ落とした。
「それで?」
火のない煙管を手に持って、一色親分は雰囲気をやわらげた。
「おめえが連れてきたっていう、こちらの尼さんだが」
一色親分はめくら娘をながめ、あごに手をあてて感心したようすになった。
「こりゃあ恐れいったね。おめえが女を、しかも尼さんを連れ込むなんざ、浅草寺の坊主どもも真っ青だ!」
またもや筋違いの誤解をされ辰次はあせった。
「違うッ!こいつ尼じゃねぇから!ただのめくらの娘だから!」
「ほお、目の見えない娘さんを引っかけてきたのか。なるほど考えたな」
「なんでそうなる!?」
「目の見えない女なら、おめえのその目つきにビビらないだろ?うまくだまして連れ込んできたもんだなァ」
「俺をタチの悪い詐欺男みたいにいうな!」
「違うのか?」
「ちげぇっつってんだろ、このバカ親父!」
一色親分の拳骨が飛んだ。
「いってぇえ!何すんだ!?」
「親をバカ呼ばわりすんじゃねぇ、この馬鹿息子」
理不尽だと思いながら、辰次はこれ以上親に口ごたえができず、殴られたところをたださすった。
「おめえが口説いてきたんじゃないなら、この娘さん、何用でここにいんだ?」
「京の都から兄貴を探しにきてて、そのことで親父に手を貸して欲しいんだとよ」
「京から?」
一色親分の鋭い眼差しがめくら娘へむけられた。
「盲目のお嬢さんが、一人で兄を探しに江戸くんだりか。ま、俺ンとこくるんだ。当然、ワケありなんだろ?」
一色親分はニヤリとし、おもむろに腰をあげる。
「外は寒くなかったかい?暦で春といえど、江戸の夜はまだ冷えるからな。おマキ。あったかい甘酒を用意してくれ」
まきが頷いて、家の奥へと姿をけしていった。
一色親分は辰次とめくら娘になかへ入るようにとうながす。
「さ、あがんな。火鉢がある奥の客間で、ゆっくりと話を聞こうじゃないか」