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七十八話 『しのぜつぼう』

『餓狼の王』、『不死王』など魔族名ではない、個体名を持つ魔族、魔獣はこの世にたった八体のみ。魔王を除く魔王直々の部下七名だ。

 仕事や任務の内訳は主に人間側の偵察、人間どもを滅ぼすための下準備、強者の殺害、特殊任務など多岐にわたる。


 だが、我はそれに嫌気がさし魔王の所を逃げ出した。

 いや、逃げ出したなんて言う言い方は癪だな。逃げようと思えばいつでも逃げられたがそんなことはしたくなかった。


 我が日頃住んでいた大洞窟の衛兵兼見張りたちを全員殺して悠々と外に出たのだ。完全なる魔王の敵対行動としてな。



 魔王の部下に呼ばれたのは四度目。しかし我は人間と魔獣、魔族の争いなど正直どうでもよい。そもそも必要以上の人間を殺す趣味などないし、自由に王としての生活を営みたかった。


 しかし前回までの三度の魔王への服従は我慢していた。いや、その言い方も適切でない。我としてはそこで魔王に逆らった方が面倒で、人間を駆逐した方が生きやすかったのだ。


 しかし、それも前回まで。



 今度の魔王は酷く合理的で冷酷、部下は道具のように思っている者だった。今までの魔王はもっと笑顔を見せ、笑い、ときに少し狂気的なだけだった。どこか抜けていてクスリと笑えるようなこともあったが、今度は違う。笑うときでさえ、冷たい微笑だ。



 しかし、温厚な我はそれでも耐えてきた。我たちを全く思うことなくとも我は耐えられた。我たちに国の半分の人間の殺戮を要求してきたとしても、我は耐えられた。気まぐれに理不尽な命令をされたとしても、我は耐えられた。




 だが、我の配下の子供を殺されたのは、耐えられなかった。


 我は王、餓狼、黒狼……狼の魔獣の王である。全ての種族の、どれほど身分が低い狼であろうとも理不尽な攻撃から守る義務がある。



 我の腹心の部下の子供を殺したのは、王の誇りと、奴の気持ちと、部下の信頼全てを裏切ることに他ならない。魔獣と言えども人族と同じように子供ができる。それを待ち望みにしていた奴の顔を我は永遠忘れはしない。



 いかなる命令にも従ってきた我と言えども、腸が煮えくり返った。頭が怒りで真っ白に染まり、目が爛々と光っていた。全力の咆哮で洞窟を震わせる。

 我はその時誓ったのだ。絶対に、必ず魔王を殺すと。我ら狼の逆鱗に触れたのだと。王の誇りと名に懸けて仇を討たねばなるまいと。



 我は考えた。今のままでは百回挑んでも魔王には勝てない。ならばどうするか。洞窟中の全ての魔王の監視役を殺し尽くして我は考えた。


 魔獣としてのプライドなど容易に捨てられた。人間に味方するのだ。こいつこそ、こいつなら、魔王の首に死神の鎌をかけられると。そう信じられる人間を見つけることにしたのだ。




 そして、見つけた。

 自然発生した迷宮を乗っ取り、難易度を上げ、その中でじっと待っていた。

 そこにやって来たのだ。最初に見たときはただの弱い人間かと思った。だが、我は追い詰めた人間の瞳の中に見たのだ。魔王と同じ闇を。世界を飲み込むような、意識を圧倒する深淵の瞳を。


 直感だった。魔王にはこの闇を持つ人間しか届かないと。



 そいつの意識を乗っ取ろうとは思わなかった。こいつは近くで観察したいと思ったからだ。いつか、この闇を自分にも取り入れたいと願ったからだ。



 これは『餓狼の王』の復讐だ。



 ★ ★ ★



 大爆発は避けられたが体に残ったダメージは少なくない。これではもう勝てないだろう。



「まだ戦おうとか思ってるかしら?」



 気持ち悪い姿から再生し、何故か服を纏った不死王が立っている。その身に宿したダメージはゼロだ。



「やめといた方が賢明よ。まだ私本気を出していないしね。完全体にならないと相手にすらならないわよ」

「……我をどうするつもりだ」

「今なら特別大サービス。私も面倒ごとは嫌いだから無抵抗で戻ってきてくれたと話すけど」



 だが、そうしたらもう二度と我が裏切りことは不可能だろうな。今から全力で逃げれば逃げられるだろうか。否、だな。


 ……ここまでか。我が王として為せることはもうない。いや、未来への布石を一つだけ。



「条件がある」

「何かしら」

「あの……奴ら三人を回復させてもらえないだろうか。少々気が引ける」

「そうすれば無抵抗で?」

「約束しよう」

「餓狼の王が聞いて笑うわね」



 だろうな。我もそう思う。王が勝者にこびて良いものか。



「だけれどもあの子らのうち二人は死んでるわよ?」

「……ならいい。生き残ってる一人だけ。これから死なない程度でいい」

「あなたの最期の願いだもの。こんな羽虫一匹どうってことないわよ」



 死なない程度に、本当に瀕死の危機から救う程度だけ回復してくれた。

 我ができるのはここまでだ。では、貴様が、ここで命を取り留めた貴様が、いつか魔王を打ち倒すことを切に願っている。さらばだ。


 少しの間旅をしてきて、少々愛着も沸いた人間に心の中で最後の別れを告げ、未練を断つ。


 不死王に連れられ、我は英都を後にする。



 ★ ★ ★



「あ……?」



 目が開いた。視界に写ったのは緊迫した様子の治癒師……か? 俺が目を開けたことに驚き、安堵している。体が動かない。怪物は餓狼の王が仕留めてくれたのか? シンとラルフはどうした? なんで俺はここに寝てるんだ?



 ゆっくりと、それはもうゆっくりと体を起き上がれせる。この人たちの制止も意に介せず体を起こすと、周りは大量の怪我人で埋まっていた。



「え……?」



 周りの人が散々声を掛けていたけど、そんなものは俺の耳には入らなかった。手を振り払い立ち上がる。あの作戦は失敗したのか……? シンと、ラルフと、アリスはどこにいる。


 吐き気がする。眩暈もする。これが嫌な予感なのか単純に体の不調なのか俺には分からなかった。ただ自分の腕が千切れかけてるのには今気づいた。あ、足もだ。右足が機能してない。それでも立てているのは重力で補っているのか。


 死人のような足取りで辺りを歩き回る。


 肩に手をかけてきた人は吹き飛ばした。邪魔だ。



 ようやく痛覚が戻ってきたようだ。体中が痛い。目も……って左目見えてねぇじゃねぇか。道理で視界が狭いと思った。


 埒が明かない。誰か……、近くにいた人を呼び止めた。



「黒いコートを着た奴と魔剣持った奴はどこにいる」

「あ……、お仲間さん……?」

「さっさと話せ」

「さぁ――」

「教えろ」



 覚束ない足取りでそいつの後をついていく。今にも意識が飛びそうだ。


 ふと、そいつが立ち止まった。おい、何でここで止まんだよ。ここはさっきからしたいばっかりが――、



 もうまえからうすうすわかっていた。こんなひがいつかくるんじゃないかってことは。おれがあそこまでぼろぼろになってから。


 かおがないくろこーとと、みまちがえようのないぎしゅとけんをもったおなかがないだれかが、そこにならんでた。



「ぶうえ」



 げーげーしたいのうえにはきまくった。

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