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九十三話 『泥臭くも美しく』

「怠惰!」



 あっという間だった。怠惰が(ピエロドール)に引きずられて見えなくなってしまったのは。まずい、もうあいつはまともな魔法が撃てない。早く行かないと!



「絶対許さないわよ、あんた」

「結構ですとぉーも。それに……彼の所には行かせませぇーんよ」



 何度も角を曲がった程度で私を撒いたつもりなのかしら? 甘いわよ。舐めるな。そんなの一瞬空にテレポートして地上を見れば簡単にたどり着ける。



「あんたに私を邪魔することなんてできるわけないでしょ」

「いえいえ。ガーゴイルがいるんでぇーすよ」



 ガーゴイル? 洞窟や廃墟とかにたまに住み着いているS級魔獣だけど……固有魔法は呪い。ただ私を状態異常にすることぐらいしかできない。そんなの障害にならないわよ?


 まあいいわ。このやり取りですら時間がもったいない。



「『テレポート』」

「ガーゴイル。固有魔法……『結界』」

「っ! 何よ!」



 上空にテレポートしようとした瞬間、何かに弾かれた。空間を移動中に何かにぶち当たったみたいな感触。剣聖さんに魔法を消されたように唐突にキャンセルされた。



「言ったでしょう。ガーゴイルがいるんでぇーすよ」

「……何よこれ」



 暗かった空は見えない。大通りも、住宅街も、空にいた龍たちも見えない。不思議なベールでここら一帯が覆われてる……?



「結界なんて魔法使えないでしょ」

「私のガーゴイルは魔王様から賜った特殊個体でぇーすから。性能も違うのですよぉー」



 何が何でも私と怠惰を分断したいのね。ああ、殺したいわこの外道。さっさと怠惰の所に行かせろよ。取り巻きが囲んでて奴を殺せないのがもどかしすぎる。



「速攻殺すわ」

「やってみなさ――」


「来い、魔剣ヴァンパイア」



 その名を出した瞬間、魔の支配者の顔が一瞬で青ざめた。滑稽な間抜け面に笑いが漏れる。その表情を嬉しく思いながら、私は自分の腹に剣を突き立てた。



 ★ ★ ★



 痛みで動けない、というより体の機能的に動けねぇ。


 目の前の鬼は主の下を離れても滑らかに動く、まるで意思があるようだ。しかも瀕死の俺に恐怖を抱かせるためかまだ殺さない。道化の人形は割といい奴だったんだが……性格まで主に似てきてねぇか?


 これは死んだなー、って俺の儚くも短い人生はここで終わりか? ずっと戦ってばっかで大して面白くもねぇ人生だった。




 そういえば童子に金貨五枚借りたままだったな。服屋に行って会計で財布を盗まれてたことに気付いたときだ。あんときゃ情けなかったな。童子は爆笑しやがった。


 あいつ金返さなかったら怒るよなあ。ってかその腹いせに葬式の時にそんなエピソード話されたら恥ずかしくて成仏できやしない。ギルド長にも笑われんだろうなぁ~。



 ……まだ死ねねぇわ。少なくとも金返して童子があのこと忘れるまでは死ねねぇな。仕方ねぇなぁ~。



「面倒なごど思い出しだぜぇ~」

「……?」

「不思議だろうなぁ~。こんな瀕死で生に興味無さぞうな俺が息吹ぎ返じでんだがらなぁ~」



 しゃあねぇ。今日で喉が潰れようが知ったこっちゃあねぇ。幸い一組は優秀な後進が育ってきてるし……いや、俺がいなくなったらS級の空きは二つになるのか。俺が抜けたら駄目じゃねぇかこん畜生。まだ引退できねぇなぁ~。



「『吹き飛べ』!」

「……!」



 家の中から鬼が飛び出る。勢いのまま道路に打ち捨てられるがすぐに起き上がりやがった。と同時に喉が捻じられる、魔法が囁く、これ以上使うなと、お前の喉を持ってくぞと。


 知らねぇよ。どうせどんな怪我でも女神がいれば全快すんだ知ったこっちゃねぇよ。今はただ、この化け物を、ぶっ潰す!



