八十七話 『裏切者の粛清』
時間は少し前に巻き戻り、怠惰な王、影踏み童子視点です。
魔の支配者たちがいない会議の後、俺らはギルド長に別に呼び出された。
「話というのは……」
「もちろん、魔の支配者についてじゃ」
「その情報は確かに危険だがぁ~、本当か?」
思わず俺の目が鋭くなる。
あいつは仮にも俺らの一つ後に入ってきた初めての後輩たちだ。それなりに付き合いもある。殺した後で違いましたは洒落になんねぇぞ。
「S級の誰かからの情報ではない。これは、この英都の戦い全ての情報を儂に流した者からの情報じゃからな。全て噓はなくともいずれかに勘違いや嘘が入っているかもしれんの」
「ですが見過ごすことは出来ないんですね」
そんなこた分かってる。もしこれで被害が出たらギルドの恥とかいうレベルじゃねぇ。一気に各国、世界から信用を無くしちまう。しかも世界最大戦力の情報を魔王に流され続けられたってことだ。もしそうなら控えめに言って最悪だ。
「お主らが情を持っているのも分かっている。しかしこ奴らにあてる戦力はお主らしかいないのだ。頼まれてくれるか。……蛇足かもしれぬが、儂も、少し魔の支配者は目を光らせていたのでの」
「タレコミは正しい、ってかぁ~」
「その通りじゃ」
まだ感情の整理がついていない子供な俺とは違い、童子はギルド長と次のことを話し始める。
「見つけたら、いかがしましょう」
「……殺して構わない。もしクロの証拠が取れずとも、じゃ。情報が取れたら最高じゃがそこまで甘くないじゃろう」
冷血非情なギルド長の目を久しぶりに見た。幼いその見た目からは想像できない目と殺気。
今さっきまでの俺の態度は甘すぎた。この人にとっちゃクロかグレーかは関係ない。疑わしきは殺す、が信条のような修羅だ。
「道化の人形の方は、どうするんですか」
「怠惰な王。……頼んだぞ」
言葉の裏に「殺せ」という意味を読み取る。
「……了解しました」
俺も覚悟を決めようじゃないか。
一切の容赦なく、グレーの仲間を殺せるよう、気持ちを冷酷に切り替えた。
★ ★ ★
事前にギルド長に指示された配置へと就く。予定では魔獣たちが来て、街の防衛開始になんのはあと十数分。まだ通りには多くの人がいる。
「ここは避難区域じゃねぇんだなぁ~」
「怪しまれないように大事なとこ以外は普通通りらしいよ」
「始まったら避難させていいんだよなぁ~?」
「ええ。だけど戦闘で邪魔になったら――」
分かってる。そんな言いにくそうな目をしなくても分かってる。そんなとこで躊躇うか。
「問題ねぇよ」
「……ならよし」
確かに時間ほぼピッタリだな。
英都のギルドに設置されている緊急を知らせる鐘が鳴り響いた。
周囲の一般人は不安そうに困惑してる。こっから少しは避難誘導にあてられんな。
「落ち着け! あんたらは安全なところへ避難しろ!」
「避難場所はこっちです!」
軽いアイコンタクトだけで意思疎通をし、迅速に避難を始める。
動かないやつは俺の魔法や童子の魔法で強制的に動かす。一刻も早くしねぇと魔獣とか、奴が来る。
「怠惰!」
「なんだ!」
チラッと目だけであっちに魔獣がいることを知らせてくる。マジかよ、想像より早い。
避難は……まだ全然終わってねぇ。このままここが戦場になったら戦いづらすぎるぞ。……止めに行くか。
「俺は行くぞ」
「私は残るよ」
「了解。片付けたら早く来い」
「言われずとも!」
群衆たちから離脱し、魔獣の先鋒を止めに行く。道路を数本挟んだところまでもう来てる。
