八十四話 『Re:英都防衛戦』
「ギルド長。そいつは笑えねぇぜぇ~?」
「それは、本気で言ってるのでしょうか。証拠とかは……」
話し合いの場がざわついた。俺とシンを除いた全員が動揺する。仮にも数年一緒に任務をしてきた仲間だろう、驚きは大きいと思う。
「確固たる証拠は、ない」
「やったらまだ可能性は……」
剣聖の甘い希望はギルド長の次の一言で打ち消される。
「しかし、ほぼ確実に黒じゃろう」
「どこの情報ですか」
「信用……も信頼もしていないが、嘘と断じるにはいささか危険な情報じゃ。我らはS級、ギルドの中核であり、我らの行動一つで大局が変わる。最悪を見据えて行動するべきではないのかの?」
少し厳しめなギルド長の言葉に反論は消える。最悪を見据えての行動、そう、俺の思い過ごしならどれだけいいことか。
「魔の支配者と道化の人形が帰ってきたら作戦会議を始める。決してここで事前に打ち合わせたことは秘密じゃ。初めて作戦を聞いたような反応を、期待する」
「「「御意」」」
簡単な敵への担当、情報、裏切者についての秘密会議を終え、全員を解散させる。
しかし、俺だけは呼び止められた。アンデッドと龍神と魔の支配者の位置を教えろってことらしい。アンデッドしか知らないんだが。
一応推測の位置だけ教えた。
★ ★ ★
「アリス、帰って来たのか!」
「久しぶりやなー」
あれから数十分後、アリスらが帰って来た。本当なら今頃衣装を選んでいたんだろうが……。
「よう、特訓はどうだった?」
「アーロン、えエ、強くなったような気はしますヨ」
「帰ってきて急で悪いが、アリス、会議だ」
久し振りの再会の感動も束の間、大広間へとアリスを引っ張っていく。今の時間は五時前。本来襲撃が来るまであと一時間を切ったぞ。本当に時間がねぇ。
大広間の扉を開き、中を覗き込むともう既に全員が集まっていた。
大きな机が用意されており、右端の一角が俺らの席だ。机には大きな英都の地図が置かれている。
「全員揃ったな。では、緊急会議を始める」
「随分と突然でぇーすね。何かあったのでぇーすか」
「何故アリスらも一緒なのですか」
「人手が必要なのじゃ。儂が呼んだ」
質問はそれきりで広間は静まり返る。静寂を破るのはギルド長の一言だ。
「儂はもう結論は出ている。今から話すのは決定事項じゃ。異論は認めん」
「「「御意」」」
ギルド長はインク壺にペンを突っ込み、円を地図の上に書き始める。
「約一時間後、英都に魔獣の集団が押し寄せてくる。よって、今から配置を説明する」
「何?」
「その話は本当ですか?」
広間が最初に話を聞いた時のようにざわつき始める。なるほど、誰もが迫真の演技だ。これでは事前に知っていたなどこいつは思わないだろ。もちろん俺も動揺した演技をした。
「情報部からの通達じゃ。仮に間違っていたとしても対策は練るべきじゃ。いいか、話を、続けるぞ」
「……すみません」
「女神の片割れは英都全体を回復させながら回れ。できれば戦闘が激化しているところを重点的にじゃ」
「御意に」
「笑う剣聖と氷炎の魔術師は宮殿へ。女王を守れ」
「「御意」」
「怠惰な王と影踏み童子は英都の南部。広い範囲の魔獣の殲滅。魔の支配者と道化の人形は東部、ラルフたちは北部じゃ。ちなみに紅桜は今使いが行っておる」
「「「御意!」」」
宮殿は西部に位置してるからこれで英都を満遍なく守れていることになる。いい配置だ。しかも予定だと俺たちのところに不死王、宮殿に龍神、怠惰な王さんたちのとこに魔の支配者が行くはず。抜かりなしだ。
「では、今すぐ転移陣に乗り、各自場所へと移動せよ! S級としての働きを、期待する」
「「「はっ!」」」
「では、頼んだぞ」
その言葉を皮切りに全員が走り出す。大広間の奥、転移陣がある場所へと。
ああ、ゾクゾクしてきた。やっと、ここまで来た。
見てるか、未来のギルド長。あの地獄からまだ数時間。だけど、先手を打てるまできた!
ぶっ殺してやる。母さんの手は借りない。耐久戦なんかじゃない。俺が、あの忌々しい魔獣どもを殺し尽くしてやる。容赦はしない。味方にも。
さあ、戦争だ。
無言で転移陣へ飛び込んだ。
★ ★ ★
頬を撫でる風。一日ぶりに英都上空から落下している。永かった、ようやくだ……!
