八十九話 『龍神の恐怖』
笑う剣聖視点です。
未だ姿は見えない。数分前に戦った龍のような大きさではないらしい。
ただ、自らの存在を英都中に知らしめるような、強烈な強さの気配が漂ってくる。ちょっと冗談じゃない実力やな。
「こいつは……厳しくなりそうやね」
「……ああ。楽しんではいられなさそうだ」
俺らぐらい、S級ぐらいの実力になって無数の修羅場を潜ってくるといつのまにか身に着く能力がある。攻撃を予知する能力、『第六感』というやつだ。全く相手が攻撃するところが見えなくても、研ぎ澄まされた本能が、山のような経験が、無意識のうちに察知する。
来た。体中が震えあがるほどの強烈な攻撃の予知。
「ロキッ!」
「アナスタシア!」
ロキは左、俺は右に全力で跳ぶ。
瞬間、ギリッギリやった。背中を焼き付けるような強烈なブレスが俺たちが今まで立っていた宮殿を灰へと変える。それだけでは収まらず背後の家をも破壊しつくしていく。
「……っ。信じられへんな。どんな威力や」
こっからは遠く離れた場所。それこそ街の一番端からブレスが来た。あらゆるものを消し去って街の端からここまで一本の道ができたようだ。
一瞬回避が遅れてたら確実に死んでいた。遅れて久し振りの感情、恐怖がやってくる。相当の規格外。想像の遥か上をいっていた。
「ロキ! 生きてるか?」
「……ああ、問題ない。それよりも……来るぞ!」
「いくで魔術師。サポート頼むわ」
そいつは来た。圧倒的な神の風格を纏いながら、瓦礫の上の俺らを見下ろしながら悠々と顕現した。
「あんたが……龍神か」
「……いかにも。私が魔王様の幹部、七柱の一人、龍神だ」
長く伸びた灰色の髪がなびき、シンプルな漆黒のローブがはためく。体は黒い鱗で覆われ、手の先には鈍く光る爪が付いている。
なるほど、龍を擬人化したような見た目やな。
「貴様らに恨みはないが、死んでくれ」
「「殺す」」
その言葉を言い終わったとき双方動いた。龍神は翼をもたない俺らの手の届かない場所へ。俺らは空中へ躍り出る。
「ロキ! 頼んだぞ!」
「応!」
ロキが空中に掌ほどの氷を生み出す。生み出された直後、それは重力に従って落ちるが、一瞬だけ足場の代わりをする。
右足を出したいところに氷が生み出される。そいつを足場にジャンプして、左足を掛けたいところに氷がある。それを踏み台にまた駆け上がる。欲しいところに足場がある!
「いくで。神まで駆け上がんで!」
「死に腐れ、人間!」
この距離、多分ブレス! 消すか? いや、そのとっておきの奇襲方法はとっておきたい。やったら避ける! 体の向きを僅かに変え、左足を少し上げる。分かるよな、ロキ!
