九十五話 『真の剣聖』
八分強、この時間を過ぎると俺は全く戦えなくなる。どれだけ頑張ってもこいつを倒すのが限界や。他のサポートには行かれへん。
「やったら、絶対ここで倒し切る」
他んとこには迷惑かけられへん。やるぞ、俺に力を貸せ、草薙。
『任された』
「なら安心や」
一瞬見せた未知の力を前に、様子を見ようと止まっている龍神。
距離は十数メートルある。普通なら剣なぞ当たらない。
俺はお構いなしに大きく振りかぶって、振り下げた。
「は?」
時間制限とペナルティ――その分、他の魔剣とは一線を画す力。
剣圧が地と空気を抉る。間合いを鼻で笑うかのような範囲攻撃。衝撃波がモロに龍神へぶち当たる。
「なんだ……さっきまでとは別人ではないか!」
「そらそや、こっちの切り札やてんから」
龍神からしても瞬間移動のような速さで肉薄する。
声を上げる暇すらない。腕を飛ばすように斬り上げる。
「づっ!」
先程までの抵抗は嘘のように易々と切れる。
凄まじい全能感やな、今ならどんな敵にも勝てそうや。
すぐに剣を戻し、胴を両断しようと走らせる。
しかし、手に残ったのは想像よりも遥かに軽い感触。
「いいところやってんのに逃げんなや」
「この……!」
寸前で宙に飛び上がられた。やけど、それで逃げたつもりなんか?
「ほらよっ、と!」
ただ思い切り跳んだだけで上空にいた龍神と龍たちに迫る。
深呼吸。悠々と型を構える。
「草薙・竜巻」
「ブレスだっ! 龍どもよ!」
本来なら異次元の破壊力で全敵を絶望に陥れるであろうブレス。しかし、今の俺にはそよ風程度やね。
草薙から生み出される風の刃が龍を散らす。鮮血が大量に噴き出した。
ロキの助けがないから足場がない。一回の攻撃ごとに地面に落ちるのが面倒やな。
もいっかい、竜巻。
地上からの攻撃だが、裕に届いた。
風の刃が龍たちの牙を折り、顔を割り、翼を切り裂く。瞬く間にほとんどの龍が死んでいった。
あと何分?
『約六分だ。余裕だな?』
「さあどやろ。あのボス次第やな」
大声で龍神を挑発する。
「お前の仲間はいんくなったでー! ……タイマンや、俺が一瞬で殺したる」
怒りでか目をぎらつかせて突貫してくる。
いつもの剣の時は慣性無視の急停止にヒヤヒヤしたけど、そないな心配せんでもええのは楽やね。
「草薙・疾風」
竜巻よりも個に重きを置いた攻撃。手数こそ少ないが正確、高威力の真空波が向かう。
だが相手も強敵。絶妙な停止と加速によって微妙に躱される。
「む、意外と……当たらんな」
「龍の仇だ」
一瞬のうちに近づかれ、高速の爪撃が繰り出される。俺の顔をぶった切ろうかという、殺気のこもった攻撃。
咄嗟に剣で受ける。不利な体勢だが、無理やり強靭になった足腰を使って体を起き上がらせ向かい合う。
剣と爪が競り合っている中、足を使った不意打ちで龍神を蹴飛ばしたる。
「草薙・噴火」
その場で思い切り剣を地面に叩きつける一見意味不明な行動。
やけどな、びっくりするで。
「かっ、ゲホッ」
「一気に畳みかけるぞ、草薙」
『心得た』
龍神が体勢を崩したその隙に勝負を決める。
俺に残された時間は少ない。この大チャンスに賭ける。
「草薙・吹雪、からの――竜巻や」
「チイッ、この、人間!」
猛攻に耐えきれず空へ逃げようとしやがる。
「いやちょっと待てや、まだ俺のターン!」
「ぐおっ!」
俺も飛び上がって、奴の足を掴み地面へと叩き戻す。そのまま草薙・雷。追撃を加える。
龍神は見た感じ満身創痍。傷の回復も全然間に合ってへん、人間やったら、ていうかどんな魔獣でも死んでる傷やろ。
「あんたはどうやったら殺せんの」
「お前程度には殺されねぇよ」
「答えになってへんわー」
また空へ逃げようとする。
「いい加減に、しろやっ!」
「っ!」
横腹に回し蹴りが綺麗に入る。
そろそろ死んでくれへんかな。体ボッロボロやんけ。
あと何分?
