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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
118/123

初午の神楽 三幕目

哉朱仁の刃をとめながら、辰次は懐にいる子分へ命じる。


「卯ノ吉、命婦バァたち連れて外へ逃げろ!」

「でも親分は?」

「俺はコイツをぶっとばしてからだ!」


辰次は哉朱仁をにらみつけながらも口もとでは笑みをうかべていた。さながら獲物をみつけた鬼の顔である。


「探してたぜ、テメー。まさかこんなとこで見つけるとはなァ。ここで会ったがなんとやらだ。このあいだの喧嘩の落としまえ、キッチリとつけさせてもうぜ」

「君は…」


哉朱仁が交える刃越しに辰次の顔をじっとみる。


「どこかで見たような顔、いや、目つきですね。このおもしろいくらい鋭い目つきには覚えがある気がします。どこかでお会いしましたっけ?」

「テメー!もう忘れたとかふざけやがって!いや、そんなら俺もテメーなんぞ覚えてねェ!」

「まぁまぁそう言うわずに。今思い出しますから。えーと、京の出町柳にある古本屋ですかね?」

「ちげェよ!江戸のそば屋だよ!このタコスケ野郎!」

「あぁ、あのときの」


刃を突きつけあうこの状況で哉朱仁がよろこぶような笑みをうかべる。


「いやぁ奇遇ですねー。こんなとこでまたお会いするとは。おどろきですよ。それにまさか朱刀をもっているなんて」


哉朱仁の朱色の目が冷たく辰次と刀をみる。


「それ、どこで手に入れたのですか?まさか朱鷺さんにもらったとか?」

「なんで知ってる!?」

「やはりそうですか。では、君が例の侠客さまとかいう人間ですね」

「テメェ、朱鷺の知り合いか!?」

「いとこで許嫁です」

「なッ、いっ…ッ!?」


驚愕して手元が一瞬ゆるみかける辰次。


「いくらですか?」

「はァ!?」

「この刀、買い取ります。言い値をいってください。どんな額でも用意しますよ」

「フッざけんな、誰が売るか!朱刀(これ)は俺のもんだ!」

「困りましたね。朱刀(これ)は君のようなただの人間が持っていていい代物(しろもの)じゃないんですよ」

「なんだとォ!?」

「朱刀がなぜ普通の刀とちがうのか知っていますか?」

「知るかよ、んなこと!」

「材料がちがうんですよ。朱刀は玉鋼(たまはがね)をつなぎとして血で作られているのです」

「あ?ち…?」

「白兎の者は成人した証として己の血で刀を作る。つまり、君が持つその朱刀は朱鷺さんが自ら血を流して作った刀です」

「!?」

「通常、刀を作るのに必要な量の血は一年をかけて採取されます。一度に抜けば僕ら白兎でも失血死してしまうからです。でも、その朱刀は数ヶ月で作られたと聞きます。そんな中途半端な長さなのは、それが死なない程度に採血できる限界の量だったのでしょう」


哉朱仁の表情に怒りの色が浮く。


「朱鷺さんが自分を傷つけ命を懸けて作った朱刀は、人間ごときの手になどふさわしくない。(ガキ)が遊び道具でもつには分相応がすぎるのですよ」


哉朱仁の刃に急におされる辰次の刃。

相手の力量は自分より上だと、前回の喧嘩から辰次は気づいている。

辰次がこうして必死に押し返していても、相手にはまだ余裕があるのがみてとれる。

辰次の刀を持つ腕も震えがきてすでに限界が近い。

だが、ここで引くことは悪童の矜持にかけて許せない。

何より辰次の心がこの男にだけは負けたくないと叫んでいた。


「ぐちゃぐちゃと理屈ならべてうるっせェな!ようはテメーは、朱鷺の刀持ってる俺が羨ましいんだろォ!?」


辰次の刃がおしかえし始め、哉朱仁はわずかに眉をひそめた。

不敵に笑う悪童。


「図星か?男の嫉妬はみっともねぇぞ?いいか、よく聞けこのヘリクツ野郎。どんだけの金銀つまれようが、俺は朱鷺が命を懸けて作ったってくれたこの朱刀を、死んだって誰にも渡さねェ。とくにババァを斬ろうとするようなクソ野郎にはなァ!」


辰次の刃が勢いづいて哉朱仁の刃をはじき返した。


「おどろきましたね、凄い馬鹿力だ。でも、所詮(しょせん)は人間の枠のなか。白兎の僕に刀で挑むのは無謀ですよ」


脂汗をうかべ肩で息をする辰次にたいし、哉朱仁は息ひとつ乱していなかった。


「降参、していただけませんか?朱鷺さんの知り合いを殺すのは忍びない」

「ほざけ。テメーの方こそ、そのキレイな顔をぼこぼこにされたくなきゃ今のうちに降参するこったな。あとで朱鷺に笑わるぜ?」

「…やれやれ、本当に話が通じない人ですね」


微笑をうかべながらその目に殺気をともす哉朱仁。

凄みのあるにらみをうかべながらニヤリと笑う辰次。


「こうなったら、その腕ごと切って刀を奪うしかありませんね」

「やってみろ、この口先達者の女顔野郎め」


辰次と哉朱仁、生涯にわたるふたりの因縁がここにはじまった。

彼らが宿命的な邂逅を果たしているいっぽう。

若き夫婦が縁によって導かれ再会を果たした。


「宮さま!ご無事ですか!?」


あらわれた家茂の姿におどろく和宮。


「上さん?どうしてここに?」

「霧が出てきてから神楽舞台の様子がいっさいわからなくなり、神道方には心配無用と止められましたが、宮さまがどうしても気になって…おケガはありませんか?」


家茂の手が和宮の手をにぎる。

あたたかな温もりに和宮の心にあった不安や恐怖心が薄らぐ。


「ここは危険なようです」


周囲の惨状に眉をひそめる家茂。


「すぐに外へ逃げましょう」

「でも朱鷺が、まだあそこに……!」


離れた場所でキツネたちと戦っている朱鷺を気にして、和宮は外への脱出を拒んだ。


「あの者は…まさか、あの盲目(めくら)の娘ですか?」


異形な朱鷺の姿を目にして戸惑う家茂。

涙をにじませてうなずく和宮。


「私を守るために戦っているのです。なのに、私は朱鷺の本当の姿を目にして、ひどい言葉をいってしもうた。キツネたちにも私のせいでひどいめにあわせてしもうてる…」


血が広がっていく舞台を直視できず和宮は目をそらした。

そんな彼女へ家茂は何かを考えて意を決したように言葉をかける。


「宮さま、自分は将軍として上に立つ者として心がけているものがあります」

「え?」

「自分は何もできずとも、何があってもすべてを見届ける。それが上に立つ者の義務であると、私はおもっています」

「私の義務…」

「宮さまが義務を果たされるなら、自分はここで一緒に最後までお供します」


朱鷺の主として、この(まつり)を始めた者として、すべてをこの目にしなければならないと和宮は悟る。

恐ろしくて目を閉じてしまいそうな自分を叱咤し、和宮は戦場へと目をむけた。

そこで飛び込んできた光景に彼女は悲鳴をあげる。


「イヤァ、朱鷺!」


辰次と哉朱仁が動きをとめ、神楽舞台の中心へと目をうつした。

そこには、巨大な白キツネの御蔵に肩から噛みつかれ血を噴きだしている朱鷺の姿があった。

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