贈り物を
シリル様はそれから三日続けて手紙を送ってきた。それはどれも初日と同じように分厚く、北の辺境伯の領地を丁寧に説明してくれるものだった。
そして私はその手紙を楽しみにするようになっていた。
知らないことを知るのは楽しい。
本当はお礼の返事を出したいところだったが、私は聖女ではないから魔法は使えない。
シリル様は二日後にはこちらに帰ってくるらしい。土産を買ったから楽しみにしていてほしいと、昨日届いた手紙に書いてあった。
できればそのときに、お礼の品くらい贈りたいと思っている。
ヴァイカート公爵家には、お兄様がお父様を説得して、私とシリル様の縁談を了承する旨の手紙を送ったという。
シリル様が王都に戻ってきたらすぐにでも話を進めると返事が届いている。
つまり、正式にではないが私はもうシリル様の婚約者になってしまった。
私の部屋に遊びに来たアレットが、手持ち無沙汰なのか、本棚に並んでいる私の本を手に取ってはぱらぱらと頁を捲って本棚に戻してを繰り返している。
しばらくしてそれにも飽きたのか、中でも色鮮やかな絵が多く描かれた冒険記を持って椅子に座ると、退屈そうに眺め始めた。
どうやら、余程暇らしい。
私は抽斗から取り出した飴を一個アレットに渡すと、向かいの椅子に腰掛けた。手には先程まで読み返していたシリル様から貰った旅行記──手紙がある。
アレットが飴の礼を言って、本から顔を上げた。
「──本人がいないところで婚約者になったって、訳が分からないけど」
「まあ、良いじゃないですか! お姉様の結婚式が今から楽しみです」
アレットがにこにこしながら言う。
「ありがとう……」
「ヴァイカート子爵様が帰っていらっしゃったら、ちゃんとお姉様は『好き』って伝えないといけないですね」
「そうよね。分かっているわ」
アレットに言われなくても、分かっている。
周囲の後押しがあってのことだったが、それでも確かに私の気持ちはシリル様に向いている。それを言葉にせずに好意ばかり受け取るというのは、卑怯だし不誠実だ。
「明日、買い物に行こうかしら」
私が言うと、アレットがぱあっと表情を笑顔に変えた。
「贈り物を買うんですよね。私も一緒に行っても良いですか?」
「良いけれど、楽しいことなんてないと思うわよ」
「いいえ! お姉様が恋のお相手に贈り物を選ぶってだけで楽しいです」
異性に贈り物なんて選んだことがない私は、アレットの助言を聞きたかったこともあり、共に出かけることを了承した。
そして翌日、アレットと私は商業地区に買い物にやってきた。向かった先は商業地区の中でも、特に栄えている場所だ。
「何を買うんです?」
「どうせなら、身に付けられるものが良いと思うんだけど……どういうものが良いのかしら」
「──贈り物といえば、刺繍したハンカチとかカフスボタンとかが王道ですわ」
「刺繍は得意じゃないし、カフスボタンは……」
シリル様は家の紋章が入ったものを身に付けていたように思う。
刺繍が上手にできたなら、ハンカチに刺繍なんてしただろうか。いや、それはそれで恥ずかしいような気もする。
「それでは、タイやスカーフ、ブローチなんてどうでしょう」
アレットはすらすらと例を挙げていく。縁談はあっても実際にお付き合いした異性はいないので、この候補はきっと恋愛小説や友人の話で知ったものだろう。
でも今の私にはとても参考になる。
だって、私は明日シリル様が帰ってきたら好きって伝えて、恋人同士になるのだ。恋愛のことを何も知らない私にとって、アレットの言葉はとても頼りになる。
「……ブローチは良いかもしれないわ」
「素敵ですわ! 早速行きましょう」
アレットと一緒に宝飾品店に入り、棚に並べられているブローチを見た。
自分でこういったものを選ぶのも初めてだ。シリル様が私に伝えてくれた分には敵わないかもしれないが、それでも、精一杯答えたい。
三軒目にしてようやく気に入ったものを見つけて買った。
「まだ時間があるから、お姉様も新しい服とか見たらどうです?」
「私は良いわ。アレット、行ってきて良いわよ」
「……じゃ、じゃあ少しだけ。お姉様は書店に行くのですか?」
「うん。後であっちの噴水広場で合流しましょう」
「はーい」
アレットが寄りたがっている洋品店の斜向かいには小さな書店がある。そして二十メートルほど離れた場所には噴水を囲むように長椅子が置かれている小さな広場があった。
私は数日前に書店に行ったばかりだったが、まだ知らない面白い本に出会えるかもしれないと心をときめかせて店に入った。
「うーん、知らない本はないわね」
私は好みのジャンルの棚に新刊が入っていないことを確認してから、恋愛小説の棚に移動した。
これまで嫌いで読まずにいた恋愛小説も、今なら読めるような気がする。