『三分、いよいよ時間が減ってきたぞ』
「そらやばい」
俺の心に若干の焦りが芽生える。焦ったらあかん、そう分かってても気持ちが逸る。
「逃げんなよ!」
「龍の主戦場は空だぞ、飛べない人間よ」
「えっらそうに」
「その剣……魔剣だろう。そしてその異次元の力。なぜ先程まで使わなかった?」
こいつ……気づいてんのと違う?
時間稼ぎに徹されたら――!
「答えは明確だな。大方時間制限でも、あるんだろう?」
「そんなんないわ」
「逸るな若造」
挑発するような口調で……!
飛べない、いくら草薙使ってても飛べないけど。ひたすら跳ぶか。
「では我はここで時間切れまで悠々と待とう。幸いあの斬撃もここまでは届くまい」
「俺が跳ばれへんと思うなよ!」
全力でジャンプ。察した龍神がさらへ上空へと上がるが問題ない。
「この剣は、強いからなぁ!」
ギリギリと音がなるほど限界まで腰を捻る。
「振るだけでも、斬撃は飛ぶ!」
思い切り剣をその場で振る。奴との距離は十数メートルあるがそれを無視して衝撃波が飛ぶ。
「草薙・疾風」
数発鋭い真空波を放つ。奴の腕を切断するが殺すまでは至らない。そこで地面へと落ちた。
もう一回。さらに高くや。
「届けぇ!」
ぐんぐんと上昇する。奴は今度は上ではなく横へと逃げた。英都の中心方向へだ。
「うらっ!」
「かふっ、この、野郎」
龍神は凄いスピードで英都の空を駆ける。中心方向へ向かってひたすら逃げる。
俺はそれを全力で追う。飛んで落ちての繰り返しだがこっちも超スピードで追う。
時間は、残り一分を切る。
『剣聖よ、間に合わないぞ』
「なんか有効な技とかあったっけか」
『奥義を使え。覚えているか』
あー、そんなんあったな。冒険者になってから使ったことないけど。
なんやっけ、草薙出してる時しか使われへんやつよな?
『そうだ、まさか忘れたわけではあるまい。自然の型に加えて三つあるものだ。構えろ、少し補助する』
「そら助かる」
確か奥義は三種類。力に重点を置く『流星』、速さに重点を置く『光』、そして全体範囲攻撃『天照』
『だが使えない剣聖たちも多い。それに消耗も激しい。故に最後まで薦めなかったのだが』
「やってみるわ」
深く深呼吸。思い出せ、身体に刻み込まれた技を。
「やるぞ草薙」
『ああ』
「自然の型奥義・草薙・天照」
「む?」
俺を中心として、まるで太陽が光を出すが如く、全方向に斬撃が繰り出される。
一瞬後、街は怪物が通り過ぎた後のように破壊される。家は全壊し、道路はひび割れる。
「龍神は――!」
『下だ!』
唖然としたような顔で俺を見つめている。
手足が切断され、体も裂傷が激しい。
「魔王様に……人間は強いって言っとけ」
「……なんだ。今の技は」
「奥義・草薙・流星」
最高の形で剣が走る。視線が交差する。
草薙の力を存分に発揮して放たれるその技は、いとも容易く龍神の胴と首を分断した。
すっと目から生気が消え失せた。
「はあっ」
『時間切れだ』
「倒し、切ったぜ」
龍神の亡骸の隣に、俺も思わず倒れ込んだ。