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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
116/123

初午の神楽 幕の外

神楽舞台が白い幕で(おお)われたあと、あたりには深い霧が立ち込めていた。

神社の林にまぎれてこっそりと様子をうかがっていた辰次は首をかしげた。


「なんだこの霧?ぜんっぜん何も見えねぇじゃねーか。つか祭りはどうなったんだよ」


辰次は足元にいる子ウサギ神使の卯ノ吉へ命令する。


「おまえ、ちょっと行ってみてこいよ」

「え!?いやですよ!あんな神祇官と狐がいっぱいのコワイ所になんて、ボクひとりでは行きたいくないです!」

「情けねぇな。おまえそれでも俺の子分かよ」

「これでもボクは親分の子分です!だから親分が行くならどこまでもお供します!」

「あ、テメっ!なに懐にもぐりこんできてんだ!」


まるで懐で吸いついて離れない卯ノ吉。

辰次は仕方なく白い毛玉を胸元に抱えたまま、神楽舞台の方へとむかった。


「白い幕、だよな?これ。なんか終わりが見えねーんだけど?フツーこうゆうのって、境目があってそこから中に入れるもんじゃねぇのか?」

「これはきっとあの狐の神様の術ですよ。結界ってゆうやつです。この霧もそうだと思います。親分、この中に入りたいんですか?」

「だからここに来たんだろ」

「ボクはやめといた方がいいと思いますけど…」

「俺だって面倒だから行きたくねーけど、命婦ばぁと約束しちまったんだ。約束は守んねーといけねえだろ。それに単純に気になるだろ?なかがどうなってんのかさ」


先ほどまで聞こえていた雅楽すら消え、耳を幕にあてても何も聞こえない。

人間である辰次にはお手上げ状態だ。


「卯ノ吉、この結界とやらのなかに入る方法知らねーのか?」

「えーとぉ、どうだったかなぁ?」


耳をピクリとさせた卯ノ吉。


「親分、なんかあっちから人間がきますよ?」


卯ノ吉が顔を向けた方向から、武士らしき人間がひとりこちらへやってきた。


「おぬし、ここで何をしている?」


武士はみるからに辰次より若かった。


「あ?テメーこそ何してんだよ?」


年下に舐められまいと条件反射のように(すご)む辰次。

鋭い辰次のにらみに相手は一瞬怯んだが、すぐにしっかりと見返してきた。


「私はこの神楽に観客としてきていた。だが、この霧が出てきて急に周りの者たち全員が深く眠ってしまい、これはただ事ではないとおもい、この中にいるはずの妻を呼び戻しにきたのだ」

「おまえの嫁さん、この中にいんの?」


そういえば観客の給仕する女たちが舞台近くにいたなと辰次は思い出す。


「オメーも嫁さん災難だったな。神様の面倒ごとに巻き込まれちまったな。でも、オメー以外の人間全員眠っちまったってどうゆうことだ?」


辰次の胸元から卯ノ吉が顔をだした。


「たぶん、この霧のせいですよ。この霧もあの狐の神様の術で、外からも内からも人間の邪魔が入らないようにしてるんだとおもいます」

「テメっ、何勝手に出てきてしゃべってんだ!」


武士がおどろいて卯ノ吉を凝視していた。


「ウサギがしゃべった…!」


辰次はあせった。

フツーの人間に神使のことをどう説明していいかわからない。


「こ、これは、そのだな…!」


なんとか誤魔化そうとする辰次だったが、すぐに無用となった。


「もしやそなたは神使か?話には聞いていたが本物を見るのは初めてだ」


武士は神使を知っていただけでなく、その存在をすんなりと受け入れた。

それだけでなく普通に話しかけている。


「出会ってすぐに不躾(ぶしつけ)かもしれないが頼む、この幕の結界を破る(すべ)を教えてくれないだろうか?」


小さなウサギへ敬意をもって小さく頭をさげた武士。


「先ほどから刀で破って入ろうと試みているのだが弾き返されてしまうのだ」

「それは人間の刀だからですよ。人間が神使の術を破るには朱刀しかありません」


辰次が舌打ちをして腰から朱鞘の長脇差(ドス)を取り出した。


「てめぇ、知ってたらな最初から言えよな」

「あッ!いっちゃった!」


どうやら卯ノ吉は中に入りたくなくて黙っていたが、必死な様子の武士に口をすべらせてしまったらしい。

辰次はさっそく刀をぬいて幕を斬ろうとした。

だが、武士に止められる。


「待て!入るならあっちの方からがよい」

「は?なんで?」

「そこに妻がいると、このお守りが教えてくれているからだ」

「お守り?」


武士の手には光を灯すお守りがあった。


「妻とそろいで買った縁結びのお守りだ。妻に近づけばこの光は強くなるようだと、神道方の人間に聞いた」


卯ノ吉がそのお守りをじっとみて鼻をひくつかせた。


「神さまのご利益(りやく)(ふだ)が入ったお守りですね」


『ご利益の札』にいい思い出がない辰次はおもわずそのお守りへ眉をひそめた。


「そのご利益の札がなんだって光ってんだよ」

「縁が繋がっているもの同士を結びつけて守っているんですよ。たぶんその光で旦那さんを奥さんの元へ導いてるんです。この霧で旦那さんが他の人間たちとちがって起きていられるのも、このお守りのおかげなんだと思います」

「俺は?」

「親分には朱刀があるじゃないですか」


狐の術から辰次は朱刀に、武士は縁結びのお守りに護られているらしい。


「お守りさまさまだな。キツネジジィが何考えてっか知らねーけど、こうなったらトコトコん邪魔してやるぜ」


お守りが強く光を放つ場所で辰次は刀を振りあげた。

が、またも武士に「待った」をかけられた。


「いい加減にしろ!今度はなんだってんだ!?」

「おぬしは何用でこの幕の中へ入りたいのだ?それに名前をまだ聞いておらぬ。なんと呼べばいい?」


辰次は全てを説明するのも、身を明かして後でまたこの武士に関わるのも面倒だとおもった。

だから、ニヤリとして簡潔に答える。


「侠客気どりの浅草の悪童さ」

「侠客…?」

「キツネのババァにウサギとの喧嘩の仲裁頼まれてんだ。ついでにオメーの嫁さんも見つけてやるよ」


朱刀がキラリと閃き、真っ白な天幕を引き裂いた。


「なんだ、これ…!いったい、どうなってるんだ……!?」


目の前に広がった光景に辰次は言葉を失った。

神楽舞台は一面(あか)く染まっていた。

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