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婚約破棄なんて聞いてません

「クラリス、起きてくれぇぇえ!!」


 翌朝、私は自室の扉の向こうから聞こえてくる悲鳴のような叫び声で目が覚めた。

 叫んでいるのは私の父、エドガー・ラブレー子爵だ。


「お父様……? 一体何なんです、こんな朝早くから」


 まだ侍女のソフィすらやってきていない。

 私はのそのそと上半身を起こし、時計を確認する。時計が狂っていなければ、まだ朝の六時前だ。


「すぐに着替えますから、ちょっと待っててください……」


 私はまだ扉越しにもごもご言っている父を無視して、寝台から抜け出した。ソフィを呼びつけるのも可哀想で、一人でも着やすそうなワンピースを選ぶ。

 お父様がこんなに焦ることなど、一体何だというのだろう。

 急いで簡単に身支度を整えた私は、自室を出てサロンに向かった。



 サロンには、私以外の家族が皆揃っていた。

 こんな朝早くなのにアレットまでいるのはどういうことだろうと思ったが、どうやら混乱したお父様と怒っているお兄様の口論で目が覚めたらしい。

 むしろよくお姉様は寝てられましたねと言われたが、疲れてたから仕方ないでしょと言って誤魔化した。そんなに煩かったのだろうか。


「それで、一体何があったんです? 夜会の次の日だから、こんなに早く起こされるなんて思ってなかったんですけど……緊急のことですか?」


 私が聞くと、お父様がうむと頷いて溜息を吐いた。その狼狽した様子に首を傾げた私に、お兄様がテーブルの端に置かれていた封書を差し出す。


「──朝イチで、これが届けられたんだよ」


 私はお兄様のぴくぴくと動いている眉間に表情に嫌な予感がしながらも、その封書を受け取った。

 差出人はバトン侯爵。ジェラルドの父親だ。


「えっと……『クラリス嬢とジェラルドの婚約を破棄する。書類は提出したから、今日の午後一時、教会に来るように』って、なんですこれ!?」


 私はばっと勢い良く顔を上げた。

 私からジェラルド様に提案したのは婚約解消だ。


「これじゃ、私に瑕疵があったみたいじゃないですか……!!」


 婚約解消ならば、両家の問題として処理できる。

 ジェラルド様がしていた婚約中の女遊びは婚約破棄できるだけの事由ではあったのだが、私はバトン侯爵家と我が家の家格の差を考えて婚約解消と言ったのに。

 お父様が肩を落とす。


「──私達も、クラリスに悪いところがあったとは思っていないよ」


「お父様! はい。私は、責められるようなことはしていません」


 私が言うと、アレットが前のめりに口を挟む。


「どうしてずっと我慢していたお姉様がこんなことされないといけないんですか? あまりに酷いです……!」


 綺麗な赤茶色の瞳には涙が溜まっていて、自分の妹ながら本当に愛らしい。

 それだけで少しこの混乱が落ち着いたような気がした。


「アレット……ありがとう」


 私が言うと、アレットはぶんぶんと首を振った。

 お父様が一度深く頷く。


「そうだね。教会に行ってちゃんと事実を訴えよう。どうにか婚約破棄ではなく、解消にしてもらえるかもしれない」


「はい!」


 私は何度も頷いた。きっと教会ならば、正当に判断してくれるに違いない。

 しかしお父様の隣に座っていたお兄様は首を左右に振った。


「どうかな、クラリス。……父上、バトン侯爵家の力は恐ろしいですよ」


 まだ引き攣った笑顔のお兄様が言う。

 お兄様は私を怖がらせないように微笑んでくれているのだろうが、かえって怖い。普通に怒ってくれれば良いのに、とも思うが、聖騎士として王城で働いているお兄様が怒った顔をしたらそれも怖いだろうと思うので、何も言わないでおく。


「それでも、言わないと始まらないだろう」


「私も、負けないんですから……!」


 私がぐっと拳を握って見せると、お兄様はそのときだけはふっと柔らかく微笑んだ。


「──そうだね。それに、万一の場合も考えてるから」


「お兄様?」


「ううん。何でもないよ」


 私はお兄様の言葉を不思議に思いながらも、それ以上追及することはしなかった。





 教会での話し合いは、バトン侯爵家に一方的に有利に進んだ。


「そもそも我が侯爵家が、こんな子爵家と何の利も無く婚約を結ぶはずがないでしょう。クラリス嬢が聖女だと信じていたからこそ、縁談を継続していたのです! しかし今日まで、その能力は現れていません。これは婚約詐欺です。訴えない代わりに、こちらから破棄という形にしているのです」


 ジェラルド様のお父様であるバトン侯爵がはっきりと言う。

 お父様が身を乗り出して抗議する。


「そんな……! 婚約において、聖女かどうかがそれほど重要な事でしょうか!? 人と人の結びつきこそが婚姻です。非があるのは、そちらのご子息では!?」


「子爵家程度の立場で息子を愚弄するつもりか? この国において、精霊と親交があることがどれだけ重要なことかは、ここにいる神官様が最も良くお分かりでしょう!」


 私は何も言えなかった。

 この国は、精霊の力を借りて繁栄している。精霊との相性が良い者は魔法が使えたり、癒やしの力を持っていたりするのだ。そういう人達は聖騎士や聖女として重用されている。

 ラブレー子爵家は、精霊に愛された家として有名だった。

 亡き祖父もお父様もお兄様も聖騎士で、妹のアレットは聖女だ。

 精霊の姿が見えず声も聞こえないのは、嫁いできたお母様を除けば、私だけ。


「しかし破棄というのはあんまりです! こちらからは解消でお願いしているのですが」


「こちらは聖女になると偽って婚約させられたようなものです! 訴訟にはしないと言っているのが、譲歩だということも……分からないと言うのか?」


「く……っ」


 お父様が唇を噛んだ。

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