八十三話 『先手を打て』
祈りを込めて片手を差し出す。その手を握ってくれなければ、やり直しの意味がない。説得力なんてものは皆無なのは分かってる。ただ、頼む。俺のこの手を、受けてくれ。
「……自分が、何を言っておるのか分かっているのか?」
「ああ」
「証拠も何もない話でギルドを混乱させるかもしれんぞ?」
「それなら最高、万歳じゃねぇか。誰も死なねぇ世界なんて願ったり叶ったりだ」
ギルド長が軽く息をつく。俺の本気の目に押されたのか、自分の意思かは知らないが、話だけはしてよい、と許可された。
それはつまり、今夜のパーティーの準備はできない。随分前から決まっていたことを放り出して、俺の話に乗ることを決意した証拠だ。
「じゃあ、まずは何から話す? 時間はないぞ」
すっと周りの空気が重くなる。シンは自然と背筋が伸びる。急に張り詰めた雰囲気になってくれている。
「敵の情報は分かるかの」
「敵は恐らくだが魔王の幹部的なのが三人だ。それ以外にはB級からA級程度の魔獣が山ほどだ」
改めて口にするとやばい面子だな。なぜ俺は生き残れたのか。
だがそういえばあの不死王以外の二人、特に一人の情報がない。あのときに自分を押し殺しても情報を集めとくんだったな。
「詳しく頼む」
「一人目は不死王。恐らくアンデッドだ。俺たちが戦って完敗した奴だ。化け物みたいな強さだ。既存の魔獣とは比較にならない」
「アンデッドというと……魔法じゃな?」
その通り。多分ギルド長が想像してるのの数倍はやばいと思うが。無理だろ。あいつが魔王と言われても納得する強さだ。
「ああ。正解だ。詳しい攻撃手段は、こいつは俺らが対応するから話さなくてもいいな」
「待て、そなたたちがそれに付くのか!?」
何当たり前なことを言っているのか。逆に俺以外にこいつ適任な奴はいるのだろうか。……いや、いるわ。少なくとも剣聖さんは俺より適任だ。
だけどな、こればっかしは理屈じゃねぇんだ。
「こいつは俺が殺る。やらせてくれ」
「……無謀な意地は命を散らすだけじゃよ」
「意地じゃない。復讐」
頭が痛いような表情で許可してくれた。大きなため息をつかれて、ジトっと睨まれたがそんなことは意にも解せず。どうってことない。これで第一関門はクリア。
「正直あと一人はよく分からない。龍神ってことしかな。攻撃手段は爪、つってもそれ以外にもあるかも。以上だ」
「……情報不足甚だしいの」
「悪いな」
龍神。当てるとしたら誰だろうな。魔の支配者チームは論外だ。リザさんは……母さんがいないと接敵は出来ない。強さも考えるとやっぱ剣聖さんのとこが妥当か。
「して、もう一人は」
「……ギルド長の知ってる奴だよ」
「アーロン、どういうことだ?」
「覚悟はしておる。言え」
「魔の支配者。そいつが三人目、あの地獄全ての立役者だ」
★ ★ ★
顔は大きく分かれた。
魔の支配者を知ってるシンは驚愕の表情をしている。そりゃ信じられないことが多すぎるだろうな。分かる。しかもS級冒険者だから尚更だ。
反対にギルド長は諦めの表情だ。自分の予想が当たったのか。ギルド長は情報部からの連絡も来てるだろうから想定はしてたのか。それでも、キツイな。気持ち悪い奴だとは感じていたが。
「な、アーロン。それは、本当なのか? 嘘じゃ洒落にならないぞ」
「本当じゃろう。嘘をつく意味がない。というか儂の想像が当たってしまったようじゃ」
後悔と驚きの時間はすぐに終わった。
議題は次へと移っていく。処分の話だ。だがまだ尻尾は掴ませていない。証拠が出るまでは、今回は様子見、重要な局面に参加させないようにするだけに留めた。
そして、おおよその話が終わる。ここまでの話を前提とした作戦を今から全員に伝えるのだ。
最後に、ふと気になったことを聞いてみる。
「なあギルド長。俺が言い出しことだが、何でここまで動いたんだ」
「……魔導具、怪我、話、本気度。嘘の可能性は低いしの。もし本当なら事態は急を要する。して、未来の儂は何か言ってたかの?」
「あんたの過去」
「それなら信用できるの。儂は滅多に話さんからな」
★ ★ ★
