人と人との結びつき
「どうしてここまでするんですか?」
零れ落ちたのは純粋すぎる疑問だった。
どうしてシリル様は、聖女でも美女でもない私なのか。
私を相手にしたところで、何もメリットなんてないのに。
「君は、不安がっていただろう? それに、私を信じていなかった。……君の立場からしたら仕方のないことだが」
シリル様が、繋がれた手をぎゅっと握る。
その一瞬の強さが、手のひらの熱さが、胸を焦がした。
「──だが、私も悔しかった」
だから、精霊に誓ったりなんかしたというのか。
そうまでして、私に信じてもらいたかったのか。
私なんて、何も持っていないのに。
「……私、聖女じゃありませんよ」
「知っている」
「母や妹と比べて、可愛くもないです」
「私には誰より愛らしく見える」
さらっと甘い言葉を言われ、私は言い淀んだ。
それでも、言いたいことはまだまだある。
「っ……それに、公爵家とは家格が違います」
「ラブレー子爵家ならば珍しいことではないだろう?」
「それは聖女だからで!」
ラブレー子爵家の娘は聖女だから、高位貴族との縁談がある。それはそのまま、あの婚約破棄の日にバトン侯爵から言われたことだった。
どうして今、私がシリル様にこれを言っているのだろう。
疑問に思ったのは一瞬だった。
何故なら、シリル様の目が怒っているかのように細められたからだ。
「聖女かどうかが、そんなに重要なことか? 結婚とは、人と人との結びつきだろう」
「──……それは」
シリル様の言う通りだ。
それはあの日、私のお父様が言ってくれたことだ。
その言葉こそ私が思っていたことだったはずなのに。
視界が滲んで、泣いているのだと気が付いた。ジェラルド様の浮気を見たときも、婚約破棄だと言われたときも、泣いたりなんかしなかったのに。
聖女でなければいらないと言われたことで、私は傷ついていたらしい。
それを拗らせていたことに、今まで気付いていなかった。
気付かせてくれたのは、シリル様だ。
「だから、君はそんなに自分を卑下せずに、私と向き合ってほしい」
シリル様がハンカチを取り出して私に渡そうとして、手を離したくなかったのか、僅かに悩んだ様子を見せた。
しかし頬を流れる涙を放っておけなかったようで、立ち上がって側で屈んで、ハンカチを持った手で目元を拭ってくれる。
その控えめで優しい手つきに、私は息を呑んだ。
どうしてそんなに優しくするのだろう。
一瞬抱いた疑問は、今度はすぐに消えた。だって、こんなにシリル様が想いを伝えようとしてくれているから。
「分かり、ました」
頷くと同時に最後の涙が落ちる。
「──泣かせて悪かった。送っていこう」
「っ、はい」
繋いだ手をゆっくりと促すように引かれ、私は苦笑して立ち上がった。
馬車を降りてすぐ、私は逃げるように邸に駆け込んだ。
迎えに出てきていたソフィが、横を駆け抜けていく私に驚いている。
「おかえりなさいませ、お嬢様。……お嬢様!?」
「ただいま、ソフィ。ごめんね。ちょっと放っておいて」
自室に戻った私は、アレットの服を汚してはいけないと急いで脱いだ服を椅子に掛けた。衣装棚から被るだけで着ることができるワンピースに着替えてリボンを結んで腰で結ぶ。
そして、そのまま寝台に潜り込んだ。
物音がして、ソフィが部屋に入ってきたのだと思った。
「何があったんです……?」
控えめな声音から、心配してくれているのだと分かる。
私は頭だけ布団から出して、枕に顔を埋めた。
「大丈夫。ごめんソフィ、そこにある服、綺麗にしてアレットに返しておいて」
「それは分かりました。……何か嫌なことでもされたんですか?」
「ううん、違うの。大丈夫」
それ以上何も言わない私に、ソフィは仕方がないと溜息を吐いて、服を抱えて部屋を出て行った。
今度こそ一人きりになった私は、寝返りを打って天井を見た。
「──……どうしよう」
シリル様の気持ちは嬉しかった。
触れられても嫌ではなかった。
ならばあの手を取ってしまえば、幸せになれるのかもしれない。
「私が、聖女だったら」
それは、思わないように意識していた言葉だった。意味のない劣等感をこれ以上拗らせないように、自分自身に封じていた言葉でもあった。
それなのに今こうして言葉になってしまったのは、そうしてでもシリル様ともっと関わりたいと私が望んでいるからだ。
シリル様の側にいるのに、ただの子爵令嬢では力不足だ。
「考えるだけ無駄よね」
今から二時間も眠れば夕食の時間だ。
今日は色々なことがあったから、昼寝をしても許される気がする。一度眠ってしまえば、このぐちゃぐちゃな心も整理されているに違いない。
やがて眠った私の夢の中で、どこか懐かしさを感じる色とりどりの毛玉が、ぴょんぴょんと飛び回って遊んでいた。
私はそのふわふわもふもふとした感触の毛玉に埋もれながら、なんとなく暖かで幸せな感情に包まれていた。






