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七十七話 『無知の顛末』

 怪物相手に奇想天外な作戦。その名も飛び掛かる作戦。


 今思えば、少し、いや、かなり魔王の部下というものを舐めすぎていたのかもしれない。今まで何度も危機に瀕してきていたが、そのたびに生還してきたから少し勘違いしてしまっていたのかもしれない。


 俺たちは、死ぬのだと。酷く呆気なく道端の虫と同じように、強者に踏みつぶされれば一瞬でその儚い生を終えるのだと。その頃の俺たちはまだ気づいていなかったんじゃないだろうか。



 ★ ★ ★



 飛び掛かるという作戦を頭に戦場へ舞い戻る。

 そこでは人外同士の壮絶な戦いが繰り広げられていた。風と炎と雷の魔法が乱発され、それを神がかり的な身体能力と爪のみで回避、反撃している。


 本気でこの中に入るのか……。



「やるぞ、シン、ラルフ」

「……おう」

「アーロンが合図するまでは近くで回避に専念してればいいんだよね?」

「ああ。掴んだら死んでも離すなよ」



 万が一死んだら、リザさんは無事じゃないだろうからもう二度と生き返れない。でも、きっと餓狼の王は仕留めてくれるはずだ。


 手が震える。その震えを自分を鼓舞して拭い去り、魔法の嵐の中に突き進む。



「『グラビオル』」



 自分と餓狼の王を軽く、不死王を重くする。だがそんなものなど毛ほどの妨害にすらなりはしないだろう。あとは時が来るまで自分の身体能力で躱し切るのみ!


 位置的には俺が後ろ、シンが左、ラルフが右に着く。正面は空けておかないと餓狼の王が攻撃できない。俺の役割は隙とタイミングを見て声を上げる。



 目の前を風刃が通過する。奥からも二重三重の勢いで来る。やっば。ただ避けるだけでもめちゃムズイ。

 感覚を鋭敏にしろ。今進化するんだ。時間の流れが緩慢になるような中で、ひたすら空気の揺らぎだけを頼りに避けていく。



 正面から飛んできた風刃を半身になって回避、続けて横向きに跳んできたのをしゃがみ、また来たのを転がり、咄嗟に体を上げてジャンプし、あやばい避けられない、下がって一瞬時間を稼ぐ、その一瞬で着地、横跳び。む、これは全体攻撃。思い切り体中に反重力、灼熱の炎の中を強引に近づく。



 ないないないない、隙がない! どうしても手が届くまでの一歩を踏み込めない!


 もう魔法の壁! 全く奴まで数メートルを詰められない!

 数分間全力運動してるから息も荒れてきてる。このままじゃ誰かが本当に脱落する! どうする、強引に突っ切るか!?



 ダメもとで、伝われ! と念を込めて餓狼の王の方を見る。コクッと小さく頷いたが伝わっただろうか、どうにか隙を作ってくれないか!



「『不死王』! 我も、本気を出すぞ!」

「……あら、魔力を使ってくれるのかしら?」



 その言葉は嘘ではなかった。


 空気が震える。強大な魔力が空間を振動させる。魔法の怪物も、その迫力に一瞬だけ圧倒され、俺たちへの攻撃が、一瞬弱まる。


 最高だ。この一瞬が欲しかった。



「いけ!」

「「おう!」」



 俺の合図がくると踏んでいたのか。しっかりと奴に近い位置でポジショニングしているラルフとシンが呼応する。


 長らく詰め切れなかった数メートルを踏破し、遂に……三人で動きを止めることに成功する。

 皮膚に温かみはなく、硬質な感触。これが結界か。



「あら――」

「餓狼の、王!」



 来い! 頼む、一撃で仕留めろ!



「感謝する。貴様ら」



 突如、硬質な結界の感覚がなくなった。死者のような冷たい皮膚を感じる。そんなのも束の間。


 世界が、白く染まる。

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