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もう良いです

 私は、目を閉じて深呼吸をした。

 神官達は困っている。

 この国の教会が信仰しているのは精霊だ。精霊が見える者は王城に集められていたり、研究に熱心な者が多いため、神官に精霊が見える者は少ない。

 神官の他に教会にいるのは、精霊の力を借りて治癒の能力を使う聖女達だけだ。

 


「──……もう良いです」


 これまで黙っていた私が口を開いたことで、皆の視線が私に集まった。


「もう、婚約破棄で良いです。だからうちを訴えたり、圧力を掛けるようなことはしないと約束してください」


 この場で私達が主張したとおりに婚約解消にすると決まったところで、バトン侯爵家は必ず報復をしてくるだろう。政治的に力のあるバトン侯爵家に睨まれたら、精霊に愛されたラブレー子爵家であっても簡単に窮地に追い込まれてしまう。

 これまで我が家は出世意識が弱い当主が続いていたが、お兄様は聖騎士としてとても優秀だ。我が家も、次代では伯爵家になれるかもしれないと言われているのだ。

 こんなことで、足を引っ張りたくはない。


「クラリス……」


 お父様が泣きそうな顔で私を見る。まったく、子爵家の当主なのだから、もっとしっかりとした態度をしていてほしい。

 私は安心させるように頷いて、バトン侯爵をまっすぐに見据えた。


「それで、よろしいですか?」


 バトン侯爵は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに頷く。


「ああ、約束しよう。勇敢な子爵令嬢殿」


 確約が得られたところで、私はすぐに婚約破棄の書類にサインをした。

 ペンから手を離す瞬間、指先がひりついたような違和感がする。

 もう引き返すことができないのだと、強く思い知らされた。





「それで、本当に婚約破棄にしてしまったのですか? 悪いのは絶対にあちらの方なのに……!」


 夕方、お父様と一緒に帰宅した私に、サロンで待っていてくれたらしいアレッタが詰め寄ってくる。

 私はまた溜息を吐いた。


「だって、仕方がないじゃない。あの家に睨まれたら、貴女の縁談にもお兄様の出世にも支障が出るわ。それどころか、これまで通りに生活できるかも分からないのよ」


「そんなの、私が精霊にお願いしてどうにかするわ!」


「アレット、そんなことに力を使ってはいけないわ。私は貴女が捕まるところなんて見たくないの」


 精霊との相性が良く、その存在を検知し力を借りることができるアレットが『お願い』したら、バトン侯爵家は何か物理的な被害に見舞われるかもしれない。

 しかしそれはルール違反だ。

 万一のため、裁判所には精霊から話を聞くことができる聖騎士が審問官として常駐している。精霊を使って犯罪をしても、大抵のことはばれてしまうのだ。


「お姉様──」


 アレットが私の手をひしっと握る。


「……アレット?」


「私、お姉様は絶対に幸せになれると信じています!」


 まっすぐな瞳の純粋さに、私の心がきゅうと締め付けられる。


「ありがとう。……もう休むから、お父様達には疲れてしまったと言っておいて」


 私はどうにか笑顔を保って自室に戻った。

 家族に心配を掛けたくなかった。

 お兄様はまだ王城に行っているが、帰ってきてお父様から話を聞いたら怒るだろう。もしかしたらもう知っているかもしれないが。

 お母様だって、泣かせてしまうかもしれない。

 向き合わなければいけないのは分かっていたけれど、とにかく今日は疲れていて、早く眠ってしまいたかった。

 朝早くから色々なことがあった。

 正直、もう限界だ。

 私はさっさと入浴を済ませた。

 ソフィが部屋で待っていて、夜着に着替えた私の髪を丁寧に梳かしてくれる。


「今日はお疲れ様でした」


「ありがとう、ソフィ。本当に、ジェラルド様にはやられたわ」


 中庭では納得したように振る舞っていたが、もしかしたら私から婚約解消を持ちかけたことがそもそも気に入らなかったのかもしれない。

 だからといって、私の弱点を的確に突かれたことは痛いが。


「結婚に大切なのは聖女かどうかじゃないです。だから、お嬢様は何も悪くないですよ」


「そうかしら?」


「はい。お嬢様は、私から見て充分に素敵な女性です」


 ソフィの率直な慰めに、私は今日ずっと張り詰めていた気持ちがふと緩むのを感じた。

 これは、いけない。

 泣いてしまったら、まるで私が負けたみたいだ。


「ありがとう。……今日はもう良いわ。このまま寝てしまうから」


「そうですか? 何かあったら呼んでくださいね」


「うん」


 私はソフィが部屋を出て行ったことを確認して、寝台に飛び込んだ。

 婚約は正式に破棄された。

 バトン侯爵家に捨てられた私を拾ってくれる相手が今後見つかるのだろうか。いや、そもそも今シーズンの社交界では嘲笑を受けることも仕方が無い。

 不安も後悔も、次々に湧いてくる。

 それら全部に蓋をして、私は勢い良く毛布に潜り込んだ。


「明日考えることにする。これは寝ちゃった方が良いわ」


 どうせ明日になれば、普段通りの日々がまた始まるのだ。

 明日は王城での夜会がある。気が重いが、出席しないわけにはいかない。

 今日の話も噂として広がってしまっているだろうか。できれば、まだ誰も知らないでいてくれると良いのだが。そう上手くはいかないことも、分かっている。

 これまでもバトン侯爵家の嫡男との婚約について、令嬢達から心ない言葉を浴びせられることはあった。婚約解消をされたとなったら、何を言われるだろう。

 気を抜くと溜息が漏れて、私は首を左右に振った。

 寝不足で隈でも作ってしまったら、家族により心配を掛けてしまうだろう。

 私は無理矢理目を閉じた。

 ごちゃごちゃの心の内とは裏腹に、今日、私は疲れていたらしい。

 襲ってきた眠気に抗わず、私はさっさと眠りに落ちた。

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