「なんでごんな損な役回りなんだが。俺はザボードのはずなんだがなぁ~」


「なあぁ~、どう思うよお前! 『捻じれろ』!」



 渾身の力を乗せて言霊を放つ。なんとか腕を変な方向に曲げることまでは成功するが、それ以上は見込めない。


 変な方向に捻じれた腕をものともせずに振るってくる。まともに回避行動もとれない。ド派手に家をぶち壊して吹っ飛ぶ。


 こうなりゃ殴り合いだ。俺が死ぬまで。



「はっ、『崩れろ』」



 俺が倒れこんでいる家に突っ込んでくる鬼を巻き込むように辺りを崩す。大量の土煙を上げながら家が数軒崩れ去る。瓦礫が狙い通り鬼の上に降りかかる。


 だが俺の真上からも長い柱が落下してきた。寸前、それに気づき横に倒れこみ何とか回避する。しかし目の前には少し汚れた……赤鬼。



「!」

「ぐあはっ!」



 腕をクロスして正拳突きを受け止めるが勢いを殺し切れずに後ろへ吹き飛ぶ。



「『止まれ』」



 空中に躍り出た俺を強引に止め、衝撃によるダメージを防ぐ。間髪入れずに鬼が迫る。少々大振りの回転蹴り。見えるぞ、甘いな怪物。


 体が動かないから躱せはしない、だったら、相打ちだ。


 足が俺に届くまでのその一瞬痛む腕を前に突きだす。回避行動をとると思っていたであろうお前の顔はがら空きだ。思い切りそのムカつく顔を握りしめる。



「『潰 れ ろ』」



 喉が限界を越えている。囁くような声しか出なかったがどうにか発動できた。顔の形がひしゃげる。ゆっくり時間をかければ潰せたかもしれないが現実の時は進む。

 怒りに満ちた赤鬼がその激情のままに足を蹴りだす。掴んでいた右腕に強烈な力がかかり、俺本体は軽く派手に吹き飛ばされる。


 完全に右腕の肘が外れた。



 受け身を取ることもままならずに高速で吹き飛ばされた俺はいくつもの家を貫通し、次の通りまで到達する。地面に思い切り捨てられた。


 間髪入らずに鬼が間合いを詰めてくる。

 ちょっと時間ほしい。頼む、発動してくれ。



「『落ぢろ』」



 最後の家の中を疾走しているとき、豪快にその家が崩れる。少しの足止めにはなるか。

 一言、この言霊を言わないと多分俺が持たない。



「『治れ』」



 喉以外、すべての体の部位が少し治る。痛みは和らぎ動かせる状態になる。依然まだ重体だがすぐ死ぬってことは無くなった。まだ、戦えるぞ俺は。



「『爆ぜろ』」



 鬼が崩れた家の瓦礫を吹き飛ばして脱出してくるであろう寸前、家が爆散する。もろにそれを喰らい、尚且つ熱や爆風も瓦礫に閉じ込められて二倍三倍の威力で鬼を襲う。


 口の中はもう血の味しかしない。胃の中も血だらけで気持ち悪い。声も出ない。いよいよ物理的に撃てる言霊はあと数発だろう。根性論ではどうにもならない領域に突入中だ。



 だけど、限界越えるんだよなぁ~、そうだろ、S級は逃げられねぇし負けられねぇ。



「俺はまだ……だだがえるぞ! ピエロドール!」

「……!」

「ごい」



 怠惰、今の俺にそんな片鱗はないだろう。


 無い力を振り絞って拳を形作る。殺気だって迫る鬼の顔面に照準を合わせる。



「『弾げろ』」



 一瞬だけ早く俺の拳が奴の顔に当たり、言霊も発動し衝撃を与える。しかしそれで攻撃が止まる奴じゃない。態勢を崩して威力が多少減った体重の乗った突きをもろに喰らう。


 後ろの家の扉を破り中に倒れこむ。そこにはまだ逃げ遅れた人がいた。


 小さな……親は死んだのだろうか、兄妹二人で縮こまって隠れている。なるほど、こりゃこっから一歩も譲れねぇ。S級冒険者ってこういうもんなんだろ、女神先輩。


 悪鬼のような恐ろしい顔をした鬼がゆっくりと迫る。そして瞬間、走り出す。


 不安そうな顔をした兄妹に向かって、声は出せないから笑いかける。普段笑わないから歪だったかもしれないが、安心しろ、という思いが伝わるように笑ったつもりだ。



「『守れ』」



 強烈な前蹴りが直前で創り出した盾によって止められる。あと出せて一回。言霊が限界だ。


 今、度重なる連続攻撃で盾が破られた。次の攻撃が俺たちの届くまでの刹那の時間、俺は考える。最後の言霊を。泣いても笑っても死んでもこれが最後。過ぎた命令かもしれない、だが、世界よ応えてくれ!



「『生きろ』」



 俺たち三人、次の攻撃で死なないでくれ。

 間違いなく今までの中で最も強い攻撃が一帯を吹き飛ばした。

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