「ナイス」
「当たり前だ」
空中を走れるように足場が構築される。俺の後ろを、あるいは横を死の魔法が通り過ぎるが、俺は陸を走るような自由な動きで回避する。
体の向き、足の向き、目線、予測、相手の攻撃、それらを使ってロキは俺が欲しいところに氷を創っていく。
一瞬でもタイミングがずれたら俺は体勢を崩し、ブレスを消し去ることもできずに死ぬだろう。これは俺らが築き上げてきた信頼とスキルが成す神業や。
「小賢しい!」
「うるせ」
「届く」
極太の氷の槍が高速で龍神に飛来する。咄嗟に身を捻って躱されるが、後ろに何十本と続く氷槍が逃げる龍神を逃すまいと追尾し、遂に体へと届き爆散する。
「俺の炎と氷の合体技……爆散氷槍の味はどうだ?」
「名前ダサいなあ」
宙を駆け、動きが止まった龍神に肉薄する。煙で姿は見えないが、気配をビンビンに感じる。
「白刃・雪崩――」
「ハアッ!」
超至近距離でブレス。普通の人間なら躱せへんやろうけど。
「俺には効かへんなあ。驚いたか?」
肉を切りつける感触を剣に感じる。そのまま体を回転、龍神を地面に蹴り落した。
★ ★ ★
濛々と土煙が上がる。足場を消した俺たちは地面へと戻り、追撃を加えようとする。
ロキの超巨大な氷が龍神を包み込もうとした瞬間、氷が砕け散った。
「ま、そんなに簡単にはいかへんよな」
「今までのは小手調べって感じだったしな」
「……実に、弱い連携だな。これが全力だとしたら人間は羽虫と同等にすぎない」
今さっき氷槍に刺され、爆発を間近で受け、剣で斬られ、地面に叩き落とされたはずだ。
なのに、なんで掠り傷すらも負っていないんだよ。血の一滴も出てねえぞ。
「あれ? 俺お前のこと斬ったはずなんやけど」
「知らないのか? 不死王ほどではなくとも私には再生能力もある。お前らの攻撃のダメージは、既にゼロだ」
龍神はふわりと空中へ舞い戻る。
「……気取り直していくで。俺らは何もあいつの能力知らんから気ぃつけてな」
「……ああ。もちろんだ。準備はいいか?」
「当然」
俺は走り出す。地面を少し走った後、氷を足場にして空中を駆ける。
「一度斬ってもダメやったら、何度も攻撃するしかないやんけ!」
「来い、もうブレスは撃たんぞ!」
「白刃・疾風!」
真空波が奴の爪とぶつかり合う。それを合図に今まで攻撃では動かなかった龍神が空を飛ぶ。一瞬で俺との距離を縮め、その自慢の爪を振るってくる。
硬質な音がして剣と爪がぶつかり合う。やけど、俺は空を飛ばれへん。足場は一瞬しか持たんから鍔迫り合いが出来ひん!
一瞬で押し負け空中に飛ばされる。
「そんなものか人間!」
「うるせえよ。白刃・竜巻」
体を捻り、そのねじれを利用して――放つ。竜巻を横にした刃の嵐が龍神を襲う。
だが目に見えた傷はつかへん。あの鱗が硬すぎんのか、直接斬るしか中に届かへん。
「白刃・雪崩」
重い、重い斬撃が爪とぶつかり合う。今度は押し負けせえへんわ!
渾身の力で腕を押し戻し、腹へのルートを開ける。素早く剣を戻し――白刃・吹雪。
数撃の強烈、かつ神速の突きががら空きになった腹へ突き刺さる。
「人間!」
反応が早いな。あと十何回は刺したかってんけど、一瞬で距離取られた。ただ、その後ろには、世紀の大魔術師が待ち構えてんで。
「散れ、龍神」
溜めて溜めて溜まった炎の魔力が一気に放出され、大爆発を起こす。
だが俺が斬りかかる前に逃げられた。速いなあ。
「随分とボコボコにされとるやん」
「今のは多少きいたぞ。中々個々の力はいいようだ」
「何余裕そうな口きいとんねん」
俺は駆ける。戦闘中に話す時間なんてない。回復される前にさっさと――。
「では、私の力も見せるとしよう」
龍神が高速で近づいてくる。この速さやったら急には止まれへんやろ。今や。
間合いの少し外で抜剣の構えを取り、抜き放つ。丁度間合いに入った瞬間に俺の刃が首に届くように。
だが、俺の剣は空を切った。
「な、外し――」
「アナスタシア!」
振り切った俺の剣はすぐには戻せない。斬れると思っていて俺を守る用意をしていなかったロキの魔法も間に合わない。
高速移動から、急に慣性ってやつを無視して間合いの外で急停止。からの即高速移動。
まずい、これは、あかん。死ぬやつや。
全力で無理な体勢から腹を横に捻る。間一髪、俺のすぐ横を凶爪が通過する。
安堵したのも束の間、横腹に熱い感触を感じる。
「いや、避けた――」
謎の龍神の能力に完全に翻弄され、俺の腹から鮮血が飛んだ。
「物理法則無視……ハッ、化け物め」