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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
11/123

まき

浅草寺から北東にある浅草新町(あさくさしんまち)というところに一色親分の家はある。

白い壁にかこまれた家で、小さいながらも屋根のついた門がある。

その家の壁に辰次は手をついていた。


「つ、つい、た……」


辰次はもう片方の手で脇腹をおさえながらゼーゼーと息切れをしている。


「大丈夫ですか?」

「おま……おまえ、なんで……」


息が乱れ汗も噴きでている辰次とは対照的に、めくら娘は涼しい顔をしていた。


「いっしょに、走ってきたよな?」

「はい」

「途中、休んだりしてないよな?」

「はい」

「尼さんは、山走りの修行でもあんのか?」

「わたしは尼ではありません」

「ああ、そうだったな……」


辰次は珍妙なものを見る目つきになった。

尼のような暑苦しい格好をして、余裕で走りこみするめくら娘はおかしい以外の何者でもない。


「変なの拾ってきちまったな……」

「変な拾い物?道中そのようなもの、ありましたか?」

「……おまえさぁ、話、通じないっていわれないか?」

「話が通じない……?わたしの言葉、通用していませんでしたか?江戸の人間と同じ言葉を使っているつもりだったのですが?」

「……」


やはりおかしなものを拾ってきてしまったと、辰次はやや後悔した。


「もう、いいや」


辰次はめくら娘との意思疎通をあきらめた。

家に入ろうと門へ手を伸ばすと、内側から門が開かれた。

鉄ノ進が出てきた。


「それじゃ(あね)さん、俺はここで失礼します」


鉄ノ進は、後ろにいる提灯をもった中年の婦人に軽く頭をさげた。

婦人はタレ目で優しげな顔立ちである。

彼女が一色親分の女房()()だ。

まきは慈愛に満ちた笑みを鉄ノ進へむけている。


「今夜はお疲れさま。明日でいいから、ゆっくりご飯食べにおいで。ほかの子たちにもそういっておいてね……って、あら?辰次?」


辰次をひとめすると、まきは浮かべていた笑みを一変させた。

まきは眉間にシワをよせて辰次につめよる。


「もう、あんたって子は!鉄に聞いたわよ!お侍さま相手に喧嘩したんだって!?」

「母さん……」


小柄なまきに見あげられながら叱られ、辰次は弱った顔になる。


「一人で逃げたって聞いて、どんなに心配したか!怪我はないかい?」

「あー……うん」

「そう。なら良かったわ」


ほっとした表情になったまき。

そして、彼女は辰次のうしろに誰かいるのにようやく気づく。


「ところで、そちらの方は……えぇと、尼さま?」

「え!?」


鉄ノ進がギョッとしておどろいた。


「まさか、その子、さっきいすみ屋さんにいた尼さんか!?」

「えっ!?まさか、うちの子が尼さんを喧嘩に巻き込んだの!?」


まきからさらに怒られそうになり辰次は焦る。


「違う!こいつが勝手に首突っ込んできたんだ!」

「まあ!尼さんにむかってコイツなんて」


まきは辰次をふたたび叱る。


「失礼な口を聞くんじゃないの!」

「だから違くて!コイツ、尼じゃないんだってば!」

「何いってんの。その子の格好」


まきはめくら娘を頭からつま先までながめた。


「どっからどうみても尼さんじゃない」

「確かにどっから、どうみても尼だけど!格好だけそう見えるだけで、中身はちげぇんだよ!」

「中身?」

「ただのめくらの女だよ、コイツ!」


鉄ノ進が顔をしかめた。


「ただのめくら女……?まさかおまえ、その子を買ったのか?」


この時代、売春商売をする盲目の女はいた。

その女を買ったのかと、まきと鉄ノ進から疑いの目をむけられる辰次。


「違う!」


辰次は存外にも初心(うぶ)な青年であった。

耳を赤くさせ、鉄ノ進へ必死に身の潔白を訴えはじめる。


「俺は買ったことも、買おうと思ったこともねーよ!つか、コイツは普通の女だっつうの!」

「ふーん。じゃあ普通の、めくらの女の子を口説いてきたのか」

「なんでそうなる!?」

「喧嘩してる最中、妙に話してんなとおもったら、女引っかけてたのか。あきれたというか、感心したというか」

「ちげぇっつってんだろ!コイツが親父に頼みごとあるからっていうから、話聞いて、連れてきてやっただけだ!」

「ああ、そういうこと」


鉄ノ進はニヤニヤとしていた。

どうやら彼は辰次をからかっていたようだった。


「親父なら入ってすぐいるぞ。それじゃ、俺はこれでな」


鉄ノ進はまきから提灯を受け取ると、さっさと帰っていった。


「もう、そういうことなら早く言いなさい」


まきが辰次へと小言をこぼす。


「アンタが女の子連れてくるなんて、今までなかったんだから。ろくでもないことだと思ったでしょう」

「だからって、なんでそうゆうふうに考えんだよ」

「ごめんなさいねえ、うちの子が」


まきはすでに辰次を聞いていなかった。

彼女はめくら娘の手をとって、門のなかへと導いている。


「ウチの子、失礼なことたくさん言わなかった?ごめんなさい、あの子は口が悪くてねぇ。でも、根は優しくていい子なのよ?だから気にしないであげてね」

「はい、わかりました」


辰次は聞いていて恥ずかしかった。

せっかく家に帰ってきたというのに、なかへ入りたくなくなっている。


「ほら辰次。何してるの?さっさと中に入って、門を閉めなさい」


まきにうながされ、辰次は渋々とした様子で家の内側へ入って門を閉めた。

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