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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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毛玉

 そのとき、私の視界の端で白いふわふわの何かが動いたような気がした。意識してそちらに目を向けても、やはりまたその姿をはっきりと見ることはできない、

 ただ今度はピンク色の何かが、視界の端を掠めていった。

 私は初めて見るそれらに感動した。

 こんな不思議なものの正体は、決まっている。


「精霊さん、こんにちは」


 私は小声で挨拶をした。

 しかし精霊らしき毛玉は、やはり動きを止めてはくれない。ただ慌てているように動き回っていることと、私に何かを伝えようとしていることだけは分かった。

 こんなに伝わらないのは、私が聖女ではないからだろうか。寂しい気持ちになって、私は少しでも声が聞きたくて目を閉じた。

 すると、今度は子供のような少し高い男女の声が聞こえてくる。


『ああもう! 伝わらないって厄介ね』


『シリルは?』


『あいつはまだ帰ってこねーよ』


 シリル様の名前が出たことに驚いた。

 少し考えればそれも当然のことだと分かる。シリル様は聖騎士として優秀で、精霊の声も聞いている。そして私は、シリル様と一緒にあの部屋に閉じ込められた関係だ。ある意味では彼等の被害者である。

 精霊達は、一体何を慌てているのだろう。

 目を開けると今度は声が聞こえなくなる。

 困っているのならば力になりたくて、私は目を閉じたまま話しかけてみることにした。


「どうしたの? ……何か困ったことでも」


「──ごきげんよう。確か……クラリスさん、だったかしら」


 その声は、凜とした強さの中にしっとりとした甘さを含んでいた。精霊の声に集中していたせいで気付くのが遅れてしまった。私はすぐに目を開けて振り返る。

 そこにいたのは、美しさが服を着て歩いているといった雰囲気の令嬢だった。金色の髪に、深い紫色の瞳は多くの人の目を引く。


「ロランス様……このような場所でお会いできるなんて思いませんでしたわ」


 慌てて背筋を伸ばし、スカートの裾を軽く摘まんで礼をする。

 言葉遣いも社交の場らしいものに変えた。

 書店には似つかわしくない行動だが、仕方ない。この場で挨拶をしないという選択肢はなかった。

 視界の端では、やはり毛玉──精霊達が飛び跳ね続けている。


「私もよ。ねえ、せっかくですし、もう少しお話ししましょうよ。私、貴女に話したいことがあったのよ。ここでは他の方のご迷惑になりますし、こちらにいらして」


 ロランス様は艶やかに微笑んで私の右手を取った。





 ロランス様に手を引かれて書店を出た。

 どこかのカフェにでも行くのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 しばらく早足で歩いて辿り着いたのは、商業地区でもっとも大きな通りのすぐ横にある細い路地だった。路地に人通りはないが、大通りには通行人も多く、あちらから見れば人がいることは分かるだろう、という位置だ。

 その場所で、ロランス様は私の手を離さないままようやくこちらを振り返った。


「ふふ、ごめんなさいね。落ち着いて話せる場所を探していたら、こんなところにまで来てしまったわ」


「い……いいえ」


 いつの間にか毛玉達の姿は側から消えている。

 私は運動不足のせいで僅かに乱れた呼吸を、できるだけ表情に出さないように整えるのに必死だった。


「そう、良かった」


 ロランス様が優雅に微笑む。


「それで、お話とは何のこ──……っ!?」


 私は目を見張った。

 ロランス様が、私の手を握っていない方のドレスのポケットから小ぶりなナイフを取り出したのだ。

 薄暗い路地に、銀色が鈍く光る。

 そしてそのナイフで、突然自分が着ているドレスを切り裂き始めた。


「何をしているのです!? そんな、危な」


「ふふふ。怪我をしたくなければ、じっとしていることね」


 ドレスの裾、胸元、袖。

 目の前で、ロランス様のいかにも高価そうなドレスが無惨にも切り裂かれていく。

 それでもロランス様は、最初に挨拶をしたときと全く同じ微笑みを浮かべていて。

 その異様な光景に、私は思わず一歩後退りをした。


「動いては駄目よ」


 手を握る力が強くなって、振り払えない。

 頭では逃げなければいけないと分かっているのに、背中を向けるのも恐ろしくて、思うように身体が動かなかった。


「え……」


 ロランス様が私の手に無理矢理短剣を握らせたところで、路地の奥から破落戸が現れる。私を突き飛ばすと同時にその場に倒れ込んだロランス様に、その破落戸が馬乗りになった。

 そこで、ロランス様が甲高い悲鳴を上げた。


「きゃー! 助けて、誰か……っ」


 すぐに大通りから何人もの人が路地を覗き込んでくる。


「──君! 何してるんだ!?」


 あまりに現実離れした状況に放心している間に、私は街の警備兵に取り押さえられていたのだった。

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