うつつを抜かしている場合では
「よく頑張った。本当に、無事でいてくれてありがとう」
シリル様の声は優しくて、私は見えていないと分かっていながら頷いた。
「いいえ、この子のお陰です……」
そこにいるのは毛玉のように見える精霊だ。
当然だが聖騎士であるシリル様にも見えているようで、シリル様は確認するように精霊に目を向けている。
「初めての精霊だな。クラリス嬢を助けてくれて本当にありがとう」
『別に、僕は聖女の声が近くで聞こえたから働いただけだよ』
少しうわずっている声が愛らしい。
初めてきちんと話をして関わった精霊は、私の想像以上に可愛らしい子だ。
「それでも、ありがとう」
シリル様が座ったまま精霊に小さく礼をする。
私もそれに倣って頭を下げた。
「私からもありがとう、精霊さん」
本当に、この毛玉の精霊がいてくれたお陰だ。
二人の礼を受けた精霊が、照れたように赤くなった。毛の色ごと変わっていて、どういう仕組みか分からず興味深い。そして、とても可愛かった。
『そんなに褒めなくてもいいよ。僕は別に──』
そのとき、ぽんっと何かがはじけるように別の毛玉が現れた。
『そうよそうよ! 私達だって頑張ったのよ』
『俺だって助けてやっただろ?』
『大体、両想いでもない女の子を精霊に守らせるって結構変態っぽいわよね』
何もなかった空間に次々に毛玉が増えていく。今の私は、それらをしっかりと視認することができた。
手のひらよりも少し小さいくらいの丸いふわふわが飛び跳ねている様子は、いかにも愛らしい。
「変態っぽい……そうか? そうなのか……」
ぶつぶつと呟く声からして、随分落ち込んでいるようだ。
無意識に俯いて、落ちた眼鏡を左手で直している。
きっととても強く能力のある聖騎士なのに、私のことで、精霊に言われたほんの一言に真面目に反省して落ち込む。そんなシリル様が、小さな精霊と同じくらい可愛く感じると言ったら、シリル様は驚くだろうか。
「シリル様?」
「──……すまない、クラリス嬢。離れている間に危険なことがあったらと思って、勝手に精霊に見張りをさせていた。何かあればすぐに知らせに来るようにと」
私はシリル様の説明に驚いた。
それならば、書店で私に何かを伝えようとしてくれていた精霊達はこの毛玉達なのか。私が聖女ではなくて精霊が見えないため、黙って護衛に付けたのだろう。
私がラブレー子爵家の落ちこぼれだから、精霊の話をしたら落ち込ませるかもしれないと考えたのかもしれない。
しかし、そんなにおそるおそる言うことでもない。
助けに来てもらった立場としては、驚きはしたが引いたり嫌ったりはしていない。それがなければこんなに早くシリル様は来なかったに違いないのだから、今更どうこう言うつもりもない。
「いいえ、ありがとうございます。シリル様が気を付けてくれていたお陰で、こうしてここにいるのです。もしあと一日閉じ込められていたら、無事か分かりませんから」
ロランス様の気が変わって殺されたりしていてもおかしくはない。
私が言うと、シリル様はあからさまに眉間に皺を寄せ、右手で剣の柄に触れた。
「──そうか。そんな扱いだったのだな」
聞いたことがないほど冷え切った声だ。
私がびくりと肩を揺らすと、シリル様は安心させるように表情を緩めた。しかしその緊張感は少しも緩まない。
「精霊。私達二人分の姿を隠してくれ」
『はいはーいっと』
『仕方ないわね』
『じゃあ僕も手伝いますね』
シリル様の頼みを聞いて、精霊達がくるくると飛び始める。
光の粒子が私とシリル様の身体を覆った。
少しして、側にいたはずのシリル様の姿が見えないことに驚いた。同時に自分の姿も消えていることに気付く。
「シリル様?」
「ああ、見えないな。動かないでくれ。……ここか」
何も見えない空間にあった私の右手に、突然温かな人肌を感じた。それは固くて大きくて、戦い慣れている人の手だ。
シリル様の手なら、感触だけでも分かる。
「見失うと困るから、魔法がなくなるまでずっと繋いでいてくれ」
「は、はい!」
こんなときなのに、どきどきする。
どうしてこんなに鼓動が煩いのか、と考えて、そういえば私はこの人のことが好きなのだと思い出した。そうだ。さっき告白したばかりではなかったか。
返事もされておらず、すっかり話題にもされなかったために忘れてしまっていた。
というよりも、シリル様も忘れてない!?
「シリル様、あの──」
「……どうした? 不安だろうが、私が守るから心配しなくて大丈夫だ」
「いえそうじゃなくて」
「剣を振るうときには手を離すから。安心してくれ」
そう言われると、もう何も言えなかった。
緊迫した場面で色恋にうつつを抜かしている場合ではなかったということだろう。
「分かりました。ありがとうございます……」
私は告白を蒸し返すことを諦めて、シリル様の手をぎゅっと握り返した。
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