「やっと、殺せる……!」
「アーロン! ちょっと重力で操ってくれませんカ!? 死にまス!」
「ああ、悪ぃ」
ふわっと全員にグラビオル。無事に英都北部の地面へたどり着く。
「敵が来るのはあと何分後?」
「大体三十分ってとこだな。分かんないけど」
いや、魔の支配者が魔獣全部を操っているとしたら早める可能性もあるか。正直分からんな。
そういえば、ギルド長道化の人形はどうするつもりなんだろ。……見殺しか。仕方ないな。
「その前にアリスには全部を話さないと」
「せやな。まだ話してへんかったか」
裏切者について。俺らが担当する魔王の側近について。俺たちが分かる限りの情報は教えた。
アリスの顔は話すほどに真っ青になっていく。
ふと、親切で聞いてみる。
「やめるか?」
しかし、その言葉を吐いた瞬間俺は恥ずかしくなった。アリスは、やめるわけないだろう。目が完全にやる気だ。
「No,ここで引いたら魔王は倒せないでしょウ。もちろんやりますヨ」
「……愚問だったな」
「あのさ、話変わんねんけど、アーロンは何か作戦あるん?」
「ん?」
そういえば話してなかったな。作戦は、ある。割と強引なやつなのが欠点だけど。
「作戦は簡単だ」
皆グッと俺の方に顔を寄せてくる。というかこいつらは作戦も何も聞かずにここに来たのか、馬鹿なのか? 死ぬ気か?
「アンデッドは魔法を使う。だからアリス、剣聖さんの無効化の魔法持ってるよな? それを使う」
「でも私……触らないと発動しませんヨ?」
「そう、それが作戦の肝だ」
俺が考える中でもそこが山場だった。正直アンデッドも魔法がなけりゃどうってことない。ただの的だ。だが、そこに持ってくまでが難しい。一度見ている俺ならまだしも、こいつらはあの超速度、超密度の攻撃を避けられないだろう。
「だから、罠にはめる」
「どんな?」
「恐らくここには黒狼がごまんと押し寄せる。それを利用するんだ」
「私が完全に黒狼になって近づくんですカ?」
「その通り」
いかに不死王だろうと見分けはつかないだろう。もちろん周囲の黒狼も。なんたってアリスは本物の黒狼だからな。ぶっちゃけそれを見破られたらお終いだ。
「でも魔の支配者は私が黒狼になれること知ってますヨ? ここに呼び寄せないんでハ?」
「まあその場合でも問題ない。そのときは……キングが何とかする」
ニヤッとアリスの奥にいるはずのキングに笑いかける。お前の正体は知ってるぞ、そのときになったら協力しろよ? という意味を込めて。
餓狼の王の姿になって、ついていくと言えば間違いなく触れるチャンスぐらいは来るだろう。そのぐらいは思いつくだろ、餓狼の王。
「触れる前にシンに目くばせしてくれ。触れた瞬間、魔法を消した瞬間奇襲だ。アリス諸共爆弾で吹き飛ばせ」
「は? できるわけないだろ」
「いや、魔術師さんの魔法とか、同時展開すれば致命傷ぐらいは防げるだろ? あとはアリスが回復すればいい」
「アーロン、ちと強引すぎん?」
え? こいつらはなんでそんな躊躇ってんだ? そしたら大ダメージを負わせられるはずなのに。アリスだって死なないじゃんか。
「流石にできないよ、アーロン。別の作戦は――」
「何言ってんだ? そんな甘い作戦で勝てるわけないだろ? まだ割とすんなり勝てるとか思ってないよな?」
「「「はぁ?」」」
温い。正直前もこんな気持ちでいたからやられたのかもしれない。もちろん俺も、こんな夢を見ていたのかもしれない。
今この場で、一番現実を知っているのは、俺だ。
「温すぎるぞ、お前ら。まず敵はいつもみたいにどうにかなるという考え捨てろ。無理だぞ、死ぬぞ」
「「「…………?」」」
「奴はお前等が今想像してる数倍は強いと思え。犠牲なしには、勝てないぞ? 舐めてたら本当死ぬぞ?」
息をのむ音が聞こえた。ようやく、俺の必死さと狂気を見て現実に戻って来たか。
「死にたくなきゃ、俺の指示に従ってくれ。少なくともこの中じゃ一番マシだ」
「……やからって、アリスごと潰すんは……」
殴ってやろうか。まだ目が覚め切ってないのか。戦った瞬間覚めるだろうが、それじゃ遅いぞ。
「ラルフ、やろう」
「シン!?」
「そうでもしないと勝てない、だろ?」
「そうですネ。私もアーロンに賛成でス」
「アリスまで!?」
「そういうことだ。ラルフ、少し待て。自分の認識が変わるからな」
結局作戦は、俺たちは隠れる。アリスが触る。シンが爆破する。その後は全員でボコボコにする、ってなった。
俺たちは、昨日リザさんが氷漬けにされていた通りに降り立つ。
「じゃ、作戦通り俺たちは家の中に隠れてる。シン、よろしくな」
シンの魔導具で位置を探り、別々の家にいる俺たちに音声で報告する。という流れだ。
英都のギルドにはもう通達してある。奇襲がばれないため、中に集結しているであろうが、準備は万端。
民間人にも、奇襲を隠蔽するため戦闘が激化するであろうエリアからは避難してもらっている。他の民間人? そんなの知らん。
準備は万端。のはずだがほんの少し不安だ。
その気持ちを押さえつけながら誰もいなくなった家へと入る。直前まで生活がされていた風景だ。ほんの少しだけ申し訳ないと思った。
小さな窓から通りを睨む。そろそろだ。
シンの魔導具をぐっと握りこみ、誓う。
絶対に、殺す。S級の人たち、ギルド長、シン、ラルフ、アリスの仇を取る。どれだけの人が悲しんだか、お前は知らないだろう。
「俺しか覚えてないのは、ちょっとばかし疎外感を感じるな」
その呟きに答える相手はいない。
さあ、誰も覚えてない復讐を、始めよう。
ギルドから敵襲を知らせる鐘が、英都中に響いた。




