九十六話 『急転直下』
久し振りに味わった、この激烈な痛み。腹から命が流れ出てく気がするね。
「来いよ、ヴァンパイア」
私から流れ出る血が、私の意思によって蠢きだす。血が重力に逆らって上がり、剣を形作る。
これが血の魔剣『ヴァンパイア』
この魔剣は、所有者の『血』でできている。
この剣を使うためには、他の剣を使うとき鞘から抜くのと同じ感じで、私から剣を形作れるほどの血を出さなければいけない。だから魔剣を使うたびにお腹に剣を突き立てなくちゃいけないんだけど。
「ああ、痛ったいなあもう」
「魔剣ヴァンパイアですかぁー。……少々予想外ですね」
軽い言葉とは裏腹に額には冷汗が出てる。
私にも冷汗が出てる。これは痛みと焦りだ。まずい、お腹割ったから血が足りない。すぐに貧血になる。
「んじゃ、まずはちょっと血もらうよ」
「やめろ」
比較的弱そうで血が多そうな魔獣……バジリスクなんかいいな。すぐ傍へテレポート。呆気にとられてるうちに胴体に魔剣を突き立てる。
「ああー、生き返る」
魔剣ヴァンパイアは特殊だ。剣そのものが吸血鬼のような性質を持っている。
剣で血を吸え、血を使って攻撃もでき、血を変形させれば剣以外の形にもできる。
そして剣と私は繋がってる、臓器を引っ張り出して魔剣としているようなものだ。
私の血を使って普通に攻撃しようものなら一瞬で貧血になるから、魔剣で魔獣の血を吸って私の中に流れ込ませることで貧血を防ぐ。
毒々しい。
今の私は、体内に大量の魔獣の血が溢れかえっている。
気分悪いし吐きそうだしクラクラするけど仕方ない。副作用だ。
ただちょっと血の量が多すぎるな。
自分の首元に剣を刺し、血抜きをする。
「何……やっているのですかぁー?」
「ん? ちょっと扱いが難しいんだ、この魔剣」
血を吸わなかったらすぐに貧血。
魔獣の血を吸い過ぎたらコンディションが壊滅的になる。
私の体内に流れてる血が多すぎたらそれもまたまともに戦えない。
かといって血抜きし過ぎても痛みや怪我で動きに支障が出る。
これらの微調整を行いつつ血を使った遠距離攻撃と、変幻自在の剣を使った近接戦。これらを考えながら戦わなくちゃいけない。
「んまっ、全てをチャラにできる性能があるから使ってんだけど」
「そんな満身創痍のあなた、いくらヴァンパイア使いでも負ける気がしませんねぇーえ」
「やってみろよ」
待ってて怠惰、すぐに片付ける。
優先順位としては怠惰を助ける、こいつを殺す、の順だ。取り敢えずこいつをぶち殺すのは後回しだ。まずはこの外にテレポートできないように結界張ってるガーゴイルを倒す。
結界を四方から維持するようにガーゴイルは鎮座している。
ちょっと尋常じゃない守りだ。周りにS級魔獣が大量にいる。
まあ、関係ないけど。
「死んでくれ」
パッとガーゴイルの目の前にテレポートする。守りなんか関係ない。
呆気にとられている魔獣たちを尻目に頸に向かって剣を振るう。首に届く寸前、いち早く反応したミノタウロスの大斧が私の剣を受け止め撥ね返す。
四方八方から魔獣が押し寄せてくる。
「切り裂け、ヴァンパイア」
剣を高々と掲げ、剣から周囲の魔獣たちに向かって、血の刃が噴き出した。
無差別に、無慈悲に、血の刃が周りを蹂躙する。至近距離で大量のそれを受けたミノタウロスは絶命する。それ以外の魔獣も相当のダメージ。
「やばい、血が足りない」
生き血しか吸えないんだ。ちょっと瀕死のバジリスクから血を奪う。ドクドクと体が波打つ。心臓が何個もあるみたい。私の中にたくさんの魔獣が生きてるみたい。
「邪魔がいなくなったところで、さようなら」
大量の血の刃で敵が来なくなったその一瞬。その一瞬でガーゴイルの頸を切り飛ばす。
「結界は!」
「追え! 魔獣ども!」
結界が開いた。それと同時に私を逃がさまいと命令を受けた魔獣が一気に押し寄せてくる。
「遅いよ魔の支配者。それじゃ私に追いつけない」
空にテレポート。
見つけた。通り一杯の家が爆散してる。あそこだな。
見当をつけてテレポート。
怠惰はどこだ?
