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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
110/123

在りし日の子ウサギたち

哉朱仁(やすひと)が朱鷺に初めて会ったのは7才の頃だった。

ある日、父に存在を隠されている従姉妹(いとこ)がいると教えられた。


「生まれつき朱の眼をもち、姿は人の形をしていても異形であるらしい。さらに5つになっても言葉を話さず、ご当主も扱いにこまっているそうだ。そこで、年が近く聡明であるおまえに教育をさせてみようということになった。何よりおまえはその年で朱の眼を開眼させている、一族でも飛びぬけて優秀な子だからな」


父がほほえみながら息子の亜麻色の瞳をのぞき込んだ。


「娘と会うときは必ず朱の眼にせよ。娘の眼の力は強く、ご当主はご自分以外はおまえしか耐えられないであろうと仰せだ。よいな、ヤスヒト。一族の良き手本となり慈悲深さをみせ、その哀れな娘に色々と教えてやるのだぞ?」

「はい、父上」

「娘は本家の北にある離れにいる。部屋には鍵がかかっている。娘を部屋からけして出しては行けないぞ」


ヤスヒトは父に鍵をもらい、従姉妹に会いに行った。

最初に部屋にはいってまずびっくりしたのは、まるで待っていたかのように娘はこちらを向いて正座をしていた。娘の発光するような肌の白さもおどろかされた。さらに、戸惑ったのは彼女の目隠しだった。


「トキさんでしょうか?ぼく、ヤスヒトといいます。あなたの()()()です」

「……」

「ええと、とりあえずその目隠しをとってもらってもいいですか?ぼくも朱の眼だから大丈夫ですよ。ちゃんと顔を見て話しましょう」

「……」

「あの、()()でも()()()でもいいから、言葉を話してくれませんか?」


返事もなければ反応もない彼女にヤスヒトは困った。

それでも根気強く話しかけ続け、あきらめて帰ろうかとおもった頃に変化があった。


「どうしよう?ほんとにしゃべれないのかな?」


困り果てて首をかしげるヤスヒトにあわせるように、トキも同じ方向に首をかしげた。


「動いた……!ええっと、どういう意味ですか!?何かぼくの言葉でわからないこととかありました?」


ヤスヒトが反対に首をかしげた。

すると、彼女も同じ方向に首をかたむけた。


「あれ?これって真似をされてる……?トキさん、もしかして遊んでるんですか?」


返事もなく、目隠しのせいで表情(かお)も見えず、彼女の気持ちも推し量れない。


「これ取りますね。失礼します」


じれったくなったヤスヒトは彼女の目隠しをとった。

うさぎの目のように大きく裂けた朱色の両目があらわれた。

異形にもみえるその瞳は、ヤスヒトの目には煌めく宝石のようにうつった。


「すごい、ぼくの眼よりトキさんのはずっと濃い朱色をしてる。ほんとにウサギみたい」


娘の口がゆっくりとあいた。


「トキ」

「え、しゃべった……!?」


彼女が自分の名前を2、3回ゆっくりと繰り返した。


「もしかして、自分はウサギじゃないって言いたいのですか……?」


トキがこくんとうなずいた。

その姿が可愛らしくもおかしいようにおもえ、ヤスヒトは笑いをこぼした。


「大丈夫、ぼくもウサギですよ。でもぼくらは白兎で特別なウサギです。朱の眼の子供はぼくらだけですからね。だから、トキさんはぼくとはいっしょに勉強も遊びもできますよ」