「早すぎんだろ、お前らぁ~。『死ね』」
たかがB級魔獣の黒狼だからこそ使える最強の言霊。魔獣の先頭が急に足を止める。それにつられて後続も続々と転んでいく。その連鎖反応が起き、第一軍はパニックだ。
「そこに、追加だ。『膨らめ』」
折り重なった死体と生きている個体が共に膨れ上がる。少し苦しくなるだけの奴もいれば、パンパンに膨らんでボールのようになる奴もいる。
膨らみすぎて破裂した奴の血が目にかかった。
数匹、俺の言霊とあの障壁を越えてきたやつが俺へと走り寄る。
「邪魔すんじゃねぇ~」
一番速い奴の顎を蹴り割り、二匹目の目を指で突き絶命させる。三匹目の頭を掴んで、運よく頭を狙う攻撃を躱すと同時に地面へと叩きつける。振り返りざまの裏拳で今俺の頭上を越えた奴を殴り倒す。
「と、魔獣はこれだけかぁ~?」
返事がないのでもう一度問いかけよう。お前だ、そこにさっきから隠れて俺の戦いを見てたお前だ。
「どうしたぁ~、魔の支配者」
「すぅーみませんねぇー。少し、腕を怪我してしまいましてぇー」
俺たちの、真の敵。
最初はいい。そうだ、証拠を集めるためにも普通の態度だ。奇襲を仕掛けるためにもな。
「なんで自分の場所放り出して来てんだぁ~? 回復薬も持ってるだろぉ~」
「それを切らしてしまいましてぇーね。怠惰さん方に少ぉーし貰えないかと」
「道化の人形はどうしたぁ~? まだあっちで戦ってんのかぁ~?」
「ええ」
一応こいつに何か渡さないわけにはいかねぇから回復薬を探る。
見つけて魔の支配者向けて、放り投げた――、背中に何か出現する気配を感じた。
「やべ」
「戻って!」
耳元で大きく風を切る音がする。赤いものが一瞬だけ視界の端に映り、俺は死んだはずだった。間一髪、俺の後ろ髪を死の拳が揺らした瞬間テレポートで引き戻される。
久し振りに肝が冷えた。まだ俺は敵と対面した気になって無かったのか。
「油断し過ぎ! あと一瞬遅かったら!」
「……ああ、感謝するぜ影踏み童子」
「おやおやぁー、すみませんねぇー、うちの人形が」
「っ! 白々しい!」
鬼化によって体全体が赤く染まった道化の人形。
いや、文字通り既に「鬼」の魔獣として奴の傀儡になったであろう人形だ。
「……随分と早く認めたじゃねぇーかぁ~」
「自信の表れだぁーね」
「はっ、先輩に対して余裕だな」
「当然だぁーよ。私は魔王の七柱の第六柱、だからねぇーえ。君たちには負け――」
もう黙れ。これ以上テメェの豹変っぷりを見たくねぇ。
「『捻じ切れろ』」
奴の体中に血の線が浮かぶ。全身が僅かに捻られただけかよ。正直――
「かなり強いじゃねぇかぁ~。話が違うぜギルド長」
「私がいないと無理みたいだね」
「お前だけでも無理だしなぁ~」
「私の話の途中だぁー――」
「『潰れろ』」
ガクッと奴の右腕が外れる。しかしそれだけ。小手試しは終了。奴のお話も終了だ。
「いくぞ、俺ら二人で」
「サポートよろしく!」
「……出でよ。私のお人形たぁーち」
街の大通り一杯。空中にも多数。視界が魔獣魔獣魔獣。おびただしい量のA級とS級の魔獣たちだ。
「戦意でも喪失したかぁーい? 私が冗談じゃない強さだぁーと分かったかぁーな?」
「「はっ!」」
S級魔獣、だからどうした! 俺とお前がセットになりゃ――
「誰にも負けねぇよ」
俺は左手を、童子は右手を奴に向かって突き出す。
あっちが傀儡なら、こっちは相棒ってやつが武器なんだ。
「「さあ、粛清だ」」