後ろからものすごい衝撃音が聞こえる。ビリビリと空気を震わせる衝撃。間違いない、そこだ。
「怠惰! ……っあ」
そこには鬼が立っていた。激烈な殺気をまき散らす鬼。正直さっきの魔獣たちとは比較にならない。
そして、全壊した家に打ち捨てられているのは怠惰と……二人の子供。容赦なく赤い拳が三人に迫る。
「ちょっと、待てぇ!」
鬼の前にテレポート。ぞっとするほどの殺気が私の方に向く。固まるな私、剣を、出せ!
「づっ!」
「……」
受け止めきれない程の威力。マジかよ、こいつ強すぎだろ。全力で衝撃を横に流す。
「はっ、ふー」
「……いぎでるのが?」
「大丈夫、怠惰? 遅くなってごめん」
「おでごぞごめん」
ごめん? 馬鹿を言うな。元々怠惰は一対一に向いてない。どっちかというと多対一のサポート。
「よく、持ってくれた。後は任せて」
剣を正眼に構える。こいつは修羅だ、半端じゃない。私も命を懸けないと無理だ。
「来い、私が相手だ」
「……!」
一瞬、目で追えなかった。直後目の前に拳が迫っている。
「……!!! 避けろっ!」
反射、完全に。S級冒険者としてやってきた経験と勘が私を動かしてくれた。ギリギリのギリギリで真後ろにテレポートする。当たらなくても風圧が私の頬を撫でる。
次!
右からの強烈な蹴りを、剣を盾に変えてガード。
「ぐっ……」
盾でも威力を殺し切れない! 続けざまに飛んでくる拳はたまらずテレポートで避ける。
無防備な背中。盾をナイフに替え突き立てようとする。
一歩踏み込んだ直後、振り向きざまの回し蹴りが頭の上を通過する。しゃがんでなかったらスプラッタ……!
「頑張っているようでぇーすね。ピエロドール」
チラリと上を向くと不死鳥に乗った魔の支配者。気のせいじゃない、鬼の力が上がった。支配をこいつに絞ったのか。
前、右、上……全方位からほぼタイムラグなく迫る攻撃に短剣を合わせるので精一杯だ。マジでテレポートする余裕がない。しかもほぼ勘だこんなん。
「う、おおぉっ!」
正面に飛んできた拳に剣を合わせるが受け止めきれない。たまらず後ろに吹っ飛ぶ。
容赦なく迫る。態勢を崩した獲物を取り逃がさぬよう、不可避の爆発するような蹴りが一瞬前まで私がいたところを通過した。
後方にテレポートしなきゃ死んでた。呼吸を整え――
「うんっ!?」
上空から不死鳥の炎が降ってくる。前からは鬼。避けれないっ!
「ぐえっ」
横腹にキレイな回し蹴りがめり込んだ。骨が砕ける感触を感じながら派手に吹っ飛ぶ。半壊させるほどの勢いで民家に突っ込んだ。
喉に溜まった血を吐き出す。足りない、このままじゃ血が足りない。鬼から一滴も取れてないんだ。本当にまずい。このままじゃ怠惰と私とあの子たち、全滅だ。
爆風と間違うような衝撃がが家を襲う。家から放り出され、宙を舞う私の視界に魔の支配者たちが入る。今しか、ない!
「テレポート!」
魔の支配者に肉薄する。私は満身創痍。だけど、こいつを殺せば!
「甘いですねぇーえ。後ろ」
剣が振り下ろされる寸前、殺気が私を捕まえた。空中だし咄嗟に逃げる間もなく、右肩に踵落としが炸裂し、地面に叩き落とされる。
「はぁっ」
膝と手を付いて休む間もなく。お腹を蹴り上げられる。空中に打ち上げられ、咄嗟にガードしたけど強烈な重い突きが私に突き刺さり、木の葉のように舞う。
「駄目だこりゃ」
「……」
私をもう敵としてみていないのか、悠々と鬼が歩いてくる。
テレポートするかもしんないのに余裕だね。もしかしてもう魔力がないのバレてるのかな。
「ごめん、皆」
鬼の肩に手が掛けられる。誰?
すぐさま、私の横に捨てられる。
「怠惰?」
「……、じぬどぎは、いっじょになっぢまっだみだいだな」
「はっ、なんだそれ」
そのためだけにここまで歩いてきたの? もう死ぬのに、馬鹿か。
「殺せよピエロドール。絶対にギルドの皆が、お前らを殺すよ」
ゆっくりと手が迫る。死を覚悟して、目を瞑った。
瞬間、大きな衝撃が空気を揺らす。何が起こった?
「ん……?」
視界にぼんやりと移るのは赤いマント、ローブ。アーロン君かな?
「もう大丈夫、よく頑張ったよ」
「……紅桜さん?」