九十四話 『欠けている決め手』
土壇場、狙っていたんじゃないかというほどギリギリのタイミングで出てきたキング。
悔しい。戦いの主役をいとも簡単に奪われたことに焼けるほどの悔しさを感じる。
だが、この背中は、圧倒的な頼もしさだ。
「まだ動けるな?」
「当然」
「俺もやるわ、いつまでも見ていられへん」
「俺も」
単純に俺への注意はさっきの四分の一。餓狼の王の実力も加味すれば遥かに割かれる意識が減る。
キーは俺ら三人だ。
餓狼の王と不死王の実力は拮抗している。前回やられた奴の切り札はもう既に切らせてることを考えたら少し優勢か。
この拮抗状態を打ち壊すには、ほとんど意識外にいる俺らが戦局を動かすしかない。
「あのクソ硬い結界をぶち抜くぞ」
「ワオオォォォンッ!」
都市中に響き渡るほどの遠吠えが発せられる。
それが合図だった。
キングは白い残像だけを残して、目で追えない速度で駆け出した。
不死王は先刻のモーション。今度は詠唱がない。
咄嗟にそこを飛び退いた。一瞬後横を灼熱光線が通過する。地を焼き、空気をひりつかせ、遥か後方まで焼き溶かす光線だ。
「ラルフ、シン!」
「何とか生きてるわ!」
「――ッ、死ぬ!」
餓狼の王は不死王へと肉薄する。
俺の動体視力じゃ完全には見えないが、互角のようだ。だがこっちに魔法を飛ばす余力は、あるらしい。
壁のような氷が迫り、雷が雨のように降ってくる。
後ろの二人を気にする余裕はない。
全力で重力の壁を張り、迫る氷を破壊する。降ってくる雷なんぞ見えない。間接視野で把握してギリギリで避けきる。
息を整える暇もない。肺が、裂ける!
「っ、やば」
踏ん張ろうとした時、切られた腹が痛む。力が入らないで硬直する。隙間を縫った風刃が足を深く削っていく。
近づけない、あと十メートルが縮まらない!
「男はーっ、度胸や!」
無限に迫る風刃が止められる。
「ラルフ……」
「俺らは! 一人じゃ絶対近づけんから!」
「サポートするよ」
ありがたい。氷と風刃、それを気にしないだけで大分楽だ。上を気にするだけで済む。
ガンナーと魔剣、ラルフの剣術のサポートで何とか進める。二人の血が頬に当たる。全部を捌き切れる訳がない。文字通り肉壁になってくれてるお陰で進めてる。
いい感じにキングが気を利かせて後ろに回る。不死王は俺たちに背を向けてる。
「邪魔くさいわ、ねっ!」
突如、何かが俺の体を揺らした。内臓が掻き回されるような感触だ。
「くあっは」
魔力か。魔力を魔法にせずにそのまま放出したのか。
……この怪物め。
だが、俺がこの程度で済んだのは前の二人の犠牲があったからにすぎない。
「がっ、は!」
「ぷはっ」
俺の目の前で血を吐きながら崩れ落ちた。
ごめん、介抱はしないぜ。このチャンスは――逃さない。
もちろん魔法なんて奴に効かない。
パンチをしても結界は破れない。
もっと研ぎ澄ませ。魔法の威力、筋肉の力をたった一点に凝縮しろ。指先一点。全威力をそこに込めて、貫く!
「はぁっ!」
餓狼の王に顔を向けてた不死王は俺の方を向いていない。結界で防げると過信してる。
その後頭部を弾け飛ばす!
超重力を纏った俺の右中指は硬い感触を――突き破った。その勢いのまま不死王の頭を貫いた。
★ ★ ★
キングが驚きの目で俺を見つめてくる。正直四対一ではなく不死王とのタイマンだと思っていたんだろ。
「なわけあるか、忘れるな、俺を」
中指への尋常じゃない負担。多分次やったら折れる。
「人間……、つくずく鬱陶しいわね」
血塗れで顔が潰れてる状態で恨み言を吐く。
「不気味だなぁ、まさにアンデッド」
「あんたも殺す。本気の私に傷をつける奴は、消え失せろ」
距離は取らない。多少の被弾は覚悟して攻撃をやめない。
左肩と引き換えに奴の左腕も貫手で刈り取る。前後で激しい攻撃に囲まれてる不死王には生傷が増えていく。
バッキバキに折れた指をまだ酷使し続ける。
数回目、奴の結界を破り、顔に傷をつける。魔法なら予測したいた、しかし、腕をがっしりと掴まれた。
「っ、痛いなっ」
「……おおおっ!」
余裕な様子じゃない。血塗れで顔がない女に腕を掴まれている状況に生理的な恐怖を感じる。
今ここに雷なんか落とされたら死ぬぞ。
「離せ怪物!」
「オオオッ!」
見た目にそぐわぬ怪力。易々と俺を宙に持ち上げた、困惑する間も無く、地面に叩きつけられた。
体がひしゃげる。思い切りバウンドして遠くに倒れ込む。
ごめん、ちょっと舐めてた。餓狼の王がいたら絶対勝てると思ってた。
……そんなこと、ない!
立ちあがろうとした瞬間、さっきの感触。発された純粋な魔力で内臓がぐちゃぐちゃになる。思わず地面にまた倒れ込もうとした。
しかし、地面には着かない。地から飛び出してきた槍がピッタリ俺の肋を直撃する。
ベキベキと骨が砕け散る。
槍はまだ止まらず、俺を遥か遠くまで吹き飛ばした。
★ ★ ★
アーロンはどこか遠くに飛ばされた。……また一人で戦うのか。正直今の不死王……魔法を山のように使っている本気モードのこいつとは相手したくないな。
後ろの二人も頑張ってはいるが……いかんせん、その傷と技術では無理だ。
降ってくる雷の直撃を避け、余波は毛皮が勝手に防ぐ。目の前からノータイムで放たれる魔法の数々を寸前のモーションだけで見切り、爪で流す。
時々くる大魔法は体ごと避ける。隙間を縫って魔力を使った攻撃を仕掛けていく。
しかし、これでもかなりの被弾……我の魔力が尽きたらどうしようもない。奴の魔法を封じたいがこやつの魔法はこやつしか使えん。
だが――アリスに変わったところで一瞬で死ぬだろう。
チイッ! あと少し! 癪だがもう少し誰かの力を借りないと敗北だ!
「この高みに来い、貴様ら」
我は小声でそう祈った。
★ ★ ★
迫りくる魔法を躱すので精一杯や。こんなんまさに壁や、どうやってすり抜けんねん。
アーロン。
自意識過剰かもしれへんけど、ちーっと前まではおんなじくらいの実力やと思っててんけど、なんであんな強いねん! 何があった!? その差は何や!
明らかに俺らにくる魔法の量は少ない。完全に空気! なんなら足手纏いや!
「んなん納得、できるかぁーっ!」
探して今この場で創り出しいや!
剣も、魔剣の扱いも今ここでは進化できひん。やったら――魔法! ナンバーワンに言われたやろ。
『魔法の拡張』
モノにしろ。役に立て。こいつらに置いてかれるな。
勝利へのラストピースを埋めてやる。やるぞ、今、進化や。