七十二話 『26時間』
「戦争が始まるぞ」
S級冒険者たちは警報が鳴ると同時に動き出した。そんな中で俺らは、ただ戸惑うことしかできていない。辛うじて怠惰な王さんの一言で着替えを始めただけだ。
全員、それとなく男女で別れ着替え始める。恥ずかしがったりしている場合じゃない。即座に動ける服に着替え、次の指示を待つ。
そこで、魔の支配者さんが声を上げる。
「ギルド長」
「報告は!」
「はい。かなり良くない状況ですねぇーえ。空の上から見ようとしましたがぁーあ、何らかの攻撃によって撃墜されぇー、地上から見ると英都を魔獣が覆いつくしていますねぇーえ。種類は黒狼、アンデット、オークなど様々です。かなり強い個体もいるようで。空を支配しているのは竜種ですかねぇー」
「状況はあってるか?」
ギルド長が先ほどの声に向かって問いかける。しかし返事は帰ってこない。ただ警報が鳴り続けるだけか。姿に似合わぬ舌打ちをした後、こちらに向き直る。
「全員、よく聞け。今英都は魔獣の脅威に晒されておる。竜など強い個体もおり、現地の冒険者だけに頼るのは難しい。状況はかなり悪い! よって、今ここにいる全戦力を投入する!」
「「「御意!」」」
息があった返事を聞き、おもむろに頷く。
「此度の攻撃が魔王によるものかは不明だが、万が一魔王が出てきた場合は迷わず撤退せよ。優先順位は、自分が生き残ること、市民の安全確保、魔獣の殲滅じゃ! 何よりも己の命を優先せよ! 現場での判断は各々に任せる。では、行け!」
その言葉を皮切りに全員が駆け出す。俺たちだけはどこに行けばよいのか分からず、呆然と立ち尽くしてしまう。それを見かねて、リザさんが声を掛けてくれた。
「あっちに転移陣がある! 速く行って!」
「はい!」
聞けば、ギルドの上空直通の転移陣らしい。もちろん一方通行の。S級になれば上空からのダイブなんて苦でもないからの方法だろう。大広間の裏に行くと、何個も魔法陣が並んでいた。なるほど、これが各街への転移陣。
「じゃ、私先に行くよ」
その声と共にリザさんが魔法陣に飛び乗る。姿が掻き消え、俺たちだけが取り残される。
「行くしかないわな」
「ああ」
「行くときはみんな一緒デ」
「生き残るぞ」
覚悟は決めた。俺たちには、仲間がいる。目くばせなど必要ない。全員で一緒に魔法陣の上に進む。体中を淡い光が包み込み、一瞬強く光った後、転移した。
★ ★ ★
気が付くと、英都の真上だった。いや、正直英都かどうか分かんないけど。
「Wow! なんか前にもありましたネ!」
「やな! アーロン頼むで!」
「了解! 『グラビオル』!」
四人に重力をかけ、落下速度を調整する。行先はどこだ?
「ラルフ! どこに降りる!?」
「パッと見――皆さんが行ってへんとこや! あっち側行こう!」
「了解」
方向を調整する。なるべく早く、かつ安全にスピードを上げていく。そのとき、背中側に嫌な予感。ゾクッとして体を反転させる。地面に背を向ける危険な行為だがそんなこと言ってられない。
馬鹿か、いや馬鹿だ俺。さっき魔の支配者さんが言ってたじゃないか。空には――ドラゴンがいると!
「ッ――!」
圧倒的な気配が背後に迫る。我こそが空の覇者だと、最強の竜種だと分からせる風格。本能的に恐怖の感情が浮かんだのは恥じることじゃないだろう。
全身を包んでいる、見とれる程深い黒の鱗。怪しい輝きを放つ赤い瞳。その目は完全に俺らへ向けられている。敵とすら認識していない、ただ空を落ちる不快な物質だと語っている。
全員に声を出す余裕もない。口の中に光が収束するのを見た瞬間、全力で横重力を掛ける。一瞬後、俺たちがいたところに凄まじいブレスが炸裂する。圧倒的なその熱量はそばを通るだけで身が焼かれる。
まずい、非常にまずい。この竜にロックオンされてるのはヤバイ。一度避けたことで苛立ちが混じったのは気のせいじゃないだろう。下手したら地上に着く前に死ぬ。
「アーロン! とにかく重力をかけて逃げるしかねぇだろ!」
「反撃は出来ませんヨ! 不安定な空の上じゃドラゴンの独壇場でス!」
その言葉で迷いを捨てる。回避もそこそこに急降下を開始する。
目も開けられない程の高速で降りる。嫌な予感、殺気がした瞬間だけ横にずれ、何とかブレスを回避する。殺気が強まった。
その強い殺気に、思わず後ろを振り向いてしまう。口の中に広がる光。またブレス――じゃない!
「ああっ! クソがっ!」
視界を覆いつくすほど広範囲のブレス。一点特化じゃない分威力は低いが、当たったらやばいのに変わりない。続けて炎も放ってくる。ローブの端が焼けるのも構わず落ちる。
逃げる俺らを前に、竜も速度を上げてくる。
「そんなとこまで張り合わなくていいだろがっ!」
「インビジブル使うか!?」
「Stop! 絶対に刺激しちゃだけでス!」
地上まで今の速度じゃあと数秒。逃げ切れるか、今のままじゃ無理だ。刺激、か。背に腹は代えられねぇわ。
「……『グラビオル』」
「アーロン君!?」
ぐっと、ドラゴンが来る速度が落ちる。ドラゴンの咆哮は震えるほどの怒りを放っている。上方向への重力、思うように飛べないのはさぞかしストレスだろうな!
その差が助かった。地面に乱暴に着陸する。もう、逃げられる。助かった。
「危なかったな」
「ギリギリでしたヨ! 何やってんですカ!?」
「取り敢えず先に進もう。ここにい続けるのは良くない」
悲鳴がする方へと駆け出した。
★ ★ ★
甘い考えは捨てていた。いや、街がすごい勢いで燃えてるし。その影響で夜なのに空赤いし。でもさ、この光景は無いだろう。思わず足が止まった。
角を曲がった瞬間見えたのは、地獄だった。
漂う死臭、血の匂い、それらがごちゃ混ぜになった強烈な臭い。大通りに川のように流れてる大量の血。そして、人間を玩具のように殺していくオークたち。中にはA級相当の大鬼もいる。
「行くぞ」
ラルフの小さな声に全員頷いた。
手始めに、助けに来てるであろう冒険者を捻りつぶそうとしているオークの下へ向かう。心意気は立派だ、だが、如何せん実力が足りない。
両手で包み込まれるように潰される寸前、後頭部を思い切り蹴り飛ばす。
勢いよく前のめりになるオーク。俺は頭を抱え、地面にたたきつけながら重力を発動させる。腐ったトマトのようにオークの頭は潰れた。
「無事か?」
返り血で血まみれになりながらも、精一杯の笑顔でそう問いかける。頷いた少年は震えていたが、俺に怯えたわけじゃないと思いたい。
「今の君じゃ実力不足だ。ここは俺らが何とかするから住民を助けてあげてくれ」
「あ……はい! ありがとうございました!」
さてと、まだ市民も、冒険者も逃げきれてない。今すぐ死にそうなやつから助けてくか。
人を助けると同時に、オークの頭を潰していった。なんか赤いローブが返り血で染まって、完全に殺人鬼みたいだ。
俺が英都の冒険者の中で『血みどろ狂鬼』と呼ばれてるのを知るのはもっと後のことだ。
英都防衛戦終了まであと26時間。




