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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
103/123

常識外の姫君

和宮がついに大奥へ入った。

周囲はひと安心したが、問題はなくなったわけではない。

逆に増えたといってよかった。

和宮ふくめた京側の女たちが大奥側の女たちと衝突し始めたのだ。


「和宮様のお国言葉を早く武家風の言葉になおすよう、ご指導くださいませ」


そんな滝山の小言を女官のひとりが持ち帰ってきて、部屋中の女官たちが憤りをみせた。とくに和宮の実母、観行院はおかんむりとなった。


「上方の京ことばを田舎いなかことばあつかいとは、さすが武家の下女の成りあがりや。武家ことばこそ、品のない下賤の田舎ことばいうんのを知らんへんのやろうか?」


西と東、公家と武家のちがいに譲歩をすることをしない両者。対立は深まる一方だった。

しかし、この状況に疲れてくる者も出てきていた。

女官の桃乃もそのひとりで、朱鷺へひっそりと愚痴をこぼしていた。


「私としては大奥の方たちとも普通にうまくやりたいとおもっているんです。なのに、観行院さまたちがあんな態度でいらっしゃるから…気軽に大奥の方に話しかけて仲良くするなんてことができませんよ」

「なぜですか?」

「裏切りだっておもわれて、女官たちから仲間外れにされちゃいます。こうゆうのって自然と派閥が出来あがってて、そこから外れたらお仕事だってできなくなっちゃうんですよ」

「人の世は色々と面倒なんですね」


朱鷺はのんきにお茶をすすっている。

盲目という設定にしているおかげで、和宮の話し相手という以外に大奥ですることはなく、女たちの派閥争いからも一歩引いていた。

だが、桃乃は朱鷺に注意する。


「朱鷺さんも大奥の女たちと話すときは十分に気をつけてください。どんなふうに思われて人に伝わるのかなんて、ほんとわかりませんから」

「はあ」


生返事をする朱鷺は桃乃の忠告をやはり理解していなかった。

だから、和宮の元へ将軍家茂の生母が訪ねてきたときにやらかしを起こした。


「お初にお目にかかります、宮様。実成院(じっせいいん)でございます」


実成院は派手に着飾ったおしゃべりな女だった。


「このたびのご縁談、それはもう大変ありがたい光栄なことと存じまして。実を申しますと、私の実家は高家(こうけ)でしてね。公家との繋がりも深いのですよ。となると、もうこれはなるべくしてなったご縁としかおもえませんよねぇ?」


ベラベラと勝手にしゃべるおばさんに和宮はちょっと眉をひそめる。


「高家ってなんですの、それ?」

「あら、ご存知ありませんでしたか?これは失礼しました、公家世界でお育ちあそばされた宮様は武家にはさほど明るくございませんものね」


ちょっと小馬鹿にされているように感じたのか和宮はむっとした。


「別に知る必要はありませんから、教えてくれへんでええですよ」

「いえいえ、これからは宮様も武家の一員になられるのですから知っておかねばなりません。僭越(せんえつ)ながら、(しゅうとめ)として私が色々とご指南をさせていただきます。高家についておいおい話すとして、まずは将軍の嫁として必要なことを本日はしていただきます」

「将軍の嫁として必要なこと?」

「はい。聞けば、宮様はまだおさじによるお調べがすんでいないとのこと」


これへ、と実成院が部屋の中へ引き入れた人間をみて和宮は目をみはった。


「坊主…!?どういうことです?上さん以外の男はこの大奥に入れへんはずですやろ?」

「ご安心ください、この者は医者です。医者を大奥ではおさじと呼び、特別出入りを許しているのです」

「医者?私は別に病気やあらへんし、体調も(わる)うないですえ」

「それは喜ばしきこと。ですが、将軍家の正室はお世継ぎを産める体であることを最初に確かめなければなりません。つまり(なら)わしでございます。医者(おさじ)に宮様が子を成せる体であるかどうか、調べさせます」


医者に裸体をさらして触れさせる。

この事実だけで深層の姫君は気絶しそうになったのは当然だった。

そして、その母も取り乱したように立ち上がった。


「無礼者っ!坊主に大切な宮さんのお体を見せるなんて、おぞましいもええとこです!」

「まぁまぁ観行院様、落ち着かれませ。お調べでは大奥の女たちもお手伝いいたしますゆえ、なんの心配もございません」


実成院が引き連れてきた女たちが強制的に観行院や女官たちを追い出す。

医者(おさじ)の坊主が和宮に近づいてくる。


「いやや、そんな!お(たあ)さん!」


母やお付きの女たちは全員部屋の外。坊主に姑、その取り巻きの女たちが迫ってきている。

しかし、和宮にはたったひとり味方がすぐ後ろにいた。

置物のように放置されていた彼女に和宮は助けを求めた。


「朱鷺!あの坊主を私に近寄らせんといて!」

「承知しました、宮さま」


急に目の前に立ちはだかった盲目(めくら)娘に坊主は面食らった。

だがそこは医者である。


「目の見えぬ娘にあまり無体はいたしたくありません。失礼いたします」


丁寧に断りをいれて彼女を押し退けようとした。

が、逆に腕をつかまれた。


「宮様はあなた様に近づいて欲しくないそうです。失礼いたします」


今度はめくら娘が丁寧に断りをいれ、小石でもなげるようにヒョイと坊主を投げ飛ばした。

部屋の外へと吹っ飛ばされた坊主に女たちはあ然とする。


「あ、すいません。ちょっと加減をまちがえました」


女たちには朱鷺がしたことが信じられなかった。

無力で無害のはずのめくら娘が成人男性を吹き飛ばした。それは常識を超えた力が働いている、と彼女たちはおもったらしい。


「まさかこれがウワサに聞く陰陽術というものか…!?」


そう話し始めたのは実成院だった。


「京には代々陰陽術を操る公家がいると聞く。めくら娘、もしやそなたはその一族か!?」

「はい?」

「たしか土御門(つちみかど)家といって、呪術をあやつり、呪いで人を殺すことまでできるとか……!」

「いえ、ちがいます。わが家は祈祷はしますが呪術などはしません。そもそも呪いなど不確かな方法などとりません。()るなら確実に()れる方法をとります」

「なんと!そなた呪詛を身につけておるのか!?」


小さな悲鳴をあげる実成院と女たち。

彼女たちの反応が理解できず首をかしげる朱鷺。


「いえ、ですから呪術とかそんなものは我が家にはありませんし、それに土御門という名でもー」


ない、といいかけた朱鷺の言葉は和宮の声に消される。


「そうですえ!朱鷺の家は神の使いと恐れられる家や!朱鷺がおるかぎり、だれも指一本とも私には触れることはできひん」


勝ち誇ったような表情をする和宮。


「今後、私に悪さをしようというものならこの朱鷺が必ず天罰をくだします。よーく覚えておきなさい!」


この騒ぎはまたたく間に大奥中へ広まった。

和宮が京からつれてきた公家の姫君は呪詛をあやつれて、坊主がひとり犠牲になったと。それをうけて女たちのなかである不文律ができた。

めくら娘には手を出すな、しからば呪われる。

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