ひぇ、公爵家……
私はシリル様が待っているサロンに向かった。
扉の前で立ち止まり、ひとつ、深呼吸をする。
普段よりも軽いスカートにどきどきしながら、扉を叩いて中に入った。
「お待たせいたしました」
私に気付いたシリル様が、飲んでいた紅茶を置いて顔を上げる。
シリル様はシンプルなシャツとセーターを重ね、柔らかそうなウールのスラックスを穿いていた。温かそうなコートを横に置いている。
カジュアルな装いなのに貴族らしさが抜けないのは、やはり育ちの良さからだろうか。
「いや、さっき来たところだ。今日はあり……っ」
貴公子らしい柔らかな微笑みを浮かべたシリル様だったが、私の姿を確認した瞬間動きを止めてしまった。
私はみるみるうちに赤くなっていくシリル様を見て今更ながら不安になり、自分の姿を見直した。
着ているのは白いブラウスと白いカーディガン。そしてアレットから借りた、ふくらはぎにかかる丈の青いスカートだ。コートと靴はベージュのものを選んだ。
綺麗に巻かれた髪は、編み込みをしてハーフアップに纏めてもらっている。
普段は最低限しかしない化粧も、今日はアレットの監修でいつになく丁寧に仕上げられている。
しかし濃いわけでもなく、あくまで自然と魅力を引き出すような仕上がりなのは、普段から化粧に慣れているアレットの侍女のお陰だろう。ソフィが是非習いたいと直接掛け合っていた。
私は見たことがないくらい可愛らしく飾られた自分に慣れない感覚を味わっていたのだが、シリル様には変だと思われたかもしれない。
そうでなくても、なんだかデートに気合いを入れすぎたみたいで恥ずかしい。
「や、やっぱり変でしたか? すぐ着替えていきます……!」
今すぐにでもサロンを出ようと踵を返した私の腕が、シリル様に捕らえられた。いつの間にか椅子から立ち上がってここまで移動していたらしい。
流石現役聖騎士は早さが違う。──じゃなくて。
シリル様は、真剣な様子で口を開く。
「違う! よく、似合っている」
「……本当にそう思っていらっしゃいますか?」
「あまりに愛らしくて、驚いてしまった。その、クロードのところに来るときはもっと落ち着いた服装だったから」
シリル様の言葉に、私は納得して頷いた。
私がシリル様を見たことがあったのは、社交の場と、お兄様を訪ねていった聖騎士団の訓練場くらいだ。
社交の場では相応しい装いの中でも落ち着いた服装をしていたし、お兄様を訪ねるときは持っている服の中でも最も地味な服を着るよう言われていた。
アレットは反発してあれこれとお洒落をしていたが、私は読書の時間を削られるのも嫌で、言われるとおりにしてきた。
「お兄様達に言われていましたので……」
そう考えると、顔立ちだけの問題ではない。美容に気を遣っているお母様とアレットと比べて、私に華やかさがないのも当然のことである。
「そうか。クロードが言うことにも一理ある。……私のためにありがとう」
「たいしたものではないですから!」
「私はとても嬉しい。行こうか」
シリル様がさらりと言うから、私は一瞬眩暈がした。
私の腕を掴んでいたシリル様の右手が、そのままするりと私の左手の平まで下りてくる。
ぎゅっと掴まれてしまったら、もう頷くしかない。
「はい。よろしくお願いします……!」
そうしてやってきたのは、商業地区の中でも比較的買い物がしやすい通りだった。
高位貴族向けの超高級店が並ぶ通りと、庶民向けの量販店の並ぶ通りのちょうど中間である。書店や服飾店も多く、私が家族で買い物に来ることもある場所だ。
正直あまり高級すぎる店に連れて行かれたらどうしようかと身構えていたので、ほっとした。
シリル様にエスコートをされて馬車を降りて、そのまま手を軽く握られる。
当然のように握られているが、これもエスコートの一環だと自分に言い聞かせた。
「クラリス嬢は、今日は行きたい店はあるか?」
「いえ。何処に、とも言われておりませんでしたので……」
街に行くとしか言われていない状態で、どう予定を立てろというのだ。
私の返事を聞いたシリル様は、今気付いたというように右手を口元に当てた。なんとなく狼狽えている様子が可愛らしく感じられ、私は思わず口角を上げる。
私よりも大人の男性なのに、おかしなことだ。
「それはすまなかった。では、一旦カフェに入って決めよう」
シリル様は歩いていた大通りから、横道に入った。
「甘いものは好きだったな?」
「え? は、はい……」
ここは女性に人気の飲食店が多い通りだ。女性とデートなど気軽にしていなさそうなシリル様が、この通りに知っている店があるというのは驚きだ。
しかも慣れた足取りで連れてこられたのは、今一番人気と言われているパティスリーに併設されているカフェだ。行列を無視して当然のように予約客として中に入れられ、案内されたのは二階の個室だった。
個室と言っても窓は一面ガラス張りになっていて、開放感がある。
椅子に向かい合って座ると、落ち着いた印象の店員がメニューを持ってきた。
「ここ、気になってたんです。でもいつも埋まっていて、予約もできなくて。……どうやったんですか?」
やはり権力にものを言わせたのだろうか。
ある意味非常に失礼なことを考えた私に、シリル様は何でもないことのように種明かしをしてくれる。
「ここの出資者が私の母なんだ」
「ひぇ、公爵家……っ」
私はメニューを握る手に力を込めた。