最上階の部屋を出る。出た後は早かった。ギルド長は、魔の支配者がまだ戻ってきてないことをいいことに全員を一旦大広間に集める。命令が出てからわずか数分で母さんを除く全員が揃った。
ちなみに怪我はリザさんによって全快した。
「なあ、ギルド長。宴会の準備全然終わってへんなぁ。大丈夫なんか?」
重く静まり返った雰囲気の中で軽く言う剣聖さんの言葉には誰も反応しなかった。むしろ他の人から睨まれてた。絶対冗談のつもりだったと思うんだけど。
ただ、剣聖さんの目は笑ってない。全員ただならないことが起こるということは容易に想像できていることだろう。
そしてここには少し場違いな俺と、シンと、さっき戻って来たラルフもいる。横目ですごく見られてる。
「して、今から緊急の要件を話す。ここで話すことはいない者には他言無用じゃ。皆、覚悟は良いな?」
「「「御意に」」」
綺麗にそろったその声に満足そうに頷き、鋭い眼光が俺たちを貫く。
大きな英都の地図をバサリと机の上に広げた。
「ある情報筋から、約四時間後英都が襲撃されるということを聞いた。それに付いての対策会議を行う。よいな?」
「魔の支配者と道化の人形は……?」
その質問には答えない。ギルド長は質問者の童子さんを一瞥して話を続ける。
「敵はA級程度の魔獣多数と、魔王の側近らしき戦力が二人じゃ。アンデッドと龍神、らしいの」
「……S級でも難易度が高めですね」
「そう。しかし負けられるわけがない。敵の詳細な情報をもとに儂が割り振る。龍神は――『笑う剣聖』『氷炎の魔術師』、頼むぞ」
ゴクリ、と隣から唾をのむ音が聞こえる。
緊張も束の間、剣聖さんは余裕そうに返事する。少し遅れて魔術師さんも同意の返事を。
「そしてアンデッドの方は、ラルフを筆頭とするパーティーに任せる。よいな?」
「……は? なんやて?」
そんなことを初めて伝えられたラルフは酷く動揺する。そりゃそうか。この話聞いただけじゃS級でも手に負えない程の化け物だ。
この世界のラルフたちはこいつと何の面識もない。驚いて当然だ。
「ちょっとギルド長! 何考えてるんですか!」
「女神の片割れ、これは決定事項じゃ。それに他の者にはまた大事な任務があるのじゃ」
「だけど!」
リザさんは必死に抗議した。しかし、チラリと俺の方を見てきたギルド長に強い目線を返すと上手く言いくるめてくれた。
「女神の片割れは街全部の回復任務。主にS級のところを回ってくれ」
「そんな――!」
「そこまでこ奴らを信用できんか」
「……まだA級です! 死ねと言ってるようにしか!」
駄目だな。時間の無駄だ。俺の希望だから俺がちゃんと片つけないと。
「リザさん。それは俺が頼んだことだ。問題ない」
「――はぁ!? いくら強くても、自惚れ過ぎよ! 死んでしまうわ!」
「今更何を言われても変える気はない。死ぬ気もないし、負ける気もない」
正直死ぬかもしれないし負けるかもしれない。今のところ必死に考えてるが勝ち筋が一本ぐらいしか思いつかない。
ただな、いくら何を言われようとも、あの絶望感、無力感、虚しさを二度と、味わいたくない。そして、ここでこいつから逃げたら、俺はただの負け犬だ。
シンとラルフとアリスの復讐を、誰も知らない復讐をやってやる。そこは絶対に譲れねぇ。
「あのさ! なんでそこまで強情なのっ!」
「何を言ってもアーロンは変わらんよ。次にいって、いいかい?」
少し強めの口調で言われ、これ以上は食い下がれず、無言で踵を返す。
すみません、リザさん。心配の気持ちだけは受け取っておくよ。
「俺らの役割は何ですかぁ~?」
「私らがアンデッドを担当してもいいんじゃないでしょうか」
「いや、駄目じゃ。ある意味そなたらには最も重要な任務をやってもらわなければいけない」
二人の頭に?が浮かぶ。これ以上に重要なことが思い浮かばないのだろう。
「確定ではないがの。其方らには三人目の魔王の側近を担当してもらう」
「そいつは誰だぁ~?」
「……魔の支配者。薄々察してはいたかの?」
「「「何だと?」」」
英都防衛戦終了まで、残り4時間。




