贈り物その2、その3
目が覚めたのは、丁度夕食まであと三十分という頃だった。
少し眠っただけだが、かなり頭も身体もすっきりした。鏡で確認したが、泣いた目ももう元に戻っているようだ。
ワンピースの皺を手で伸ばして、癖の付いた髪を櫛で軽く整える。
そろそろ食事のために家族が集まっている頃だ。
早足で食堂に下りると、両親とお兄様、そしてアレットが困惑の表情で卓上を見つめていた。
そこにあったのは、両手で持てる大きさの白い箱が五つ。
「──何かありましたか?」
「ああクラリス、これが届いたんだよ」
私は軽く首を傾げて、蓋が開いている箱を覗く。
その中には、色とりどりのケーキが入っていた。
「これ、今日行ったお店の……!」
アレットが動揺した私を見て楽しそうに笑う。
「心当たりのある贈り物なのですね?」
「……シリル様に連れて行っていただいたお店で、私、どれも美味しそうって言ったの」
確かにあの場では食べられないとは言ったが、だからってまさかその後でこんなにたくさん贈られるとは思っていない。
しかし貰ったからには食べるべきだろう。返したりしていたら悪くなってしまう。
それに、このケーキは絶対にどれもとても美味しいのだ。店で食べたときに知ってしまった優しい甘さが思い出される。
私は小さく溜息を吐いて顔を上げた。
「でも一人じゃ食べられないから、皆で食べましょう? よろしいですか、お父様、お母様」
「仕方がないな」
「そうですね。悪くなったら悪いし、食べてしまいましょう」
お母様はそのパティスリーを知っていたのか、口ではそう言いながらも嬉しそうだ。次々に箱を開けて、ケーキを選び始める。
アレットもそんなお母様を見て、席を立ってケーキを端から眺め始めた。
「……あいつ、本当に無茶苦茶だな」
ぽつりと溢れたお兄様の言葉に、私は心の底から頷いた。
贈るにしても、加減というものがある。
その日の夕食はサラダとスープ、そしていくつものケーキとなったのだった。
しかしそれだけでは終わらなかった。
私が翌朝お礼の手紙を出すと、その返事が同じ日の夜に届いた。そしてそれには、なんと可愛らしいワンピースがついてきたのだ。
「これ、あのときのお店の……!」
それはヴァイカート公爵邸に連れて行かれる直前、言い合いになってしまった店の商品だった。高位貴族御用達の、既製品ならば一番だと言われている店である。
白から青へとグラデーションになっているワンピースは、空のように爽やかな色合いだ。襟と裾に添えられた控えめなレースが愛らしく、腰のリボンがシンプルなデザインの中に華やかさを足している。
可愛らしく爽やかなそのワンピースが私に似合うとは思えなかった。
サロンでワンピースを広げている私に、通りかかったアレットが声を掛けてくる。
「まあ! 素敵なワンピースですね」
アレットは今日もとても可愛らしい。
私は眉を下げて苦笑した。
「返しちゃ駄目かしら」
「駄目です。嫌な相手からでないのなら、受け取らないといけないんですよね?」
それは私も家庭教師の先生に言われたことだった。
「……これ、貴女が着ない?」
「駄目ですよ、お姉様。これはお姉様への贈り物なんですから。きっと似合います!」
アレットが叱るような口調で、自信満々に言う。
確かにその通りだ。
人から貰ったものを妹にあげるなんて、そんな不義理をしてはいけない。
「そうかしら」
「ええ、間違いないです!」
受け取らないといけないならば、次にシリル様に会うときにはこの服を着てみよう。
似合う靴は何かあるだろうか。
私はそんなことを考えながら、自室に戻って衣装棚にワンピースをしまった。
お礼の手紙を書いて、もう夜も遅いから、明日の朝に届けてもらおうと思っていた。
すると翌日、私が手紙を出すよりも早く、裾の青と同じくらいの濃さの綺麗な群青色の靴が届いた。甲の部分にはストラップが付いていて、歩きやすそうだ。
いや、歩きやすそうかどうかという問題ではない。
ソフィがその靴を見て目を輝かせる。
「昨日のワンピースに良く合いそうですね!」
「そうだけど……これは、貰えということ?」
「当然です」
「私は何をしたら良いの?」
「お礼のお手紙を書けば良いと思いますよ」
なんだか貰いすぎて、訳が分からなくなってきた。
ジェラルド様には一度も贈り物なんて貰ったこともなかったから、どうして良いのか全く分からない。
シリル様はこんな私に贈り物ばかりしていて、嫌な気持ちになったりしないのだろうか。
──シリル様
素敵な贈り物をありがとうございます。
次にお会いするときに、早速着させていただきますね。
ですが、あまり貰いすぎるのも申し訳なくなってしまいます。
ご無理はなさらないでください。
クラリス・ラブレー
とりあえず書いた手紙を出そうとしたところで、それだけでは味気ないと思った。
高価な贈り物はできないけれど、花なら手紙に添えてもおかしくないだろう。
私は早速、タウンハウスとしては普通の大きさの小さめな庭に出て、丁度良い花を探した。
しばらくどの花にしようか迷っていると、どこからかふわりと甘い香りがしてくる。
なんとなく香りを追っていった先に咲いていたのは、季節外れの大輪の薔薇だった。それも、綺麗な純白だ。
「──こんな薔薇、うちの庭に咲いてたかしら」
不思議に思いながらも、私はその薔薇を選んだ。
そして丁寧に棘を取り包装紙に包むと、手紙と一緒にシリル様の家まで届けてもらうことにしたのだった。






