六十四話 『ギルド長の独白』
特訓会を担当するメンバー以外のS級たちも部屋から退室して行く。
残ったのは儂と紅桜だけ。独り言のように紅桜に零す。
「あやつらが預言神の遺した預言の人物かの」
「ええ」
元S級冒険者の『預言神』。数年前まで生きていたが死んでしまった。惜しい人物を亡くしたものよ。
しかし、奴の預言により今のS級の行動が決められていることもある。この時代の重要人物じゃ。
「贔屓目なしにの。あの子たちはどう見えておる?」
紅桜から聞かされた話では、あの子たちの一人が此奴の息子らしい。幼き頃に別れたというが、さぞ辛かろうな。これから息子を血みどろの死地に送り出すと思うと。
「預言神の言うことに間違いはないんじゃないんですか?」
紅桜は少し可笑しそうに笑いながら返す。
「儂はお主の見解を聞いているのじゃ」
「……まあ、まだ全然未熟ですね。S級には遠く及ばない」
そりゃそうじゃ。今のS級は過去を見ても珍しいほどの逸材が揃っている。
「ですが、皆強いですよ。というか強さに貪欲です。今後大きく化ける可能性もあるかと」
「預言神の能力なしでもか?」
「ええ」
大きくため息を付く。今からが本題だ。
「紅桜」
「はい」
少々言うことが躊躇われる。これはギルド全体を揺るがす問題だ。
「この前起こった諜報部の事件を知っているかの」
今まで緩んでいた部屋の空気が引き締まる。冗談などではすまない話題に切り替わったからだ。
「多少、ですが。確か諜報部の一人が不審死をしたと」
「表向きはな。じゃが、これは大きくギルドを揺るがしかねない。其方にしか話さん内容じゃから、他言は許さぬ」
「御意に」
緊張で心臓が少々早まっている気がする。まあ血が流れていないので比喩じゃが。
「最強の其方には伝えよう。儂が数千年かけて得た知識からの、あの事件の真相を」
★ ★ ★
「亡くなってしまった男は極めて特殊な魔法を持っておった」
「諜報部ですから……盗聴とかですか?」
諜報部――普段は犯罪者の摘出や、迷宮の発見、モンスターの発見などを請け負う部署。存在も謎に近く、活動場所などは不明の組織。
「似ておるが違う。その者の魔法は、魔力を通じて他人の五感を共有できるのじゃ。死因は知っておるか?」
「いえ、詳しくはギルド長以外誰も聞かされていないかと」
ふむ、概ね予想通りじゃったが諜報部のトップが箝口令を敷いたんじゃの。賢明じゃ。
「全身から血を噴き出しての失血死じゃ。地獄のような光景だったそうじゃな」
紅桜はそれを聞いて少し考えるような素振りを見せた後、一つの考えが浮かんだ。
「魔力暴走に似てますね」
「慧眼じゃ」
稀に、極稀に15歳で魔力を得るときに器が魔力を受け止めきれず魔力暴走を起こしてしまうときがある。また、迷宮の中など魔力濃度が極端に濃いところでも起こり得る。
「勝手に暴走した、というならばあなたは私を呼び止めませんよね」
「当然な。そして、その男は死ぬ寸前に一枚のメモを残した」
「内容は」
改めて扉の傍などで聞き耳を立てていないか確認し、注意深くその言葉を口に出す。
「『魔獣王』、と『スパイ』だということじゃ」
声を上げなくても、一瞬紅桜の顔が驚愕に染まったのが分かった。
いつもお茶らけているか冷静な彼女には珍しく動揺している。
「魔獣王、など最近の人からすれば伝説の存在じゃろうな。何しろ千年前の怪物じゃ」
魔王を遥かに凌駕する実力を持ち、勇者を何人も葬り、地形を変え、国を消す。千年に一度の今となっては存在すら疑われる魔王の上位互換。
実際見てきた儂からすればそんなものじゃない。勝ち筋が見えん、勝てないと本能的に悟るような、まさに怪物じゃった。
「その諜報部員の間違い、という線はないですよね」
「そう楽観的には見れんのう。何しろ本当に今回は魔獣王の周期なのじゃ」
恐らく、偶然にも魔獣王と魔力が繋がり、それがばれて魔力を伝って攻撃されたのだろうな。魔獣王なら容易い。
「勇者は何代も前から弱体化しておる。昔の勇者ならば一介の冒険者に負けるなど考えられんかった。正直に言うと弱すぎる。勇者の肩書で女子が集まってるだけじゃ」
「つまり、冒険者の時代、だということですね」
「その通りじゃ」
女神の片割れなど、特に勇者を嫌っておった。勇者など頼りにならないと。そもそも最近の若者は腑抜けすぎじゃ。冒険者は恋愛する職業ではない。
「S級だけではない。A級、さらにB級までも力を底上げし挑まねばならん。勇者などには頼っていられん。今回は、我々が牙をむくぞ」
獰猛に、鋭い眼光をここにはいない宿敵に向ける。
「魔王や魔獣王に私たちの攻撃は効くのでしょうか」
「効かなくはない。勇者に比べ極端に効きにくい。じゃが儂は魔王を殺しかけたS級を知っておる。その者も重力魔法を使っていた」
少しばかり感心の表情を見せる。儂の前ではほとんど無表情な此奴が珍しい。
「重力魔法には果てしない可能性があるのかもしれんな」
「ええ。最強ですから」
緩んできた表情を締め直す。まだしなければならない話があるのじゃ。
「そしてスパイ。恐らく、いや、ほほ確定でS級の誰かじゃろう」
「……それは、そうですね」
A級では何の情報も、戦力にもならん。そう考えたらS級が妥当じゃ。
預言神は死んだ、いや殺された。……まさか、いや考えすぎじゃな。
「ぬかるなよ、紅桜。敵は外だけではないぞ」
「御意」
「退室して結構じゃ」
大きく、大きく溜め息をつく。ギルド長は考えることが多くて敵わん。
間違いなく今代のS級は歴代最強じゃ。じゃが今代勇者は間違いなく歴代最弱じゃな。
そして、状況は動き出したな。今回は必ず殺すぞ。何の犠牲もなく、S級全滅はさせん。
脳裏には、以前五回の地獄のような光景が浮かび上がる。あの喪失感、何千年経っても忘れはせん。
ギルド長、クリスティーナ・ウェア・ウルフ、初代帝国王の伴侶は静かに虚空を睨み続けていた。




