表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
12/123

一色親分

辰次はぶつぶつと不満げに呟きながらまきたちのあとに続いた。


「くそ。母さん、初対面の人間に余計なこといって……」


玄関の式台である板間に小男がひとり腰かけて煙管(きせる)をふかしている。

男は白髪まじりの柔和な顔つきで、人がよさそうにみえるが、その瞳に宿る光は異常な強さがあった。

彼がふうっと煙をはいて、煙管を口から離した。


「まき。その尼さんはどうした?」

「辰次が連れてきた、あなたへのお客さんらしいですよ」

「辰次の?」


男の目が辰次の姿をとらえる。


「オウ、帰ったか」


男の瞳がギラリ光って辰次をにらむ。

辰次はおもわず姿勢を正した。


「鉄の野郎から聞いたぞ。おめえ、俺がアイツへ任せた仕事に首突っ込みやがったんだってな?え?いつ、俺がおめえに、ほかの野郎の仕事にちょっかい出していいといった?」

「俺は、別にちょっかい出すとかそうゆうつもりじゃー」

「黙れ餓鬼(がき)


地の底から響くような男の声音が辰次を黙らした。

浅草の博徒をたばねる大親分、一色忠次は息子だろうと容赦しない。

彼は空気をひりつかせ、ドスの利いた一喝をはなつ。


「親分である俺の顔にケチつけてぇのか!?あァ?餓鬼ひとりをしつけられねェのかと、他所(よそ)だけじゃねぇ、子分どもにも示しがつかねぇだろうがァ!」


すぐさま辰次は腰を低くして頭を下げた。

一色親分の威厳の前では悪童もただの小童(こわっぱ)であった。


「勝手なことして、すいませんでした」


辰次は心から(おそ)(うや)う姿勢を一色親分へとみせる。


「喧嘩すんのは結構だ。けど、俺の仕事の邪魔だけはすんな」

「はい」

「いすみ屋さんには、明日、俺が詫びを入れに行く。浪人どもの方は、もうほっといていいだろう。これでこの件はしまいだ」


一色親分がカツン、と煙管を式台の角にうって火種を地面へ落とした。


「それで?」


火のない煙管を手に持って、一色親分は雰囲気をやわらげた。


「おめえが連れてきたっていう、こちらの尼さんだが」


一色親分はめくら娘をながめ、あごに手をあてて感心したようすになった。


「こりゃあ恐れいったね。おめえが女を、しかも尼さんを連れ込むなんざ、浅草寺の坊主どもも真っ青だ!」


またもや筋違いの誤解をされ辰次はあせった。


「違うッ!こいつ尼じゃねぇから!ただのめくらの娘だから!」

「ほお、目の見えない娘さんを引っかけてきたのか。なるほど考えたな」

「なんでそうなる!?」

「目の見えない女なら、おめえのその目つきにビビらないだろ?うまくだまして連れ込んできたもんだなァ」

「俺をタチの悪い詐欺男みたいにいうな!」

「違うのか?」

「ちげぇっつってんだろ、このバカ親父!」


一色親分の拳骨が飛んだ。


「いってぇえ!何すんだ!?」

「親をバカ呼ばわりすんじゃねぇ、この馬鹿息子」


理不尽だと思いながら、辰次はこれ以上親に口ごたえができず、殴られたところをたださすった。


「おめえが口説いてきたんじゃないなら、この娘さん、何用でここにいんだ?」

「京の都から兄貴を探しにきてて、そのことで親父に手を貸して欲しいんだとよ」

「京から?」


一色親分の鋭い眼差しがめくら娘へむけられた。


「盲目のお嬢さんが、一人で兄を探しに江戸くんだりか。ま、俺ンとこくるんだ。当然、ワケありなんだろ?」


一色親分はニヤリとし、おもむろに腰をあげる。


「外は寒くなかったかい?暦で春といえど、江戸の夜はまだ冷えるからな。おマキ。あったかい甘酒を用意してくれ」


まきが頷いて、家の奥へと姿をけしていった。

一色親分は辰次とめくら娘になかへ入るようにとうながす。


「さ、あがんな。火鉢がある奥の客間で、ゆっくりと話を聞こうじゃないか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