贈り物その1
◇ ◇ ◇
「おい、シリル」
午前中の訓練を終えてまもなく昼休憩に入ろうという頃、私は背後から聞き慣れた声に呼びかけられた。と同時に向けられた殺気に、咄嗟に腰に提げていた剣を鞘のまま構えて振り返る。
振り下ろされた剣を受け止めると、がきん、と重い金属がぶつかる音がする。
手から腕へと痺れが駆け上っていく。
「……何をする、クロード」
聖騎士団の訓練場で奇襲を仕掛けてきたのは、クロード・ラブレーだ。ラブレー子爵家の嫡男であり、昨夜求婚したクラリス嬢の兄である。私とは聖騎士団で同期の仲だ。
ラブレー子爵家は精霊に愛されているというが、クロードは確かに精霊との相性がとても良かった。
私もそうだが、クロードの周囲にはいつも精霊が飛んでいる。普通は魔法を使いたいと願ったときに現れて、力を貸してしまえばすぐに消えるのが精霊というものだ。
普段から側にいるというのは、それだけその者の側が居心地が良いからである。
「お前な……あんな場所で妹を口説くなんて、何考えてんだよ!?」
重ねていた剣をおもむろに下ろして、クロードはそれを腰に戻した。それを最後まで見届けてから、私もまた剣を腰に提げる。
「あの場にクラリス嬢を長く置いておけるわけがないだろう。……それに、またクロードに邪魔されるかもしれない」
「しねえよ! 焚きつけるタイミング間違えたか」
クロードは綺麗な金色の髪を適当にがしがしと掻く。
昨日、クロードは私にクラリス嬢が婚約破棄されたことを教えてくれたのだ。
以前から好意を抱いていたクラリス嬢が理不尽な理由で婚約破棄をされたと聞いた私は激怒した。しかしクロードはそのすぐ後に、だからクラリス嬢が望めば私が相手でも構わないと言ったのだ。
これはこれまでにない進歩だ。
手紙の取り次ぎどころか、見かけたときの挨拶すら妨害されていた私にとっては二度と無い機会だと思った。
そのすぐ後に精霊のいたずらに遭ってしまったのは、精霊も私と共にクロードの話を聞いていたからだろう。
「ありがとう。クラリス嬢は必ず私が幸せにする」
「だから、それが不安だって言ってるんだよ……」
私はクロードの声を背中で聞きながら、足取り軽く王城のすぐ側にあるヴァイカート公爵邸へと向かった。目的地は、邸の裏庭にある花壇だ。
ちょうどこれから休憩だ。使用人に贈り物でも届けさせよう。
「──クラリス嬢は、どんな花が好きだろうか」
時間はあまりなかった。
私は庭師に頼んで、華やかな季節の花を集めてもらう。それを束にして、柔らかな水色の包装紙で包んだ。そして青いリボンで先を綺麗に結ぶ。
当初の予定より二回りほどは大きな花束になってしまったが、まあ良いだろう。
大切なのは、本気であると伝えることだ。
そしてできれば、これまで婚約者から女性として扱われてこなかったせいで低くなってしまったクラリス嬢の自尊心を、私の行動で取り戻させることができたなら。
私はカードに月並みになってしまう愛の言葉を書いて、花束と共に使用人に預けた。
◇ ◇ ◇
「お嬢様、ヴァイカート公爵家のシリル様から贈り物が届いています」
私はソフィにそう言われて、お父様との会話を打ち切った。
朝からずっとサロンでお父様の嘆きと驚きを聞かされ続けていたのだ。答えが出ないまま堂々巡りを繰り返していたから、正直話題が変わるのならば何でも良かった。
しかし勢い良く顔を上げた先で、ソフィの顔が埋もれるほどの大きさの立派すぎるくらい立派な花束が目に止まって息を呑んだ。
「な──……!」
向かいに座っているお父様ががたりと音を立てて席を立った。ソフィの側に歩み寄って、花束に添えられたカードを手に取る。
私が何か言うよりも早くそれを開いて文面を読んだお父様は、頬を染め、感情の行き場がないというように両手で頭を掻いた。
「これをヴァイカート家の子息が?」
「はい、旦那様」
「そうかあ……」
がくりとうなだれたお父様が溜息を吐く。
私はそれに重ねるように息を吐いた。
「お父様。いくら気になるとはいえ、私宛のものを先に読むのはどうかと思います」
「ああ、すまなかった。でもクラリス……これ本気だよ? どうするの」
「どうするって言われても……」
私はようやくソフィから花束とカードを受け取った。座ったまま持つと顔が花で覆われて、一瞬で爽やかで甘い香りに包まれる。
とはいえ、明らかに重い。重すぎる。
花とはまとまるとこんなにも重いのか。
私はとりあえず花束をテーブルの上に置いて、カードに目を通すことにした。
──愛しいクラリス嬢へ
昨夜は驚かせてすまなかった。
でも、気持ちは本当だ。
私は君のことが好きで、一緒にいたいと思っている。
どうか前向きに、私との婚約と交際を考えてほしい。
シリル・ヴァイカート
追伸 君の好きな花が分からなかった。
返事の手紙で教えてほしい。
私は几帳面にも見える美しい文字を読んだ後で、改めて花束に目を向けた。
きっと花壇から花を選んだのだろう。様々な色と大きさの花が、まるでこの花束こそが花壇であるかのように束ねられている。
これが私の好きな花を知らないが故の苦肉の策だとしたら。
向き合わないわけにはいかなかった。
「……花を貰うって、嬉しいことなのね」
ぽろりと溢れた本音に、お父様がまた頭を抱えた。