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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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薄紅色の薔薇




   ◇ ◇ ◇




 思わず笑い出してしまった私に、お兄様は不思議そうな顔をしていた。

 でも、これが笑わずにいられるはずがない。

 いや、以前の私ならきっと笑えなかった。今笑えるのは、シリル様がいるからだ。


「──気にしてないですよ、お兄様」


 今の私は、きっとすっきりとした顔をしている。

 長い間劣等感に苛まれてきたことが、まさか、身近な家族の優しさの結果だったなんて思わなかった。きっとこれまで私が自分のことを『落ちこぼれ』だと思っている間中、ずっと私はお兄様達に守られてきたのだ。

 いつも優しく、聖女のアレットと隔てなく私を育ててくれた家族。優しくて、温かくて、大好きな人達。

 もしかしたら、以前の私だったら恨み言の一つでも言ってしまっていたかもしれない。ジェラルド様の度重なる不貞行為で、心が悲鳴を上げていたときだってあった。

 でも、今なら心から言える。


「今は、そうしてくれて良かったなって思ってます。だってもし私が聖女だったら、バトン侯爵家は私を手放そうとはしなかったと思いますし。それにきっと、こんな風に恋を知ることもなかったと思うから」


 シリル様に愛されて、恋を知った。

 愛される幸せも、触れる嬉しさもときめきも、きっとあのままジェラルド様と結婚していたら感じることはなかっただろう。

 手を繋いで歩いたときの熱が、今でも思い出せる。

 恐ろしい気持ちもあったが、私を守って戦ってくれるシリル様はとても格好良かった。


「クラリス……」


 お兄様が瞳を潤ませている。

 どうしてお兄様が泣いているのだろう。泣くほど秘密を抱えているのが苦しかったのなら、私は、これまでどれだけお兄様を悩ませていたのだろう。


「ほら、私が気にしてないんですから、お兄様も気にしないでください。いつも大事にしてくれて、嬉しいって思ってるんですから」


「うっ……ありがとう、クラリス。クラリスは本当に良い子だな。やっぱりシリルにあげるのが惜し──」


 がちゃんっ!


 思いきり大きな音がして、扉の鍵が開いた。

 驚いて振り返った私に、いつの間にか溢れていた涙を拭ったお兄様が苦笑する。


「精霊が早くしろって言ってるみたいだよ。やっぱりクラリスは、シリルに渡さないといけないみたいだ」


「それってどういう……?」


「先に行ってごらん。──ああそうだ、シリルに会ったら、日が沈む前には家まで送り届けるように伝えるんだよ」


 お兄様の言葉を不思議に思いながらも、私は頷いて、まっすぐに扉へと向かった。

 そしてノブを掴んで軽く引いた、瞬間、これまでいた部屋が勢い良く背後に流れていった。


「なにこれ……!?」


 慌てて振り返った先では、小さくなったお兄様がこちらに手を振っている。

 前にシリル様と閉じ込められたときにはこんなことはなかったので、きっと何か新たな魔法の負荷がかかったのだろう。

 ざあっと風が吹き抜ける音がする。

 後れ毛が顔にかかって、手で押さえた。

 顔を上げると、そこは一面の薔薇園だった。


「うわぁ、綺麗……」


 薄紅色の薔薇の花が満開に咲いている。今は薔薇の季節ではないはずなのに、それらは瑞々しく、いきいきと輝いていた。


「これも、精霊さんの力かしら」


 そうでなければ、説明がつかない。

 周囲には人の気配はなく、薔薇園を独り占めできた。こんなに素敵な景色の場所に連れてきてくれるなんて、精霊さんって優しいんだな、などとどうでも良いことを考える。


「せっかくだから、少し歩いてみようかな」


 王城でもこんなに大きく綺麗な薔薇園は見たことがない。上には青空が広がっているので、温室でもなさそうだ。

 私はふらふらと歩き出した。

 花壇いっぱいに咲く薔薇の花が、ふわりと華やかな香りを漂わせている。その香りは気を抜いたらむせ返ってしまいそうなほどに甘かった。

 どこまで歩いても続く薔薇園に、眩暈がしてくる。

 座って休みたいと思うと、道の先にちょうど良い長椅子が現れた。

 私は早足で長椅子に駆け寄り、何かあったらすぐに立ち上がれるように軽く腰掛ける。


「本当に、ここはどこなの?」


 一人きりで迷い込んでしまったかもしれないと思うと、こんなに綺麗な景色すら、恐ろしいもののように思えてきた。

 不安がよぎって、無意識に右手で左手を掴んだ。

 相変わらず、目の前には柔らかな花弁が重なり合った薔薇の花がたくさん咲いている。現実味のない光景は、幻想的ですらある。


「──……シリル様に会いたいなぁ」


 会おうと約束していた。

 そのときに、きちんと想いを伝えようと決めていた。

 綺麗な場所だが、ここにいる間に、待たせてしまっていないだろうか。

 会ったら、今度こそきちんと伝えるんだ。


「シリル様、好きです。私もシリル様のお嫁さんになりたい……」


 ぽつりと呟いた声が、薔薇の花壇に吸い込まれていく。それが余計に心細く感じられて、僅かに俯いた。

 そのとき、目の前の花壇ががさりと揺れる。

 私は驚いて顔を上げた。


「そ、それは本当だろうか……!」


 突然の声と共に薔薇の花壇の向こうから姿を現したのは、明らかに大きすぎる薄紅色の薔薇の花束だった。

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