突然の告白
まばゆいほどのシャンデリアの明かりが、会場をまるで昼間のような明るさで満たしている。
同時に、遠くからちらちらとこちらを窺う視線も刺さってきた。まだ一部ではあるようだが、やはり婚約破棄のことは伝わっているのだろう。
それでも、家族に心配をかけたくない。舐められるのも嫌だ。
だから、せめて普段通りに振る舞いたい。
やがて、国王陛下が前に出てきて、大広間はしんと静まりかえる。挨拶の後に配られた乾杯のグラスを掲げれば、夜会開始の合図だ。
「──私達はあちらで話してきても大丈夫かい?」
お父様が申し訳なさそうに言う。
「あっ、私もお友達を見つけましたわ。……お姉様は?」
「大丈夫。私もお友達のところへ行くから」
私の友人も、きっとそろそろ集まっている頃だろう。皆のところへ合流して、もし誰かに誘われたら適当にダンスでも踊ることにしよう。
噂が気になるなら先に帰っていいよと言ってくれたお父様に礼を言って、私はあえて視線を気にしないようにと気をとり直し、一歩を踏み出した。
その進路が、突然綺麗な白に遮られる。
金の飾りが華やかなこれは聖騎士の盛装だ。
嫌な予感がした私は、おそるおそる顔を上げた。
「──クラリス嬢、こんばんは」
「ひぇ……」
そこにいたのは昨夜ぶりのシリル様だった。
夜着も色っぽかったが、こうして騎士服姿を見ると余計に眩しい。お兄様が着ているのを見たことは何度もあるが、シリル様のために作られたのではないかというほど似合っている。
しかし目が怖い。
綺麗な群青は憧れていたものに違いないのに、眼鏡越しにこうして見下ろされるとどうしようもなく怖い。
しかも夜会が始まって早々に私に話しかけにやってきたシリル様は目立っていて、さっきまでよりもずっと見られている。
こんな注目を浴びたくなかったから、あの場だけのことにしたかったのに。
遠くの方で、今日の警備を担当していたらしいお兄様が険しい顔をしているのを見つけて、余計に背筋が冷えた。
私はシリル様の視線の圧力に耐えられず、夜会に相応しい淑女の礼をする。
「こんばんは、シリル様」
それから、あえて周囲にも聞こえるように大きな声で話し始めた。
「兄でしたら、今日はお仕事ですわ。おそらくあちらに──……ああ、いました。何かご用があるようでしたら、直接お話しくださいませ」
こう言えば、聖騎士であるお兄様に用があると周囲は思ってくれるだろう。シリル様と私の繋がりもそれが理由だと思ってくれるに違いない。
どうかシリル様も、私の意を汲んで離れてくれたら良いのに。
「いや。今日用事があるのは君だよ、クラリス嬢」
しかしシリル様は私の思惑などお見通しだというように、より大きな声を出した。低くて甘い声はよく響いて耳に心地良いが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「そんな筈がございませ──」
「クラリス嬢」
シリル様が私の言葉を切って、私の右手を取った。
腰を落として片膝をついたそれは、騎士の礼だ。夜会でダンスに誘うときのものではない。仕えるものに敬意を示すときのものでもない。
「ひ、ひぇ」
怯えるような声が出た私を窘めるように手のひらに落とされた口付けには──確かに、懇願の意味が込められている。
「ずっと貴女が好きだった。どうか私の求婚を受けてくれ」
「う、嘘です。シリル様は、責に──」
「違う。それよりも前からずっと見ていた。貴女には形だけだが婚約者がいた上、あのクロードに邪魔されて、手紙も届かなかったが」
シリル様が『形だけの』という言葉を強く言ったのは、わざと周囲に聞かせるためだろう。婚約破棄されたことを認めた上で、私の立場を守ろうとしてくれているのだ。
シリル様がちらりと視線を向けたのは、お兄様が立っている方向だった。
「そんなの、信じられるわけありません」
「でも本当だ。昨夜のあれは、精霊が私の背中を押すためにしたことだ」
それでは、私とシリル様があの部屋に閉じ込められたのは、シリル様が私を好きだったからで。
つまりシリル様は、私のことが好きだったから、あんなに顔を赤くしていたということに──
「そんなことがあるのですか!?」
「ある」
閉じ込められて顔を真っ赤にして、キス一つで取り乱す純情な騎士だと思ったが、どうやらそのうちのいくつかは私の勘違いだったらしい。
混乱が混乱を呼んで頭の中が真っ白だ。
人生でこんなに注目されたことなんてない。
もしかしたらシリル様は目立って求婚することで、私から断れなくしているのかもしれないとも思った。
だとしたら、とんだ策士だ。
「それで、クラリス嬢。返事を貰いたい……とはいっても、この状況では酷だろうから。──とりあえず一曲、踊ってくれないか」
ようやく姿勢を戻したシリル様は、今度は軽く腰を折って、改めて私に手を差し出してきた。
しばらくその手を見つめていたが、やはり逃げられる気がしなくて、私はその手に自分の手を重ねる。
今はとにかく、このままの状態でいるのはよろしくないだろう。
「──……はい」
私はシリル様に導かれるままに、会場の中心でダンスをしている人達の輪に混じって、身体を揺らした。くるりと回って引き寄せられる度、昨夜見てしまった胸板が思い出されて頬が染まる。
「その反応、勝機はあると思って良いのか」
「う……」
「偶然かもしれないが、そのドレス……私のためのようだ」
シリル様が微笑んで、私の腰を軽く引く。
緊張してもつれてしまいそうになった足を誤魔化すように軽く抱き上げられ、小さな失敗は華やかなダンスに変わった。
「急かしてごめん。でも、これでもうクロードには邪魔させない」
「またそんなことを」
「見た方が早いか。ほら」
シリル様の視線を追っ見ると、お兄様は威嚇するような表情でこちらを見ていた。そんな顔を見ると、シリル様が邪魔をされていたというのも本当かもしれないと思わされる。
「兄は……過保護ですから」
思わず苦笑すると、シリル様はふわりと柔らかく微笑んだ。
その頬が染まっているのは、恋心故だろうか。
今は私も赤い顔をしているに違いないから、シリル様のことは言えない。
「これからは遠慮しないから、覚悟していて」
「は、はい……?」
曖昧に返事をすることしかできなかった私は、シリル様と続けて二曲踊った後、ほぼ強制的に馬車に乗せられてしまった。
寝不足ならば無理をしない方が良いという優しい言葉に甘えて、家族よりも一足早く邸に帰った私は、入浴と着替えを終えてすぐに寝台に入る。
そして一昨日以上に困惑した声のお父様に起こされるまで、夢も見ないで熟睡することになったのだった。