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八十八話 『致命の失敗』

 自分を殴り倒した赤いローブは何を言っているのかしら。

 いや、そんなことはどうでもいいわね。理解する気もない。


 だけれども、頬に強烈に響くこの感触は何なのかしら。酷く、不快極まりない。

 ……これが、痛み、だったかしら?



 それに気づいた瞬間、猛烈な寒気が不死王に走る。


 頬を掻きむしりたいこの不快感、醜く崩れ落ちる私の顔、何よりその私を見下ろすあんたの目。ここ数百年感じたことのないほどの激情が起こる。


 不死王は相対者を必ず殺すと決意した。



 ★ ★ ★



「最高の気分だ。なあ、不死王」



 最高の状況で憎き敵を殴れたことに笑いが止まらない。不死王がキレてんのもさらに俺の喜びを加速させる。ニヤつきが収まらない。



「……殺す」

「そうキレんなよ。まだ戦いは始まったばっかだ」



 しかし喜ぶのは束の間だ。こいつは化け物、怪物。魔法を封じても何をしてくるか分かったもんじゃない。すぐさまラルフたちに指示を出す。



「誰か来るまでこいつを抑え続けるぞ。ひたすら攻撃だ!」

「「「了解!」」」



 すぐに散開する。

 出来れば、こいつは俺たちで殺しきりたい。跡形もなく消し去ってやる。



「『グラビオル』」

「いぃぃ!」



 手足を丁寧に潰していく。肉片の欠片も残らないよう、丁寧に。重力で押し潰す。気持ち悪い音を辺りにまき散らしながら手足が無くなっていく。



「アリスはそのまま魔法を封じるのを最優先にしろ! 俺は手足を抑え続けるからラルフとシンは胴体を消し切れ!」

「了解や! バラバラにしたる!」

「ん」



 ラルフとシンの猛攻が始まる。

 ラルフが胴体や頭を切り刻み、シンが爆破していく。飛んだ肉片から再生しないよう俺が細かなカバーをする。



「つっ――! いっ――たい! やめろ人間どもが!」

「いけるぞ! 殺しきるぞ!」

「いけるで! あと少し!」

「削り切れ!」

「もうちょっとしか残ってませんヨ!」



 いける、いける、いける! 切り札なんかなかった! 魔法を封じれば、いけた! 殺せる! 俺らでも、化け物を狩れる!



「死ね――っ!」

「「「いけっ!」」」

「『グラビオ――」





 その瞬間、爆炎の中から強烈な殺気が噴き出した。

 体中の毛が逆立つ。息が吸えない。冷汗がおかしいほど出た。修羅場を乗り越えた第六感が命の危機を鮮烈に告げた。


 その姿は煙で見えない。だが分かった。俺は今、本気で睨みつけられた。



 煙の中にペンダントが見える。服の中に隠れて見えなかったペンダントが、胴体を削ったことによって露出した。


 それを見た瞬間、記憶が揺さぶられた。


 ああ、あれは見たことある。どこだどこだどこだ。

 本能によって、限界を越えた速度で記憶がほじくり返される。


 あれを見たのは――前の……奴に飛び掛かった瞬間だ!



「『グラビオル』っっ!」

「「アーロン!?」」



 ラルフとシンと俺自身を出来得る限り遠くに、家が盾になるように飛ばす。


 やばいやばいやばい! 思い出した! あれは、前俺たちが気絶した、大爆発の寸前に煌めいた物だ! 衝撃で忘れてた!


 あれは魔法じゃなかった。あれは、恐らく奴が緊急用に残してやがった魔導具だ!



 目の端にペンダントが煌めき始めるのが見える。俺はアリスを守る余裕がなかった、アリスは呆然として取り残されている。


 時間がない、アリスが死ぬ。だけど奴にバレたら最悪だ。しかも魔法を封じきれなくなった。クソ、最悪だ! 作戦失敗だ!



「クソがぁ! 出てこい! 餓狼の王!」



 彼に届くよう絶叫する。神に、彼に、祈った。頼む、アリスを守れ!

 世界が白く輝いた。



 ★ ★ ★



 家を盾にしたのが正解だったな。じゃなきゃ今頃消し炭だ。何なら爆発の寸前俺が重力の壁を作って無きゃ死んでても何らおかしくない。今体中が痛いだけで済んでるのは奇跡だな。



「なんつー威力だよ。捨て身爆弾」



 戦っていた通りの建物が全壊した。言葉通り吹き飛んだ。おかげで辺りは更地となった。



「なんで俺は前この中生き残ったんだか。ラルフも、シンも、死体は原形をとどめててたしな」



 餓狼の王が威力を小さくしてくれたりでもしたんだろうか。今となっちゃ分からんけど。



「なあ、どう思うよ。不死王」

「何のことだか全く分からないわ」

「死ねよ死に損ない」



 まるで質の悪い悪夢だ。絶望を見せ、希望をちらつかせ、また絶望へ叩き落とす。

 爆発の中心地には無傷のアンデッドが余裕の態度で立っていた。



「どんな気分だ? 人間が全力で弄した唯一の突破策をいとも簡単に吹き飛ばした後の気持ちは」

「そうね……、言うなれば……最高の気分だわ。ねえ、あなた?」



 半壊した街に不快な高笑いが響き渡る。

 無理だ、こんなん。魔法を全開放したこいつに俺らが勝つなんて、不可能だろ。


 諦めのため息をついた瞬間、両肩に手が置かれる。



「諦めんなよ、アーロン。お前が、コイツ殺したい言うたんやろ」

「まだ、終わっちゃいねぇよ」

「ラルフ、シン。生きてたか」



 お前等はあの絶望の魔法を知らないからそんな甘いことが言えるんだ。実力差というものは奇跡では覆らない。


 俺が諦めている中、シンが、俺を一歩追い越して呟いた。



「ここに、まだ本気で勝つ人間が一人」

「同じく一人や。で、お前は?」



 目を落とすと、自分が着ている赤いローブが目に入る。

 母さんなら、リザさんなら、剣聖さんなら、怠惰さんなら、ギルド長なら、まだ行くだろう。このローブを貰った頃の俺なら、まだ諦めちゃいないだろう。理想の俺も、余裕と笑って相手を殺すだろう。


 今の俺は? 逃げるのか? 負けを認めるのか? 二度も、こいつから。

 答えは一択だろ。最初から迷う余地なんてなかった。弱い挑戦者(チャレンジャー)に選択肢なんて最初からない。



「……俺が殺す。死ぬなよお前等」

「上等」

「それでこそ」

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