九十二話 『覚悟の決め時』
「アナスタシア!」
俺は切られた衝撃で次の足場に移動することができず落下する。
そんな手負いの俺を見逃してくれるわけもなく、龍神がここぞとばかりによって来る。あかん、ちょっと待てや。この態勢崩した今は死ぬ。
「ロキ!」
「任せろ! 死ね龍神!」
無数の、空を埋め尽くすほどの氷槍が俺と龍神の間に生み出される。落下する俺を龍神から守るように展開してくれた、サンキュやロキ。
「む、厄介な。邪魔だ」
ブレスで一思いに消し去ろうとするが、それは許さない。ブレスを無効化する。
突進しようとする龍神も槍の中進むことはせず、落ちる俺をじっと見つめていた。
ロキが地面から出してくれた氷の上に優しく落下する。ちょっとばかし背中が痛いけどほぼ無傷、助かった。すぐにロキも降りてくる。
「大丈夫か!」
「あかん、俺ちーとあいつ舐めてたわ。変な能力持っとる……爪とブレスだけやない」
慣性を無視した急停止、からの避けたはずなのに当たった凶刃。
そっから考えるに奴の固有魔法は物理法則無視? いや、それは流石にやりすぎやろ。そこまで強い能力やないはずや。
「戦ってく中で見つけるしかないなあ」
「取り敢えず傷を塞ぐぞ」
「おおきに」
ロキの手を俺の横腹に押し当て、焼く。ジュッと嫌な痛い音がするが我慢、しゃあない。そして速攻凍らせる。一応の止血は出来たか。
「魔剣は……抜くのか?」
「まだや。あれは時間制限があるから決め切らなあかん。まだ使うには早いわ」
その言葉を皮切りにまた空へと駆ける。龍神は上手い具合にさっきの槍に追われてる。この一瞬の回復が出来たんはロキのおかげや。
「いくで」
「おう」
龍神へと向かって真っすぐ駆ける。丁度奴も槍をすべて破壊し終わったところだった。目が合う。恐ろしく鋭いその目が俺に突き刺さってくる。
「怪我の調子はどうだ」
「すこぶる快調――や!」
白刃・疾風――
真空波が狙い通り奴の顔面に突き刺さるが見た感じ効果なし。やっぱ直接斬りつけるしかダメージにならへんな。
……正直、嫌やわあ。こいつと至近距離で斬り合うん。
「白刃・雪崩」
次の足場を蹴りつけ大きく跳ぶ。
龍神の視線が上に移った瞬間、下から爆炎が起こる。
「凍れ」
空間ごと氷漬けにする。捉えた、静止状態から逃げられはしない。と思ったが氷の中に奴はいない。静止状態から最高速で逃げやがった。
「やけど、見えてんで! そこや」
上から剣を叩きつける。肩のあたりから袈裟懸けにするつもりやったけど直前で腕に止められる。あかん、一番堅そうなところや。
「チィ……!」
「切れろ……っ!」
固い鱗が剣を通さない。相当の速度、威力で斬りつけたと思うんやけど、まだ足りないんか! 固すぎやろ!
すぐさまロキもアシストに入る。氷で創った剣で俺が斬ってる腕の真下から斬りつける。やけど斬られへん。この間、数秒。
「「きれろ……っ!」」
「邪魔だ!」
事態を把握した龍神が下にいるロキを思い切り蹴り飛ばす。同時に俺に自由な方の手で掴みかかってくる。
これは大振りに避けなあかん奴!
大袈裟に後ろに飛ぶが……ない。足場がない。俺の足は空をきる。
「ロキィ!?」
「悪い!」
その隙は致命的。なんとか次の攻撃が来るまでに足はつけたが態勢が悪い。迫る凶刃を剣で受け止めることには成功するが簡単に押し負ける。その崩した態勢に深々と爪が――刺さりそうになった。直前で何かに止められる。
「ギリッギリセーフだ」
「サンキュ……」
ロキが近づき、伸ばした氷の剣がなんとか爪を止める。
お返しとばかりに無茶苦茶な範囲の大爆発。龍神を上手く巻き込めた。
「ずっと動きっぱなしは疲れんな。空中やから止まれへん」
「大袈裟に避けるのに慣れてなかった。すまない」
「全然ええよ。にしてもナイス大魔法」
すぐに煙から飛び出してくる何かが見えた。目で追えない速さで俺らの周りを周回してるようだ。
この速さから慣性無視、伸びる凶刃の攻撃されたらちょっとたまったもんじゃないな。
「来るぞ、集中しろよ」
「ああ、もちろんだ」
今、背後――!
目の端で残像を捉える。まだだ、まだ早い、躱される。仕掛けるなら確実に間合いに、入ってから――!
間合いに入ったのを確認した瞬間、振り向きざまに神速で抜剣する。狙い違わずその剣は頸に直行するが……空を切る。
「理不尽すぎやろっ!」
「前だ!」
俺が剣を振った瞬間、前進から最高速のまま後進。一切の硬直なく方向転換できるのか。
振り向いて完全に後ろに体が向いてる俺の前に龍神が突進してくる。辛うじて氷の剣が凶刃を受け止めるが、氷の剣が砕け散った。勢いのままにロキの腕を爪が縦に割く。
「づっ!」
「この……!」
続けざまに全方位から縦横無尽に攻撃を加えてくる。速い、強い、理不尽やなっ! こっちは防戦一方や!
