八話 『確かな一歩』
遅くなってごめんなさい!
俺の名前はアーロン・アスレイド。訓練メニューが変わりました。……色々あって紐無しバンジーすることになりました。何これ?新手の拷問?
「もっと速く振って!実戦じゃ死ぬよ~!」
「はい!」
この人は相変わらず抜けてるのになんでかアドバイスは適切だ。なんか負けた気分。
★ ★ ★
「じゃ、午前中の戦闘訓練終わったし、次お手玉ね。」
「はい。」
最初は全然できなかったお手玉だが、最近は3個までは完璧にできる。4個に挑戦中だ。動体視力と反射神経がこんなふざけた遊びでガンガン上がる。
★ ★ ★
さあ、いよいよやってきました。拷問だ。紐があってもあんなに痛かったのになくなるとか嘘だ!
「じゃ、始めるよ。心の準備は?」
「ダメです!」
「最高?!なんて嬉しい!」
話聞いてんのか!
「そんな怖がんなくても大丈夫よ。私も一緒に落ちるし。」
それも大丈夫じゃない原因だって知っているんだろうか。ドジっぽいこの師匠と一緒とかフラグでしかない。
「いくぞー!」
「うわぁぁぁ!?」
いきなり飛び出したー!体が宙にふわっと浮く。そんな余韻は束の間だ。地面が目の前に迫ってくる。
「ししょーう?!」
「分かってるよ。」
その言葉と同時に減速したのを肌で感じる。ただまずい、このままじゃ―――
「ッ!いっっったあ!くそ!いった!痛すぎる!」
くそ!本物の鬼か畜生!腕と腰の辺りが派手に擦れてる。血が皮膚の上に滲む。ジクジクいてぇ!
「ほら――」
師匠が手を差し伸べてくれる。くそ、怒りたいのにその心遣いが心に沁みる!ちなみに傷にも沁みる!
「――もう一回。」
体が凍り付く。
★ ★ ★
「いっでぇ!」
「ぎゃびっ!」
「がはっ!」
一日中落ちた。計50回。体中が痛い。こんなので本当に覚えられるのか?!
★ ★ ★
「ただいまー!」
「ただいま……。」
「おかえりなさい。」
「えっ?」
何怖い。今中から知らない人の声がしたんですけれど。鬼師匠ならぶっ飛ばせると思うけど。
「久しぶりね!リザ!」
「本当に久しぶりね、アン!」
「あの、お知り合い……なんですか?」
「あぁ、アーロンにはまだ言ってなかったわね。紹介するわ、私の友達のリザよ。」
「リザです!よろしくね!」
師匠の友人か。そりゃ不審者なわけないよな、こんな普通じゃ上れない草原のど真ん中にあるツリーハウスに入るやつってどんな変人だ。
リザさんはこの世界じゃ珍しい黒髪黒目だな。清楚な雰囲気を醸し出してる。いかにもできる魔法使いって感じだ。
「よろしくお願いします。……師匠に会いたくなったから来たんですか?」
「それもあるけどね、君のためよ。」
俺の……ため?
いや、師匠関連だからな。ラブコメ展開より怪しい展開になりそうなんだが。
「リザは治癒師なの。アーロンの怪我を治すためよ。これで痛みを気にせず何回でも飛べるわね!」
「そういうことですかー!」
ほら見た!
★ ★ ★
「相変わらずアンも無茶苦茶な訓練させるわね~。お母さんそっくり。」
「お母さん?」
「そ、私のお母さん。君のおかあ――」
「リザ~!」
師匠がいかにも不機嫌ですって声してんだが!これは危ない雰囲気ってこの学んできたぞ。だけど急すぎて理由が分かんねぇ!
