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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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私も同じだ

 しばらく動けずにいた私に、シリル様が苦笑する。


「……いつまでも握っていたら食べられないが」


 その視線がメニューにあることに気付いて、私は慌てた。

 シリル様の分もメニューはあるが、そういう問題ではない。私がこれを握っていたら、いつまでも注文できない。


「あっ、失礼いたしました! すぐに選びます」


 私はすぐにメニューを広げた。


「いや、ゆっくりで大丈夫だ」


 シリル様も自分のメニューも広げて、選び始める。

 それから、昼食の時間がすぐだからと、ここで食事も済ませてしまおうと話し合い、私はランチのセットとケーキを一つ選んだ。

 シリル様が意外そうに眉を上げ、動いた眼鏡を左手で直した。


「ケーキは一つで良いのか?」


「食事の後にそんなにたくさん食べられません」


「そういうものなのか?」


 まるで知らないというように聞いてくるシリル様に、私は思わず笑ってしまった。


「そういうものです。どれもとても美味しそうですけれど」


 メニューには、たくさんのケーキの絵が並んでいる。こんなに小さな絵でもリトグラフのようだった。丁寧な仕事に、このメニュー自体が芸術品のような気がしてくる。

 シリル様はベルを鳴らして人を呼んで、二人分の食事を注文した。

 お兄様の話や聖騎士団の話、最近私が読んだ本の話などのとりとめのない話をしながら、頼んだ食事を進めていった。

 ケーキと紅茶が運ばれてきたところで、シリル様が話題を変える。


「クラリス嬢は、普段は街に出ると何処に行く?」


 聞かれて私は、今日の予定を決めるためにここに寄ったのだと思い出した。食事を楽しんでいてすっかり忘れてしまっていた。


「そうですね……書店に行くことが多いです。あとは、公園を歩いたり、アレットや友人に付き合って服を見たり、皆でケーキを食べたりします。──こんな風に」


 私がケーキに乗った苺をフォークに刺して持ち上げて見せると、シリル様は安心したようにほっと息を吐く。


「つまり、この過ごし方は正解か」


「はい。ありがとうございます」


 憧れていたシリル様と、憧れていたパティスリーで食後のケーキを食べている。これが幸せでなくてなんだろう。

 心からの感謝を伝えると、シリル様の頬が僅かに染まった。それを誤魔化すように、また左手が眼鏡をくいと持ち上げる。

 顔半分が手に隠れて、離れたときにはもう表情は元に戻っていた。


「ではこの後は、書店に行こう。それから、少し私の買い物に付き合ってくれ」


「よろしいのですか?」


 私はぱっと顔を上げた。

 今日はデートだから、書店に行くことができるとは思っていなかった。しかし、気に入って買っている冒険小説の新刊が発売されたばかりなのだ。そろそろこの辺りの書店にも並んでいるだろう。


「ああ。クラリス嬢が楽しめるのが一番だ」


「ありがとうございます……!」


 前のめりの礼に、シリル様が笑う。


「そんなに好きか」


「えっ?」


 その短い質問にどきりとした私は、持っていたフォークをしっかりと皿に当ててしまった。

 かちゃんと大きな音がして、はっと手元を確認する。

 こんな初歩的な失敗をするなんて、気が緩んでいるのだろう。

 もうずっと前にジェラルド様から叱られたことを思い出し、私は身を縮めた。

 忘れていたのに。

 忘れようと、していたのに。

 もうこんな失敗はしないと思っていた。どうして、私はこういうときにきちんとできないのだろう。


「し……失礼いたしました」


「いや、構わない」


 そう言われても、幸せな時間に弾んでいた心は萎んでしまった。こんなところを見せられたら、シリル様だって幻滅するに違いない。

 私が何も言えずにいると、シリル様は持っていたフォークをおもむろにケーキの皿の上に落とした。

 私が立てた以上の大きな音がして、驚きに顔を上げる。


「シリル様!?」


 目の前には、シリル様がいる。

 何も持っていない右手をひらひらと顔の前で振って、目が合った私を安心させるように微笑んでいる。


「──……ほら、私も同じだ。気にするな」


 そう言った顔に、侮蔑の色は浮かんでいない。

 これまで、お兄様も両親も、私の失敗を注意することはあれ、それを理由に怒られることはなかった。そんなことをしたのは、ジェラルド様だけだ。

 それなのに、こんなに怖いと思ってしまうのは、シリル様と育もうとしている関係が『恋愛関係』だからだ。

 ジェラルド様とは失敗してしまったそれにまた向き合おうとしているから、私はこんなに怖いのだ。

 意識してしまうと、駄目だった。

 食事に夢中になってたときには忘れていた。

 シリル様は、私を異性として好きだと言ってくれていて、私はそんなシリル様に幻滅されたくないと思っている。

 優しい表情に、どうしようもなく安堵する。


「ありがとう、ございます……」


 私が目を伏せて礼を言うと、シリル様は皿の上のフォークを持ち、私にも食事を再開するよう促してくれた。

 私は意識して気持ちを切り替えて、紅茶を一口飲んでまたケーキを食べ始める。

 シリル様が安心したように目元を緩めた。


「礼を言うなら一つだけ頼みがある」


 だからその言葉に、私はすぐに頷いたのだ。

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