表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/102

六十九話 『合格 前編』

 特訓が始まって二週間がたった。だが、俺はいまだに怠惰な王さんや影踏み童子さんから一本も取れていない。ひたすら、ずっと地面に転がされるだけの二週間だ。


 一応何十、何百も『グラビオル』を発動させるから発動スピードも、威力も精度も高くなってきた。だけど、まだ足りない。S級冒険者のような化け物には遠く及ばない。


 というかあの超集中空間、通称白い空間を出せてないから……先は長い。



 朝、そんなことを考えながらベッドから起き上がる。軽く顔を洗って朝ごはんに携帯食を摘まむ。最初の頃携帯食に不満を言ったら特訓中は当たり前と言われた。解せぬ。


 いつもの赤いローブを身に纏い、森の中に建てられた小さな小屋から出ると、もう地獄の特訓の開始時刻だ。



「遅せぇぞぉ~、何やってんだテメェ~」

「おはよう、アーロン君」

「おはようございます」

「じゃ、まずは怠惰からで」



 一分、初めに時間が与えられ、森の中に二人はばらける。

 一分たったら……殺し合いのスタートだ。



 十分に怠惰な王さんから距離を取り、特訓が始まる。

 この二週間で学んだことは、俺は絶対に先手を取らないと負ける。俺に怠惰な王さんに反撃する力はない。気配を隠し、悟り、重力で奇襲する。これが定石だ。


 木々の擦れる音を聞き、相手の居場所を探る。流石に四六時中していれば上手くはなった。

 今日こそは、必ず一本取ってやる。



 森の中をできるだけ音をたてないようにして走る。視界の悪い中だから音が頼りだ。特に怠惰な王さんなんかは迂闊に魔法を使えない。だから戦闘は気配の探り合いから始まる。



 ……と、聞こえた。何かが、人工的な音が。多分……三十メートルぐらい先か。


 練習して範囲も広くなった魔法で襲う。



「『グラビオル』」



 強大な重力も操れるようになった。

 人間など歯牙にもかけずに潰せるような重圧が迫る。ただ何故か……回避される! 来るっ!



「標的に回避されるような攻撃は奇襲じゃねぇぞぉ~」

「畜生! 『グラビオル』ッ!」



 さっきは下方向に向けた重力を横に叩きつける。しかし重力の範囲が見えているかの如く回避される。



「『吹き飛べ』」

「『グラビオル』!」



 言霊の威力は凄まじい。その一言で、見えない力に後ろから引っ張られてるような錯覚を覚える。


 ただ、慣れた! 何回同じの受けてると思ってる。吹き飛ばされる方向と逆に重力をかけ、体を強制的に引き戻す。双方に引かれて潰れそうになるが、何とか押しとどめる。



「はぁっ!」



 回転蹴りを繰り出す。

 この流れも何度もやってる。遠ざかれないときは、もう近接戦に持ち込む!


 蹴った足を掴まれ、地面に叩きつけられそうになる。体を捻ってそれを防ぎ、空中でもう一度蹴る。



「『落ちろ』」



 急速に地面に叩きつけられる。自分の重さをゼロにし、落下ダメージを受けないように。

 その一瞬の隙を狙って本気の喉元への手刀が来る。思い切り後ろに自分を吹き飛ばし、難を逃れる。受け身を取って起き上がり、態勢がやっとちゃんとなった。



「流石に少しは強くなったなぁ~」

「当たり前ですよっ!」



 上から重力を叩きつける。難なく回避されるが想定通り。上に飛び上がって踵落としを入れる。バックステップで躱され、俺は不完全な形で着地しバランスが崩れる。すぐには攻撃態勢に移れない、やばい――



「俺の勝ちだなぁ~、『吹き飛べ』」



 その言霊が発され、俺は笑った。絶体絶命、今までの俺なら。今までこの人と戦って癖が分かっていなければ。無防備に飛ばされる瞬間、無理やり怠惰な王さんを掴む。


 言霊の影響で俺は飛ばされる。俺に掴まれたこの人も然り。


 初めて、この特訓が始まって初めて、怠惰な王さんの瞳に驚きと焦りが浮かんだ。


 俺は掴んだ手で飛ばせれる前方に投げ捨てる。しかし、完璧な受け身を取る怠惰な王。俺も一瞬後に着地する。



「落ちろッ」



 やけくそ気味に言霊を放つ。いや、放とうとした。どんな態勢からでも撃てるその魔法は脅威だが……これは違う。俺に回避行動をとらせ、隙を作るための――



「ブラフだ」



 嵌まったと思った瞬間隙はできる。初めて腹に蹴りが炸裂し、怠惰な王は地に膝をついた。

 すぐさま追撃を取ろうとするが、言霊で抑えられる。

 怠惰な王さんは軽く土を払うような動作を見せ立ち上がる。



「そういえば言ってなかったなぁ~。俺かあいつに膝をつかせれば特訓は終了だぁ~」

「え?」

「おめでとう、そしてよく、頑張ったなぁ~」



 俺より背の高い怠惰な王さんに頭を撫でられる。あれ、特訓……終わったのか。俺、一本取ったのか!



「ッしゃあ!」

「よし、城に戻るぞぉ~」



 こうして、長い特訓は終了した。



 ★ ★ ★



 型を教えてもらった後は、ひたすら練習や。練習練習練習!


 この特訓期間内に全部を身に着けるんは流石に無謀らしいから、取り敢えずは簡単で便利な『疾風』と『雪崩』をする。その他の技は、見せては貰ったから追って練習やな。



 実を言うと、『雪崩』は割と早く習得できてん。


 力の配分、速さの代わりに威力を上げたり、威力の代わりに速さに振ったりやな。これを案外簡単に習得出来てんな。師匠曰くかなりすごいらしい、よっしゃーや。


 ただこれめちゃ便利やで。普通の剣術でも参考になるわ。



 ただ問題は……『疾風』やな。





 今日も闘技場でひたすらに剣を振る。今日でそろそろ二週間やで。『雪崩』はたった三日で習得出来てんけどな……。


 コツは速く、そして薄く振るらしい。そして遠くに剣を飛ばすようなイメージ、らしいわ。



「空気を切るように、やな。やみくもに速よ振っても身に着かんで。適度に威力も残しながら速よ振んねん」

「了解や」



 師匠も横でお手本を見せてくれてんけど、やっぱ凄いわ。別格や。

 なんせただの真空波が四十メートルぐらい届くねん。やばい、もはや剣やないで。



「イメージは抜剣みたいな感じやな」



 ほう、あんな感じに切るんかいな。てか一回抜剣で試してみよか。



「イメージが抜剣ならやってみればいいんじゃないか?」

「確かにせやな! 試したことなかったわ」



 氷炎の魔術師さんの新しいアイディアで『疾風』を試す。剣を、真空波を、飛ばすように!



「せいやっ!」



 刃が鞘の中で加速する。いつもの素振りよりも数段速い速さで剣が抜かれる――いけ、『疾風』……!


 シュッとなんか出た。前に立ってた氷炎の魔術師さんの氷を薄く削る程度やけど出たわ。



「これか!」

「これや!」



 感覚は掴んだ! あとは……練習するだけやな!





 その日の夜、俺は普通の状態で、『疾風』を十メートル、飛ばすことに成功した。



「『疾風』と『雪崩』を身に着けたんやったら……俺の特訓を終了とする!」

「お疲れ。頑張ったな」

「ありがとうございました!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