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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
105/123

使命

和宮による神楽の儀式には、いくつか難点があると資太郎が指摘した。


「宮様が神楽奉納をご希望されてる神社ですけど、そこには神楽舞台がないんですよねー」

「なら、作ればいいのではありませんか?」

「えーと…朱鷺さまは神楽舞台がどうやって作られるかご存じですか?」

「木を切り出して組み立てるのではないのですか?」

「うそぉ、これ本気で知らないかんじ?」


困惑気味に眉をややさげる資太郎。


「神祇官なのに教えられてないんですか?」

「…木は、ふつうの木ではだめだったような気がします」

「イヤイヤ普通の木じゃダメってゆうか、ちゃんと儀式のなかで選ばれた神聖な木を使うんですよ。そこから土開きの儀式をやって宮大工たちが舞台を作り始めるんです」

「時間のかかりそうな儀式をかさねるのですね」

「そうですよ、けっこう時間かかるんですよ?なのに、和宮さまの神楽奉納までひと月きってます。こんな急な仕事を引き受けてくれる宮大工がいるかどうか……」

「それではまず引き受けてくれる宮大工探しですね」

「いえ、そのまえにお金です」

「資金なら幕府が用意してくれると、老中の脇坂さまが」

「それでも宮大工を雇って新しい神楽舞台を作るほどの予算はもらってません」


言いづらそうに捨馬が口をはさむ。


「幕府としてはこれ以上、和宮さまにお金はかけたくないとのことでしょう。大殿よりも与えられた予算内でどうにかするよういわれております」

「ここまで幕府はずいぶん金かけて和宮様との縁談まとめましたからね。正直いって和宮様の神楽儀式なんかどうでもいいってゆうか、やって欲しくないんですよ、幕府(おかみ)は。すいませんね、朱鷺さま。僕、幕臣なんで上には逆らえないんすよ」


徳川将軍家に従うことを使命とする白川家。

それでも同族のよしみで協力的な姿勢をみせてきた。


「とりあえず宮大工の方は僕で探してみます。あとは、和宮さまの神楽に先立って()めの舞をやる人間ですね。これ、朱鷺さまがやるってことでいいんですよね?」

「え?」

「あれ?ちがいました?白兎の神祇官はみんな神楽をできるって聞いてたんですけど?」


朱鷺は小首をかしげて記憶をさぐってみるが舞を教わった記憶などない。


「ちなみに白川家はできないんで、必要なときはできる人間を雇ってます」


なら今回もそれでいこうと朱鷺はおもったのだが、主人に却下された。


「ダメです。わたしの神楽の初め舞は、かならず白兎の神祇官でなければいけません」

「どうしてもですか?」

「ただの人間が舞をしたところで神様が興味もってみてくれるわけないやろ?神の使いがするから意味あるんや。そなた、舞くらいできひんの?」

「やったことないです」

「そんなんでよく神祇官になれたなぁ」


なかばあきれたようすの和宮。

部屋にはふたりきりであるため、和宮は人の耳を気にせず話している。


「朱鷺が神楽できひんかったら困りますえ。わたしは江戸で神楽をするためにここまで来たのですよ?江戸で神楽の儀式をできなければ、将軍と結婚することに意味はあらへん」


この縁談に隠された帝の真の狙い、そして使命を和宮は朱鷺と確認する。


「300年前に徳川の味方となってしまった江戸の神さまたち。その神さまたちをまたこちらの味方にするには私の神楽しかないのです。神楽で神さまたちに気に入られ、(あにうえ)に協力していただけるよう対話をする」

「そしてわたしは、その神楽の儀式を補佐するための神祇官…ですね」

「神楽の舞ひとつできひん神祇官やけどね」


ちくりと嫌味をさす和宮に言葉もない朱鷺。


「でもええです。うさぎは他にもいますから。兄上にたのんで舞ができる子をよこしてもらいます」

「白兎の神祇官を江戸へさらに呼ぶのですか?」

「それしかあらへんやろ。でも間に合うか不安やわ。京から江戸に来るまで、私たちは中山道を使って25日くらいかかったでしょう?」

「宮さまの花嫁行列は大所帯でしたのでそれほどかかりましたが…通常の人の足なら半分の日にちでいけるはずです。さらに白兎ならばそれ以下。以前わたしは3日ほどで京から江戸へきました」

「まぁ、そないに早くこれるなら安心ですね。さすが白兎のうさぎやわ」


さて、問題はどのうさぎがくるのか。

それが朱鷺の気にするところだった。


京と江戸を結ぶ中山道の京側の入り口に美しい青年がたたずんでいる。

旅人たちがおもわずふりかえってみるほど容姿端麗な彼は、うしろから遅れてやってくるこれまた美形の男をふりかえりみた。


「新しい髪型、ぞんがいお似合いですよ、蘇芳兄さん」


そう哉朱仁(やすひと)に褒められても、蘇芳は嬉しい顔をするどころか不服そうな表情だった。


「頭が軽いのはいいが、着る物がこれではな」


蘇芳は公家まげをバッサリと切り落として短髪となっていた。服装も浪人のように簡素な小袖を着ている。


「こんなみすぼらしい着物(もの)まできる必要あるのか?」

「江戸は町人の町らしいので、これくらい地味じゃないと逆にうきますよ」


小さく舌打ちをする蘇芳。


「ここまでしたんだ。江戸見物くらいはできるんだろうな?」

「この中山道を僕らがどれだけ早く進めるかによりますね」

「江戸まで(なん)()だ?」

「135里(約535km)ほどです」

「なら、夜も走り通しでいけば4日目の陽が沈むまえには着けるだろ」

「そうですか?4日目の朝日がのぼるまえくらいまでには着けそうですけど?」


互いの顔をみあわせるふたり。


「ひさびさに勝負するか?」

「いいですよ。では、負けた方がその日のご飯をおごるということで」

「のった」


うさぎ二匹が京から江戸へと駆けだした。

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