表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/102

七十九話 『裏の支配者』

 胃の中を全て亡骸の上にぶちまけてなおこの吐き気は収まらない。

 信じがたい現実から脳が理解を拒んでいる。目の前にいるのがついさっきまで笑いあっていた仲間だということが信じられない。信じたくない。信じてしまったらもう俺は俺ではいられない。


 耐えようのない不快感だけがあり、不思議と涙は出てこなかった。





 何時間呆然としていただろうか。感情は抜け落ち、吐き気も眩暈もようやく収まって来た。最後に口に残った酸っぱいものを吐き捨てる。



 何故、こんなことが起こったのか。何をすれば防げたのか。



 俺たちが戦場に出なければよかったか? 死にゆく人を見捨てて陰で隠れていればよかったか? へりくだり魔王の一員としてもらったらよかったか? 俺が盾になって皆を逃がせば? 餓狼の王に頑張ってもらって、アリスを捨てて逃げたらよかったか?



 違うだろう。その瞬間、空っぽな俺の中に火が付いた。



 鮮烈に心を焼くのは、あの化け物への憎悪だ。

 弔いよりも先に復讐が出てくる俺はもうとっくに狂っているのかもしれない。だが、体の防衛機能として感情が消え失せても、この憎悪だけは消えない。


 どれほど狂人になろうともこの憎悪は、恨みは、呪いは、復讐は決して抜け落ちない。己の中で時をも関係なく燃え続ける。



 殺す。必ず殺す。


 今ここに、俺の残りの人生の目的が明確に設定された。



 シンもラルフも亡骸だけがここに残り、アリスは俺の前から去った。

 別にアリスを取り戻そうとは思わなかった。意味がない。アリスのことは大事で、悔しいがそんなことは些細なことだ。


 今ここにアリスがいようとそれはもう元の俺たちじゃない。何も関係ない。いてもいなくても俺の感情か変わらない。

 仮にここにアリスがいて、また二人で冒険を続けるのか。過去は過去と割り切って新しいメンバーでも入れて先に進むのか。



 否。俺はただ、あいつをぐちゃぐちゃに潰して千切って滅多打ちにして後悔に苛まれながら地獄へと落とす。そのために俺は今ここでリスタートする。



 爪は掌へ食い込み、歯を砕く半狂乱で俺は絶叫する。



「殺す! 必ず殺すぞ……不死王ッッ!」



 ただ、心の中の欠片が小さく主張する。

 もう一度、彼らに会いたいと。もう一回だけ、やり直したいと。


 そんな叶わぬ願いは黒い感情に塗りつぶされた。



 俺だって足も腕も目も動かない。だが、気合で立ち上がる。

 数時間ぶりに出した声は、自分の物とは思えないぐらい掠れていた。



「死体はこの後どうなる」



 近くにいた治癒師に話しかける。ひどく、驚いた顔をされた。それはそうかもしれない。身内の死に瀕したものは皆泣くか呆然とするかの二択だろう。



「すみませんが、焼くことになります」

「そうか」



 ただ一言返事して話を切る。


 俺はしゃがみ込み、死体を申し訳程度に隠している布を剥ぎ取る。

 せめて遺品だけ。これが俺にできるこいつらへの最初の償いだ。


 ラルフの傍に並べられていた魔剣を取る。愛剣はせめて一緒に眠らせてやろう。


 シンは……コートを優しく開き、適当に中を物色する。ナイフや爆弾など様々な魔導具が裏に仕込まれているが、探しているのはそんなものじゃない。

 大事そうにしまい込まれていた何かを取り出す。包まれていた布を丁寧に取ると、中から出てきたのは銀色の懐中時計だ。


 シン、こんなの持ってたのか。少し意外に思いながらも、それを手に取る。



「ありがとう」



 心からの言葉だった。

 それだけ告げて二人の所を後にする。



 ★ ★ ★



 幽鬼のようにゆらゆらと街を歩く。真昼間だというのに民間人や冒険者の悲しみの声が聞こえてくる。



 ようやく、目的の場所に辿り着いた。


 俺たちが不死王と戦った場所だ。大方予想はついていたが、ひどいな。

 地面は抉れ、きれいに舗装された道路は見る影もない。家は吹き飛び大きなクレーターが出来ている。


 やはり、全員が近づいた瞬間、爆破されたのか。よく俺が無事でいたものだな。



 もう、この街でやることは無くなった。来た方向へ踵を返す。振り返ると、視界にある少女が入る。



「ギルド長」

「随分と荒んだ目をしておるな、アーロン」

「あんたこそ」

「少し、話さないか」



 どこに向かうのかは知らないが、無言で後ろに追随する。


 長い間無言で歩き続けたが、ようやく、ギルド長の方から口を開く。



「ひどい、怪我じゃな」

「軽い方だ。死に比べればな」

「そうじゃな」



 一つ、気になったことがあるので話してみた。



「あんたは傷すらついていないな」

「耳が痛いの」

「……何を……していた? 俺たちが命を削っていた間、何をしていたんだ?」

「儂は戦闘能力は皆無じゃからな。民間人の避難を補助していたよ。全く、組織の長なのに不甲斐ない」



 そうか、まあ別にそんなことはどうでもいい。



「他のS級はどうなった」

「……聞く覚悟は、あるんじゃな?」

「……舐めんな。俺はもう最底辺を知ってる」



 目から色が無くなったギルド長は、少しずつ語り始めた。俺は十数時間寝ていたがその間寝ずに情報を収集していたらしい。



 リザさんは、氷に閉じ込められているのを発見された。多数の冒険者によってそれはようやく破壊されたが、中身は無事ではなかった。

 数時間にわたって窒息死をし続けたことで、精神は完全にぶっ壊れたいた。完全に狂人、精神不安定な状態になってしまったらしい。会話すら不可能だと。



 剣聖と魔術師さんの死に方は同じだ。ギルド最高峰の攻撃力を持つはずなのだが、死んでしまった。

 何者かによって、いやギルド長の話だと恐らく龍神、魔王の部下によって胴を大きく抉られたことによる失血死。

 剣聖の切り札は、切られていなかった。



 怠惰な王さんと童子さんは魔獣によって死んだ。いや、怠惰な王さんは人為的なんだっけか。

 怠惰な王さんは声帯の部分を一突き。苦しみながら死んだらしい。

 童子さんは全身を魔獣に食われていた。ギルド長の話だと、テレポートできないように視界全てを覆われて魔獣に襲われた。明らかに人の手が入っているだろう。



 道化の人形は、自殺した。いや、正確には苦しみながら、無理やり、自殺させられた。自分で自分の首を捻じ切った。


 そして、魔の支配者は行方不明。


 ギルド長曰く、恐らく情報部は魔王の偵察に成功し、ある情報を命と引き換えに得た。それは、冒険者、恐らくS級の中にスパイがいるということ。



 ああ、分かってしまった。一連の騒動を誘導し、俺たちの破滅に持ち込んだ裏の支配者は、あいつだ。


 不死王、龍神の他にもう一人いた。



 魔の支配者、お前だ。






 英都防衛戦終了まで、残り8時間。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