「ゴホンッ!君の師匠の師匠ね。」
「そうなんですか。」
それよりもさっき言いかけてたことが気になんだけど。聞ける雰囲気じゃないよな。
「アーロン、リザ、明日も朝からやるんだからそろそろ寝な~。」
「「は~い。」」
明日からはさらに地獄かぁ……。心折れそう。どんな騎士や魔法使いよりも厳しい訓練してる自信あるぞ、俺。
★ ★ ★
「さあ、今日もやってきた、重力訓練!」
「おーー!」
「おー……。」
つ、遂に来てしまった。あれ痛いんだよなぁ。
「改めて助っ人を紹介します!リザ、治癒しね、怪我とか治せる魔法使う人のことね。」
「なんで呼んだんでしょうか!」
「もしかしてアーロン嫉妬してるの?」
「それはないです。」
真顔だ。空気を読めないと言われてもちょっと、いやかなりその認識は困る。
「まあもちろん君がいくら怪我してもいいようにだね!」
「そもそも怪我をさせないっていう選択肢は?!」
「ない!痛みを伴わない教訓には意味がないんだよ。」
「急に師匠モードですね。ちょっと感動しました。」
その言葉師匠にしてはかっこいいんだけど。鋼のなんとかに出てきそう。
「ちょっとじゃなくしっかり感動してほしいとこだね。じゃあ、始めます!リザ、準備お願いね!」
「ラジャ!」
地獄の始まりだ……。
「ッッッ!がはっ!」
地面に激突、すぐさま回復される。
「次いくよ。」
「ッああああ!ぐがっ!」
骨が折れたが、すぐさま回復される。
「次。」
「ッ落ちるなぁぁぁぁ!」
落ちたくない、落ちたくないおちたくない、とまれとまれとまれとまれとまれ、痛いのは嫌だっ!
「止まれぇ!ぎぐっ!」
回復される。精神的にきっつい。
上に上がったとき、師匠が話しかけてくる。
「アーロン、空中で止まれるようになりたい?」
「はい。師匠が最初やっていたような空中浮遊を。」
「確かにあれならぶつからないよ。この訓練はぶつからないためにあれを使わせるって趣旨だからね。」
「ただ、使えません。心が折れそうです。」
「……一つ、アドバイスをあげよう。」
「何ですか?」
「ヒントは、上に落ちる、だよ。」
「上に落ちるってどういうことですか?」
「重力魔法は、引き付けるのが基本だ。今私たちは地面に引き付けられている。」
「……はい。」
「同じ大きさの力を上からかければいい。下に落ちながら上に落ちる。これが空中浮遊の真髄だよ。」
「……やってみます!」
まだ分かんないけど、一回分の希望は見えた。
「じゃあ、次行くよ。」
★ ★ ★
切り立った崖の上に立っている。いつもなら死にたくなったが今は違う。上に落ちる、これを感じる!
「行きます。」
「うん。」
上に落ちるを簡単に体験する方法、それは……頭から落ちることだ。俺は崖の上から後ろに倒れこむようにして落下した。
頭が下で、足が上。普通ならパニックになってもおかしくない状況。だが、俺は今――
「ああ、分かった。」
――重力魔法を理解した。が地面が……。
「いでっ!」
「大丈夫?」
「回復で~す。」
痛みが和らいでいく。ありがてぇ。
「もう一回やる?」
師匠のことだ、俺の答えを分かっているくせに。
「お願いします!」
早くやらないと忘れそうだからな。
★ ★ ★
「じゃあ、行くよ。」
「はい!」
崖に飛び込む。ひたすらにイメージしろ。さっきの感覚、頭に重力がかかる感覚!極限までイメージしてそれを魔力を使って現実世界に落とし込む!あの感覚、あれを頭にもってこい!
地面にあたる寸前、急にふわっと体が浮いた。
「えっ。っと。」
空中に立ってる感じだ。師匠が笑うのを感じる。
「私は魔法使ってないよ。」
そうだ、これは師匠の魔法とは違う。俺の……、あのカス魔法をひたすらに鍛えた、俺の魔法だ!
「よっしゃぁぁぁ!!」
「うん、百点だ。お疲れ様、アーロン!」
まだまだ師匠に遠く及ばないし、こんなの戦闘に使えない。最強の魔法にはあと何十歩もかかるだろう、だが、俺は魔法の道で、確かに一歩踏み出した。