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勘違いでうっかり

「ひ、ひぇ……」


 私は慌てて距離を取ろうとした。

 しかしシリル様は私の右腕を左手で掴んで、くるりと身体の上下を入れ替える。寝台の上、真上から見下ろされるかたちで逞しい腕の中に閉じ込められた私は、意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。


「何者だ」


 シリル様の自由な右腕が枕元に伸びる。

 その動きがあまりに迷いなく行われていて、私は目が離せない。そこにはきっと短剣が忍ばせてあるのだろう。

 しかしシリル様の右手はそこにある筈のものを握ることはなく、何もない空間を掠めただけだった。そして剣を遠ざけられていたと誤解したのか、代わりに右手で私の左手首を掴む。

 両手首を寝台に縫い付けられ、全く抵抗できない。


「私に何をしようとしていた? ここは何処だ」


「あ、あの」


「抵抗しようなどと考えても無駄だ。君に勝ち目は無い」


「ひぇっ」


 どうして私は、よく分からない場所で、妙に顔が良い(顔以外も極上の)憧れの聖騎士に、寝台に押し倒されているのだろう。

 整った顔で厳しい目つきをされると怖い。普通の人のそれよりも余計に怖い。お兄様もそうだが、本職の騎士というのは目だけで人を殺せるのではないか。

 夜会で遠くから見たときには優しげに微笑んでいて、人当たり良く穏やかな人だと思っていた。お兄様に会いに行った聖騎士団の訓練場では、真面目に訓練に取り組む姿が印象的だった。

 優しい人だと思っていたが、気のせいだったのかもしれない。


「黙っているつもりか? ……剣など無くとも、拷問程度容易いが」


 待て待て待て。

 もしかして私、犯罪者か他国の諜報員だとでも思われてない!?


「ま、待って。違うんです」


「何が違う」


「そ、それは──」


 言えない。

 貴方にキスしようとしていましたなんて、それだけで充分痴女だ。

 私は言葉にできない分まで伝われと強い思いを込めて、首を動かした。


「あれ、あれです。これきっと、精霊のいたずらなんです~!!」


 ようやく説明することができた私は、それだけで全身の力が抜けてしまった。こんな事態が降りかかってくるなんて、全く想定していない。

 私の視線を追った先にある看板を見たシリル様は、そこにある何故か微妙に光っている文字を読んで事態を把握した瞬間、もう一度、今度はこれまで以上に至近距離で私の顔を確認して、真っ赤な顔で飛び退って寝台から落ちていった。





 そしてそれからどれだけの時間が経ったのか。

 私は今、あまりに美しく整った謝罪の礼を見せつけられている。


「──勘違いをしてすまなかった」


 もう何度目になるかも分からない謝罪を聞いて、私はまた同じ言葉を繰り返す。


「頭を上げてください。黙ってしようとした私も悪いのですから」


「だが……」



 それでも食い下がってくるシリル様に、私は思いきり首を振る。


「あーもう、このままじゃ何も進みません! さっさと戻らないと、シリル様だって困るんじゃないですか!?」


 私はついに声を荒げた。

 いつまでも進まない話に焦れたのもあるが、何より時間が経って朝になって、行方不明扱いをされたときが恐ろしかった。

 家族には愛されている。だからこそ、何か異変があれば騒ぎになってしまうだろう。

 明日の王宮の夜会には、両親と妹と共に出席する予定なのだ。


「……これが精霊のいたずらならば、外の時間は進んでいないから大丈夫だ。安心して良い」


「そうですか。それなら安心……じゃなくて! それが本当でも、いいかげん謝るのは止めてください」


「君がそう言うなら」


「ありがとうございます」


 ようやく姿勢を戻したシリル様に、私はほっと胸をなで下ろした。正直、夜着で寝台に腰掛けている私の前で頭を垂れる騎士という図は心臓に悪い。

 しかもシリル様も夜着。胸元が緩く開いていて、逞しい胸板が見えるのだ。

 どうしようもなく目の毒だ。

 私は水差しの水を二つのグラスに注いで、一つをシリル様に手渡した。まず喉を潤して、仕切り直したい。

 勢い良く水を飲んだシリル様は、グラスをサイドテーブルに戻して、私から少し距離を取って寝台に腰を下ろした。

 それから今更と思いつつも互いに自己紹介をすることになった。


「私はシリル・ヴァイカート。ヴァイカート公爵家の次男だ。聖騎士をしている。ここではシリルと呼んでくれ。──この事態は、私が引き起こしてしまったものだろう。巻き込んですまない」


 自己紹介の最後の言葉に、私は首を傾げた。


「シリル様が引き起こしたとは、どういうことですか?」


「精霊は相性が良い者に力を与える。同時に、その者の意思に反して『いたずら』をすることも多い。君は聖女ではないから、これは私のせいだ」


 明快な答えに、私は納得する。

 シリル様が精霊と相性の良い聖騎士だからこそ、『精霊のいたずら』が起こった。だから一般人である私は巻き込まれた側ということだろう。

 私は寝台のシーツを引っ張って夜着をできるだけ隠して、座ったまま精一杯の礼をした。


「……改めまして、私はクラリス・ラブレーと申します。ラブレー子爵家の長女です。どうぞ、ここではクラリスとお呼びください」


 シリル様が目を細めて頷いた。

本日はここまでです。


毎日更新を目標に頑張ります。

楽しんでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします!

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