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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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琥珀のブローチ





 それから丸一日、地下牢には誰もやってこなかった。

 時間が分かったのは、時計を持っていたからだ。アレットと出かけるため、遅くなりすぎないようにしようと銀の懐中時計をポケットに入れていた。もしこれがなかったら、私は朝か夜かすら分からなくなってしまっていただろう。

 食事は一度も与えられていない。お腹がぐうと何度も鳴っているが、こればかりはどうしようもなかった。

 もう誰にも会えないまま、ここで餓死してしまうかもしれない。

 そう考えると、ぞくりと背筋が冷えた。


「そんなことない。私はシリル様に会って、好きって──……」


 伝えるんだから。

 最後まで言葉にならなかった想いに目を閉じる。

 せっかくシリル様のために買ったブローチも無駄になってしまうかもしれない。

 銀の土台に琥珀が付けられた綺麗なブローチなのに。瞳も髪も平凡な色の私が、それでも少しでも私の色に似た宝石を選ぼうと考えて決めたのに。

 アレットとブローチを選んだのは時間はあんなに楽しかったのに、もう全て夢のようだ。

 心細くなった私は、ポケットの中から小箱を取り出した。蓋を開けると、中から出てきたのは買ったばかりのブローチだ。

 琥珀の中には、何か、小さな黒いものが入っている。それすら神秘的で、私は現実から逃避するようにほうと息を吐いた。


「──……綺麗」


 思わず呟いた瞬間、ブローチの琥珀が淡く光った。


「えっ、何?」


 きらきら、きらきら。

 細かな粒子が舞って、私の手の中の琥珀が宙に浮く。

 琥珀が手のひらに落ちてきたとき、私しかいないと思っていたその場所には、ふわふわの毛玉が浮いていた。

 毛玉はきょろきょろと周囲を見渡して、ここが牢の中だと気付いたようだ。顔らしい場所をくしゃりと歪めている。


『うわっ、ここどこ? お姉さん何したの』


 毛玉はしょうねんのような声で聞いてきた。


「何もしてないわ。貴方は誰?」


『僕は精霊だよ。それの中で寝てたんだけど、祈りの力で起こされちゃった』


 書店で見かけた毛玉達とよく似ているとは思っていたが、やはり精霊だったようだ。祈りの力という聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「祈りの力?」


『そう。お姉さん聖女でしょ』


「違うわ」


 精霊の言葉に即答する。

 私は聖女ではない。だって精霊なんて見たこともなかったし、声だって聞いたことはない。

 なかった、はずだ。


『うーん、そんなはずないんだけどな』


 精霊は自分が間違っているとは認めたくなさそうな口調で私を観察している。

 精霊にまで聖女だと思われて失望されたくはない。

 私は慌てて話題を変えた。


「それより、ロランス様がここは精霊も入れないって言っていたのだけど」


『ああ、結界みたいなのがあるね。でも、僕は琥珀の中にいたからさ。出たら入れないけど、中にいるだけなら大丈夫だよ』


「なるほど……」


 結界というのは壁のようなものなのだろう。出入りができないというのが正しい表現に違いない。

 精霊はふわふわとその場に浮かびながら、私に問いかけてくる。


『それで、お姉さんはどうしたいの?』


 どうしたいのか。

 そう聞かれて、私はすぐに口を開いた。


「え? ここから出たいのだけど……」


 今すぐここから出て、家に帰りたい。

 シリル様に会って、想いを伝えて、抱き締めてもらいたい。

 そんな浅ましい願いは口にできなくて、私は一番単純な願いを口にした。この地下牢から出してくれれば、後は自分一人でもどうにかなるかもしれない。


『おっけー。じゃあちょっと端っこに寄ってて。どかんってこの上の建物壊しちゃうから』


 精霊の提案に、私は慌てて両手を振って否定した。


「違う違う! もっと穏便に、誰にも気付かれないようにしたいの」


『えー、地味だなあ。じゃあこれでいい?』


 精霊が鉄格子の鍵のところまでふわふわと飛んでいく。

 ぱちっと不思議な音がして、見ると、鉄格子の鍵が高温の火で炙られたようにぐにゃりと変形していた。


「嘘!? ありがとう、精霊さん」


 まさか本当に出られるとは思わなかった。

 予想外の出会いに感謝である。


『いや、良いけど。それよりこれからどうするつもり?』


「ここを出て、見つからないように逃げるわ。通報すればきっと誰か分かってくれるはず」


 できればシリル様がいてくれたらもっと心強いのだが、それは無い物ねだりだ。帰ってくる予定は今日だったが、帰還報告の後には仕事もあるだろう。

 絶対に直接会って、好きって伝えるんだから。

 私は思いきって扉を押して牢を出た。足音を立てないように、ゆっくりと階段を上っていく。もふもふの毛玉の精霊が、すぐ側を飛び跳ねながらついてきていた。

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