「あれやるしかねぇだろアナスタシア! このままじゃ致命的な一撃を――!」
「その通りだな、人間よ」
死角に設置したはずの氷の盾を突き破って爪が襲い来る。
一瞬反応が遅れ、上方から来る攻撃を受け流せずに俺たちは地面へと叩き落とされる。すんでのところでロキが創った氷に落ち、致命傷は免れる。
「かはっ」
「次来るで! 起きや!」
一瞬の猶予が欲しくて上に炎の壁を張る。しかしそんなものを諸共せずに龍神は特攻してくる。
目の前に迫る龍神に、全力の速さで剣を突く。意表を突けると思ったが首を傾げて寸前で避けられる。直後、喉元に迫る鋭い爪を鞘で受け止める。
俺に注意が向いたと思い、氷槍を横から放つが砕け散った。
「いや強すぎん」
技出す暇さえない。迷いなくミスなく最速で剣を出し続けなければどっちかが死んでこの戦線は崩れ去る。
やけど、俺にはまだ魔剣草薙を使う決心がつかへん。時間制限、しかもその後俺はほぼ動けんくなる。絶対に時間内に仕留めなあかん諸刃の剣や。
「考え事とは随分余裕だな」
「黙れ」
龍神が上に飛び上がったその瞬間に技を出す。そろそろ状況を動かしたい。
地面だから使える型――白刃・噴火。
地面に剣を叩きつけ、ロキに接近してる龍神目掛けて衝撃を飛ばす。
「何……?」
龍神の体が揺れ、動きが止まる。その隙を俺たちは見逃さない。剣を構えながら走り寄る。龍神は動いていない! 当たる。
「白刃・雪崩!」
「喰らえ爆炎! ――あ、待て!」
ロキの声が気にかかるが俺は剣を走らせるのを止めない。衝撃でまだ硬直中の龍神、その首を斬り落とさんと完璧な態勢から剣を放つ。
ロキが俺の後ろに回るのが目の端に映る。何か来てるなら、頼んだで。俺は、こっちを、狩る!
「死ね」
鱗を破り、肉に剣が入る。ゆっくりとだが剣が進み、骨まで到達する。狩った、そう感じたが首を切断することはかなわなかった。後ろからの衝撃波によって俺は軽く吹き飛ばされた。
「ああクソ! 何だロキ!」
「注意散漫すぎるぞ……アナスタシア」
「あ?」
空から俺たちを狙うのは龍神ではない。何体もの……龍。
そしてロキの全身からは煙が上がり、焼け焦げていた。あかん、まさか俺をかばったんか。俺の後ろに行ったんは俺を守るためやったんか。
気付いた瞬間、血の気が引いていく。致命的なミス、ほころびだ。
「なっ……!」
「気付かなかったのか。俺も直前だが、お前の後ろ、はるか上空からブレスを撃ってきた」
「だ、大丈夫か、ロキ!」
「誰がお前たちと戦ってるのが俺だけなんて言った」
「……龍も後ろに仕込んでたんかい」
「当然だ」
完全に俺のミス。気付いていればブレスを消し去れたのに……! あかん、ヤバイ。ホンマにこのミスはヤバイ。
「アナスタシア、俺はもうここではまともに戦えない、足手まといだ」
「ごめん、ホンマに! 今すぐ治療や。女神んとこ!」
「いや、俺は他のサポートに行く」
確かにその体やまともに動けへん、やけど、ここにお前がいいひんかったら俺だけや……無理かもしれん。ただ俺にそんなこと言えるわけない。
「できる、やれ。覚悟決めろ」
「あ……ああ。流石に覚悟決めたるわ」
ロキは後ろを向き、ゆっくりとこの戦場から去っていく。
「任せたぞ」
「ごめん、ありがとうな」
「気にするな」
「逃がすと思うのか」
硬直から立ち直った龍神がロキに視線と殺気を向ける。周りの龍たちも爛々とロキを殺すときを伺っている。
「悪いがここで俺は退場だ。あとは、相棒に任せるよ」
「逃がすものか!」
ただ突っ立っている俺をスルーし、後ろのロキに高速で接近しようとする。
俺はそいつを止めようと、留まらせようと――背中にかけていた剣を抜き放ち、軽く振った。
剣は当たらなかった。しかし、その風圧と衝撃で龍神を初めて吹き飛ばす。思い切り進行方向と逆方向に投げ出された龍神は無様に地面に転がる。
「……なんだその力は。隠していたのか!」
「ごめんなぁロキ。俺が不甲斐ないばっかし何度も足引っ張って」
『よく分かってるではないか剣聖』
「うっさいわ草薙」
ちょっと抜くの遅すぎたなあ。ビビりすぎやった。制限時間内に決め切れるか心配するんやったら、さっさと全力で斬ればええねん。絶対に、制限時間内に決め切るんや。
「今日の反省終了や。こっからは、本気でいくで」
「ここは頼んだぞ、笑う剣聖」
「任しとけ。絶対一瞬で終わらしたる」
体中に今までの何倍、何十倍の力が流れ込んでくる。
『使用可能の目安は、八分強だ』
俺はやっと覚悟を決めた。仲間が大怪我してやっと分かった。アホや。
久し振りに、魔剣草薙を解き放った。