初午の神楽 二幕目
辰次たちが突入してくるよりもまえ、神楽舞台で始まった戦いはキツネ側が劣勢となっていた。
数でまさるはずのキツネたちは、白兎の神祇官たちの武によって次々と斃された。
とくに哉朱仁の強さは圧倒的だった。刀ひとふりでキツネの首二つ三つと一気に落としてしまう。
彼に負けじと蘇芳も刀をふるい、どんどんとキツネを屠っていく。
キツネのバラバラになった白い躯と朱い血が神楽舞台に広がっていく。
この光景に和宮が戦慄した。
「あの二人を今すぐ止めて!」
朱鷺にしがみつく和宮。
「こないな残酷なこと、いくらなんでも可哀想や!話し合いを!お願いやから、神使を傷つけないで!」
「宮さま…申し訳ありませんが、そのご要望に添うのは難しいかと。キツネたちは話し合う気どころか、こちらの言葉に耳を傾ける気もないようです」
キツネたちは和宮を人質にとろうとしており、そのキツネたちを朱鷺は相手にしていた。
そんな彼女に御蔵が興味を示した。
「あの小僧がいっておった朱色の眼のメスウサギじゃな。どれ、ひとつワシが相手をしてやろうか」
朱鷺は御蔵と対峙した瞬間、全身の毛が逆立つのを感じた。
それは今までにない強敵への恐れと危機感であった。
遠くに離れている哉朱仁が朱鷺へと忠告する。
「朱鷺さん、目を閉じたまま相手にできるほどその相手は甘くない!早く両眼を開けなさい!」
朱鷺も十分にそれを承知している。
だが背後にいる和宮の目を気にして、朱鷺は両眼を開けずにいた。
巨体の御蔵が人間のように大きな太刀を手にして攻撃してきた。
「小娘がなめたものよ、両眼を閉じたまま神であるこのワシを相手にするとは。さっさとそちを始末し、姫巫女にこちらへ来ていただこう」
激しい御蔵の攻撃に防戦一方となる朱鷺。
うしろにいた和宮にキツネの尻尾が忍び寄る。
「イヤぁ!はなしてっ!」
「宮さま!?」
キツネの尻尾が和宮の足をとらえて引きずっていく。
「朱鷺、助けて!」
主の助けを求める声に、朱鷺は両眼を見開いた。
正面から迫りくる御蔵の刀の攻撃をはじき返し、和宮の足をとらえていた尻尾をたち斬った。
「宮さま、おケガはありませんか!?」
和宮へと手を差し伸べる朱鷺。
だが、その手は拒絶された。
「イヤ、来ないで!」
本来の朱鷺の姿に和宮は怯えていた。
彼女の不気味な白さの肌に、獣のように大きく裂けた朱色の両眼は、あの恐ろしいキツネの神と同じものとして和宮の目にうつっていた。
「バケモノ…っ!」
その和宮の言葉で、朱鷺は呆然として動けなくなった。
隙ができた朱鷺の背後から別のキツネが襲いかかる。
「朱鷺さん!」
駆けつけた哉朱仁がキツネを斬って朱鷺を救った。
「油断しないでください、まだまだ数はいるんです。それにあの御蔵には傷ひとつもつけられてない…」
哉朱仁は朱鷺の顔をみて眉根をよせた。
「なんて顔、してるんですか」
朱鷺は泣くのをこらえているような表情をしていた。
彼女の視線の先に、顔をそむけ怯えている和宮がいる。
それをみて、哉朱仁はすべてを悟ったようにつぶやく。
「見た目だけで判断するような愚かな人間をあなたが気にする必要はない」
朱鷺の視界から和宮を消すように立つ哉朱仁。
「宮様は僕が引き受けます。あなたは蘇芳兄さんと一緒に残ってるキツネたちを片してください。そのあとに三人であの大狐の神にかかります。あれは手強い、ひとりで無理してはいけません。いいですね?ほかのことは忘れて、今はとにかく戦いに集中してください」
「…はい」
朱鷺は刀をにぎりしめ、キツネの群れへと進んでいった。
哉朱仁はいまだ動転している和宮をなだめる。
「宮様、大丈夫でございます」
「ひっ…!」
哉朱仁の朱色の目に和宮は一瞬おびえたが、すぐに彼が人間であることを認識して落ち着きはじめた。
「あ…そ、そなたは朱鷺の許嫁の…?」
「哉朱仁でございます、宮さま」
「朱鷺は!?あの子はどこ?」
「朱鷺さんはあちらで戦っています」
神楽舞台でキツネたちを斬っていく白い姿に、和宮は目をみはった。
「あれが朱鷺…?」
「はい。白兎の先祖返りといわれる朱鷺さん本来の姿です」
呆然として朱鷺の姿をみていた和宮はハッとしたようになる。
「わたし、さっき朱鷺を化け物なんて呼んでしもうた……」
目をすっと細める哉朱仁。
微笑をたたえながらも、どこか彼の眼は冷たかった。
「人にとって受け入れ難いものというのはあるものですからね、仕方がないでしょう。今の状況のように。キツネはわれら白兎を絶対に受け入れない。ならば互いのどちらかが消えるまでです」
「そんな…」
朱い血の神楽舞台にキツネたちは沈んでいく。
「イヤや、こんな酷いこと、あんまりや……っ!」
「姫巫女さま」
呼ばれた声に和宮がふりむくと、そこには傷ついた老婆と白い子狐がいた。
「どうかわれらの話を…」
老婆が和宮へと手をのばす。
そこへ哉朱仁が割りこんで刀を振りあげた。
「本当にうまく人間に化けるものですね、キツネとは」
和宮は止めようとするが間に合わない。
朱い刃が老婆の首めがけて振り下ろされる。
だが、すんでのところで別の朱い刃にとめられた。
「命婦バァ!悪ィ、遅れた!」
哉朱仁の刃を止めたのは辰次だった。