ヤスヒトはこの一風変わった従姉妹をちゃんと姫らしくさせてあげようと考えた。


「まず字を書けるようになりましょう。それから、和歌(うた)や漢詩もよめた方がいいので詩集などの本を読みましょう」


しかしトキの教育は難航した。


「また左手で筆をもって。ダメですよ、左利きは無作法になります。それにこの字はまちがっています」


トキは()が強く、あらゆることで面倒くさがりであった。

たとえば、トキは本をひらきっぱなしで放置するクセがあった。さらに気に入った色紙もそこらかしこにばらまいていたので部屋はいつもひどく散らかっていた。


「トキさん、そろそろ片付けませんか?これじゃ寝る場所だってないでしょう?」

「ある」


トキが指差した部屋の片隅には布団がぐちゃぐちゃにまるまっていた。まるで巣のようなその寝床で彼女は体をまるめて寝ているらしい。


「やだなぁ、これじゃあホントのウサギだ」


ヤスヒトはあきれながらも笑った。

優れすぎるという理由で同年代の子供たちからけむたがれていた彼にとって、トキと過ごす時間は楽しかった。

だが困ることもおおかった。

庭に出てよいとの許可をもらい、連れ出すと毎回きまってヤスヒトはトキに振りまわされた。


「トキさん、裸足(はだし)はダメです!草履(くつ)をはいてください。あ、木に登っちゃダメです。石を投げてもダメです!」


ありあまる活力を発散するように外を駆けまわるトキ。

彼女が壁をよじ登ろうとしたときは、ヤスヒトはしがみついて泣きつくように懇願した。


「お願いします、やめてください。トキさんが外に出たらぼくが叱られます!」


こうなればトキは大人しくゆうことを聞いたがどこか不満げではあった。

ヤスヒトはなんとか彼女の関心を壁の向こうからそらそうとする。


「トキさん、みて。庭の梅の花が満開ですよ」

「うめ?」

「ぼくの一番好きな花で、いい匂いがするんですよ」


ほら、と摘みとった花をトキの鼻に近づけるヤスヒト。


「気に入りました?」


こくんとうなずくトキ。


「この花は濃い紅色だけど、桃色の花もあるんですよ。100本以上も梅の木がある神社が町にあって、とても綺麗な場所なんですよ」


話してしまってからヤスヒトは後悔した。外にたいするトキの憧れをおさえるどころか刺激してしまったのだ。おもったとおり、彼女は壁をじっと見つめていた。

屋敷の庭にでるたび、彼女の外の世界への興味は強くなっていった。


「こんこんちきちん、こんちきちん?」


夏の日、トキは壁の向こうから聞こえるお囃子(はやし)を口にしていた。


「祇園まつりのかねの音ですね」

「まつり?」

「お神輿(みこし)山鉾(やまぼこ)が町中を練り歩くお祭りです。いろんな物や食べ物をうる店がでて夜もにぎやかになるんですよ」

「いきたい」


ヤスヒトが申し訳なさそうな顔になる。


「だめ?」

「トキさんはまだこの屋敷の外から出てはいけないと、当主さまはいっております」

「どうして?」

「きっとトキさんがまだ朱の眼を制御できず、容姿を変化させる術も身につけられていないからだと思います」


落ち込んだように顔をうつむかせるトキ。

ヤスヒトはそんな彼女が不憫(ふびん)にみえ、なんとか励ましてあげようとした。


「ぼくが神祇官になったら、トキさんを外に連れていってあげます」


トキがきょとんとして小首をかしげる。


「いつ?」

「白兎は成人の儀として十三になったら同年代と試合をして、勝てば漢字の名前をもらい神祇官になれるんです。神祇官になれば一人前の大人です。そしたら自由に外にでれる。ぼくがトキさんを梅がたくさんある神社やお祭りに連れていってあげます」

「ほんと?」

「はい、約束します」


梅の木をみあげるヤスヒト。


「梅は大昔から変わらずに同じように咲き続けているから永遠の象徴なんだって、父上に教わりました。だから、梅の木の下で交わした約束は永遠に守られるそうです」


梅に誓って永遠の約束をむすぶ子ウサギたち。


「待っててくださいね、ぼくがトキさんに外の世界をみせてあげますから」


梅の誓いは梅の香りとともにただよってかすんで消えてゆくことになる。

数年後、成人の儀でふたりは互いと戦うことになる。

流血にまでおよんだ壮絶な試合ののち、名前を手にした彼と彼女はもうあの日の子ウサギたちではなくなった。

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