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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1862年 壬戌 如月
102/123

夜遊び

白兎一族は三つの家にわかれている。

宗家の吉田、そして分家の藤波(ふじなみ)白川(しらかわ)である。

この三つの家から帝の神祇官は選ばれる。なかでも『神祇伯(じんぎはく)』は頂点の位であり、一族の長であるとともに様々な実権と利益を得られた。

藤波家の蘇芳(すおう)は神祇伯の座を狙っている。

だが、それには吉田家の哉朱仁(やすひと)が邪魔であった。

哉朱仁(やすひと)は同世代のなかで実力が頭ひとつ飛び出ている。彼を蹴落とす方法はないかと、蘇芳はずっと考えていた。

そして蘇芳はそのきっかけをつかんだ。


「最近、屋敷をぬけて毎晩コソコソとどこかへ通っているようだな」


蘇芳は神祇官の仕事が終わり、御所から退出しようとした哉朱仁(やすひと)を呼びとめた。


(けが)れをさけるべき神祇官が、穢れが濃くなる深夜の丑三つ時に外出するとは由々しき事態だ。理由(ワケ)によっては神祇官の資質を問われるぞ、おまえ」


ニヤリと意地の悪い笑みをうかべた蘇芳。


「ご当主さまに報告するまえに、まずは言い訳を聞かせてもらおうか?」

「夜遊びです」

「は…?」


美麗な容姿にまぶしい笑みをうかべる哉朱仁(やすひと)


「ただ神使を追いかけ回すのにも飽きましたからね。(みやこ)の夜はおもしろい遊びがたくさんあってつい夜更かししてしまいますね」

「からかっているのか、俺を」

「いいえ。よろしければ、今夜一緒についてきますか?案内しますよ、僕がいつも通っている場所へ」


蘇芳は迷ったが、結局はついて行くことにした。

陽が落ちた。京の町が宵闇につつまれる。

提灯もぶらさげず、哉朱仁と蘇芳は暗いなかを歩いてゆく。


「兄さん、見えますか?やっぱり灯りを持ってきた方がよかったんじゃないですか?」

「なめるな。俺とてこれぐらい見える眼はもっている」

「そうですね、兄さんは一族では僕の次によく見える眼をもってますからね。透視は無理でも、これぐらいの闇夜は平気ですよね」

「いちいち癪に触ることをいうな。ところで、どこまで行くつもりだ?」

「御所の西側です」

「御所の西?あそこらへんは公家の屋敷ばかりで盛り場のような店はないだろ」


この数百年で食うにも困るほど貧しくなった公家。

そんな貧乏な公家たちの屋敷街に人や店は寄りつかず、どの家も荒れ果てている。


「こうゆう所こそ、おもしろい遊びがあるんですよ」


そういって屋敷のひとつに足を踏み入れた哉朱仁。


「待て、そこは俺たちが気軽に入っていい場所じゃないぞ」


屋敷の軒にさがる高張提灯に入っている菊の家紋に蘇芳はおそれいる。


「あの御紋は師宮(そちのみや)様のもの。俺たち白兎にとって、帝の次に逆らってはいけないお方だ」

「わかっていますよ。だから、ここへ来たのではないですか」

「まさか、宮様が呼んだのか?ご当主さまではなく、おまえをどうして宮様が?」

「まぁそれはなかに入ればわかりますよ」


だが、屋敷内へ入った蘇芳はますます困惑した。


「なんだこれは…!?」


屋敷内では藁ござの上でガラの悪い男たちが、賽子(サイコロ)を回しては金を賭けて遊んでいた。


「公家の屋敷は幕府の目が届かない安全な場所ですからね。こうゆう賭場を開くのにうってつけなんですよ」

「だからって、ここは宮様のお屋敷だぞ?下級の貧乏公家が場所代欲しさに自宅で賭場を開くのとワケがちがう。帝の一族がこんな風紀も規律も無視したこと、他に知られたら帝のご権威に関わる。幕府にだって知られたらマズイぞ」

「だから、僕がここに呼ばれてるんですよ」


哉朱仁の両眼が朱色に変わる。

その眼で哉朱仁は暗示を賭場の人間たちへかける。


「みなさん、今夜もこの場所のことは遊び終われば忘れてください。師宮(そちのみや)様のことも、僕のことも何も知らない。蘇芳兄さんのことは…これからの返事しだい、といたしましょう」


哉朱仁の朱い眼に射抜かれるようにみられ、蘇芳は背筋が凍る感覚をおぼえた。


「ここで集めた金は、師宮様がしようとしている大きな()()()()()への準備資金です」

(まつりごと)、だと?」

「師宮様は、帝が和宮さまを人質のように将軍へ嫁がせることにたいへんお怒りです。帝とはちがう新しいやり方で、武士たちからこの国の実権を取り戻すと、宮様はおっしゃっています」


政変か、と喉元にまであがった単語を蘇芳は飲みこんだ。

彼は代わりに一族の掟を口にする。


「…政治(まつりごと)に関わるべからず。とくに瞳術を使えるお前は、そうよく言い聞かせられているのではないのか?それに任務以外で朱の眼を人間と同族へ使用することも」

「掟破りだと、僕を非難しますか?昔に僕をさんざんいじめてきた兄さんが、道理を守れと?」


言葉につまる蘇芳。


「ああ、勘違いしないでください。別に僕は恨んだりしてませんよ?人は自分とあまりにもちがう者へ恐れをいだき拒絶する。これが世の中の現実であるのだと今は理解していますから」


貼りつけたような笑みをうかべる哉朱仁。


「つまり僕が言いたいのはですね、掟や道理なんて人の作ったクソであるということです」

「は…?」

「クソに縛られ白兎という名の檻に入れられ飼い慣らされたウサギ。それが僕らです。いい加減そんなの阿呆(アホ)らしくおもいませんか?伝統とかしきたりも、ただのカビの生えた古臭い習慣だ。時代遅れは腐った老人どもだけにして、僕ら若いのは時代にあったことをしていかないと」

「…だれだ、おまえ?」


なかば呆然と口を開く蘇芳。


「俺の知っている哉朱仁は、クソだとか下品な言葉は使わないし、大人たちを悪くいうようなこともしない。ましてや、何かに逆らおうなどとしない優等生だったはずだ」

「そんな従順で世間しらすな子供でいたら、この世では生き残っていけませんよ」


哉朱仁は嘲笑するように鼻で笑った。

彼はニヤリとした仄暗い笑みをうかべている。


「この浮世では悪童(ワルガキ)の方が得する。それこそ命を賭けたバカらしい遊びができるくらいの子供じゃないと、ね?」


しばし考えるそぶりをする蘇芳。


「……選べ、ということか。大きな賭けに出て利を得るか、現状に甘んじたままの時代遅れでいるか。だが、ひとつ教えろ。宮様に命を賭けて、俺は何を得することができる?」

「神祇伯の座」


目をみはる蘇芳。


「おまえ、俺にそれを譲るというのか…!?」

「譲るもなにも、僕はそれを欲しいとおもったことありませんから」

「ならおまえは何が欲しくてこんなことしている?ついこのあいだは帝の江戸攻略に従うよう白兎の老人どもを説いていた。それがいまは帝に敵対するような師宮さまの計画へ協力をしている。何がしたいんだ、おまえ?」


哉朱仁の視線が東の方をチラリとむいた。


「彼女のように檻を壊して、自由気ままに行きたいところへいって好きに遊ぶ。僕が望むのはそれだけです」

「彼女?」


その問いには笑みでにごし、哉朱仁はあらためて蘇芳にたずねた。


「この命を賭けた博奕遊び。僕といっしょに参加しますか?」

「……いいだろう。おまえが一緒だというなら怖いものなしだ。とことん付き合ってやる」


蘇芳は哉朱仁の悪巧(わるだく)みに一枚かむことにした。

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